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1-4.曇り空

多分、俺の知る限り、果那ちゃんにとって最初のキスだったはずなのに、

結構本気のキスをしたのに、覚えてないってどういうことだよ。


滝沢康祐たきざわこうすけは再び目の前の乾果那いぬいかなに視線を戻した。


「ごめんね、いつも答えが出にくいことを聞いてもらって。」

「もう慣れっこだよ。」

康祐は笑った。

「それに果那ちゃんの恋愛相談なんて初めてだしね。もう終わりそうな話だけど。」


康祐はしまった、と果那の表情を確かめた。

果那は苦笑して頷いた。


さとるさんのこと、ちゃんと好きだったけど、私が年上の人に甘えすぎちゃいけないってどこかで思っていたのかも。」


果那は伝票を手に立ち上がる。

康祐は果那が「好きだった」と過去形で言ったことにどこかほっとしていた。


「ごちそうさま。」

「いいえ、いつも聞いてくれてありがとう。」


互いにお礼をいう時はなんとなくぎこちなくなる。

もっと気さくな相手だという感覚があるからだろう。


果那と康祐はそれから黙ってゆっくりと家に向かって歩いた。

康祐が伸びをしながら空を見上げると、薄日が差しているものの、

雲に覆われた空はまだ長く続きそうな気配。


この空じゃ、まだ果那ちゃんの行く先は晴れないかなぁ。


果那ちゃんが何か考えるときは空を見る。

そして悩みがいい方向に行きそうになると、なぜか晴れてくる。

そういうことが度重なって、いつの間にか康祐も空を見上げる癖がついてしまった。


駅からの道を何度か曲がった住宅街。

公園の少し手前が康祐の家。そして、少し先が果那の家。

二人は公園の手前で立ち止まった。


「じゃあ、元気だせよ。」

「うん。」

「同じ会社ですぐ顔を合わせるんだから、自分の中でどうするのか考えておくんだよ。」

「お父さんみたいだね。」


康祐は眉間にしわを寄せた。

本当は、さっさと忘れちまえって言いたいさ。


「その場で言い別れたんだろ。だから多分、また話す事になるんだと思うよ。その時に果那ちゃんが自分に正直になれないと・・・相手も可哀相だろ。」

「そうだね、本心、ね。」


果那ちゃんの本心、先に俺に教えてくれないかな。


「あのさ・・・」

「滝沢せんぱーい!」


康祐が果那に言いかけたとき、背後から数人の女の子の声がした。


振り返ると、大学のサークルの子たちが手を振っている。

果那も康祐の脇から顔を出して三人のキラキラした女の子を見た。


「せんぱーい!今日、練習来てくれるはずじゃなかったんですか?」


中でも一番スタイルよく目のパッチリとした子が口を尖らしている。


「さ、サークルの後輩だよ。」

康祐は慌てて果那に言った。

「別に誰だっていいけど、約束あったんじゃない。やな感じ。」

「約束じゃないし、俺は果那ちゃんの方が心配だから。」

「私にいつまでも気を遣って相談相手してくれなくって結構よ。」


果那は怒った口調で康祐に背中を向けて歩きだした。

それを追おうと手を伸ばしたとたん、康祐は後輩三人にがっしりと捕まえられてしまった。


「滝沢先輩がなかなか顔を出してくれないから、こっちから来ちゃいました。」

「お前ら、いつも言ってるけど学校以外でつきまとうなよ。」

「つきまとうだなんてひどいなー。」

「そうですよ、滝沢先輩こそいつもサークルの集まりに来てくれないのに。」


果那は小走りに家まで戻り、玄関の鍵を開ける前に康祐たちの方を振り返った。


三人が康祐の腕を掴んでまた駅の方へ向かうのが見えた。

そして、スタイルのいい目のパッチリした子が、

果那の視線に気が付いたかのように振り返る。

果那は慌てて鍵を開け、音を立てて玄関に入った。


「な、なんで私が隠れなくちゃいけないのよ。」


果那は胸を押さえて深呼吸をした。

脳裏に、さっきの子がジロリと睨んだ顔が残っている。


「あぁもう最低!暁さんも、康祐くんも、あの子も、私も!」


果那は吐き出すように言うと、バタバタと自室へ上がった。


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