6-3.私の気持ちは
「ほら果那ちゃん、風邪ひいたら大変だからこれ掛けてなさい。」
その後、康祐の母親が毛布やらポットのお茶や、おにぎりを公園に届けに来た。
「まるで夜のピクニックだな。」
康祐は早速おにぎりに手を伸ばす。
「じゃ、私はゴミ捨てに行くふりしてるから、これで。」
「サンキュー」
「すみません・・・」
果那は毛布を腰にぐるぐる巻きにして、ベンチに座った。
康祐は黙っておにぎりをほおばり、果那はお茶をすすっていた。
互いに、どう切り出していいのかわからなかった。
もう、今までみたいに話したりしないから。
そういって区切りをつけたはずの二人。
それが殆ど時間をおかずにこうしてまた酔っぱらった相手と二人で公園にいる。
これが腐れ縁ってやつなのか。
二人同時にため息をついた。
「おばさんにもすごく迷惑かけちゃって、ごめんなさい。」
先に果那が口を開いた。
さすがにみっともないところを助けてもらって、何も言わないわけにはいかない。
「ホント、母さん驚いていたよ。なんで一人カラオケして泥酔してんだって。」
「それは・・・。」
「理由はともかく、助けに行ける場所でよかったよ。一人で泥酔してるなんて危なくてしょうがない。」
「ごめん。」
「ほんっとに心配ばっかりかけるよなぁ。気にせずにいられないよ。」
康祐が横目で睨んで見せた。
「色々溜めこんじゃって、ストレス発散しようと思ってたんだけど・・・お酒飲んだのが失敗だった。」
「弱いのわかってるんだから、どうして一人でいるときにあんなに飲むんだよ。」
果那はうつむいた。
「迷惑だって言ってるんじゃないよ。女の子が一人で酔っぱらってたら襲われるかもしれないし、このご時世だから命の保証だってないんだよ。」
果那はうつむいたまま、手をギュッと握って大きく息をした。
発散どころか、この状況で余計に重さを感じるほどやりきれない思いが果那を強く締め付けてくる。
「ごめんわかってる!わかってるけど、やりきれなくって、お願いだから今はもう言わないで!!」
果那はみっともない自分と、暁のこと、康祐に助けを求めてしまったこと、全てから逃げ出したくなって、叫んだ。
康祐は驚いて果那を見つめた。
「もう、誰もいないところに行きたい。」
康祐は黙ってお茶を飲み、再びおにぎりに手を伸ばした。
半分に割って、果那に差し出す。
首を横に振る果那に無理におにぎりを近寄せる。
「いらない。」
「だめ、食え。」
康祐は無理やり果那の口を開けておにぎりを突っ込んだ。
「食えば少しは元気でる。ほら、月も見えてるし。」
この状況で何するのよ。
果那は口いっぱいにおにぎりをほおばりながら、上を見た。
ところどころに薄く雲がかかっているが、星も月も見えている。
「雲もあるけど晴れてるからさ、きっと果那ちゃんは大丈夫だよ。」
果那はお茶でおにぎりを流し込むと、もう一度空を見上げた。
暁さんにきちんと話せるかな、本当のこと。
果那はふと視線を感じて康祐の方に顔を向けた。
とても切なく優しい瞳と出会い、ドクンと胸が鳴った。
果那は慌てて目を逸らした。
あんな顔してみていたんだ、私のこと。
そして、気が付いた。
私は暁さんと康祐くんを比べているのだと。
心配ばかりかけていて、愚痴ばかり聞いてもらって、相談相手になってもらっている康祐。
果那のことを良く分っていて、間違っていればはっきり意見する。
果那の考える先を決めつけず、ゆっくり見守っていてくれる。
同じことを暁に期待していた。
年上の人はそうやって見守ってくれると信じていた。
でも、暁は違った。
そしてまたこうやって康祐に守られている。
年なんて、関係なかった。
今更そう気がついても、もうこうやって会わない、と約束したのだ。
それに、これが恋愛感情なのかは分らない。
私は・・・。
「そろそろ帰る。」
果那はおもむろに立ち上がり、歩き出そうとした。
足が出ない。
「えぇ?」
果那はそのままマンガのように前のめりに転んだ。
「ぶーっ」
頭上で康祐が吹き出し、大笑いしている。
毛布を腰からぐるぐる巻きにしていて足が出せずにそのまま倒れた果那は、腕立て伏せのように上半身を起こした。
「笑ってないで助けなさいよ!」
「ちょ、ちょっと待って、写真撮らせて。」
「ダメ!!!人の気も知らないでー!!」
とうとう果那は子供のように泣き出した。
康祐はケータイを放り出して、慌てて果那を起こすとそのまま抱き上げた。
「ごめん、ごめんよ。顔は打たなかった?」
康祐は果那を腕に抱いたままベンチに座り直すと、指でそっと果那の涙をぬぐって、顎についている砂を払った。
「顎がちょっと擦り剥けてるかも。」
街灯だけの暗い公園で目を凝らして果那の顔の傷を確かめている康祐。
その顔があまりに近いので思わず果那は息を止めて目を瞑った。
「他は大丈夫そうだね。」
康祐が離れると果那は目を開けてほっと息をついた。
「なんかこの格好だと人魚姫か赤ちゃんでも抱いてるみたいだ。」
康祐は笑って言った。
「お、降ろしてよ。」
果那はまだべそをかきながら文句を言った。
人魚姫か。
本当の気持ちを言ったら泡になって消えちゃうんだっけ。違うかな?
果那は幼馴染を失いたくないのではなく、こうやって自分を想ってくれている康祐を失いたくないと思う自分がいることに、ようやく気が付いた。
しかし、それはイコール康祐を好きなのかと考えると、判らない。
分っているのは、とても自分勝手な気持ちだということだ。
果那のケータイが鳴り出した。
果那はとたんに目が覚めて、そして戸惑った。
「でないの?」
康祐がベンチから立ち上がり、離れようとする。
果那は慌てて康祐の服を掴んでベンチに戻し、康祐の胸に潜り込むようにした。
「果那ちゃん?!」
果那は右手を伸ばして康祐の口をふさぎ、左手にケータイを持った。
「もしもし・・・」
顔を康祐の胸に当ててくぐもった眠たそうな声を出す果那。
「あーごめんなさい、いろいろ考えているうちにまた寝ちゃってて。」
果那は布団にもぐってるような振りをして、話をした。
「色々って、いろいろ・・・ううん、通勤のことは本当にもう大丈夫だから気にしなくていいから。」
「できたら、今度ちゃんと聞いてもらいたい話があるの。」
康祐の胸の中で通話を続けていた果那は、5分ほどで電話を切った。
そして、康祐の反応を気にしながらゆっくりと体を起こそうとすると、康祐の腕に押さえられた。
頭を抱きかかえられるようにしていると、康祐の声が胸から響いてきた。
「なにやってんだか・・・・。」
呆れたような、怒っているような、心配するような、交錯している気持ちが声とため息に表れている。
「泥酔するほど彼氏に困ってることあるのか。」
康祐の言葉には答えられない。
言わなくても判りきっているだろうが、相談しないと約束したのだ。
「大丈夫。」
果那はそれだけ答えた。
暁さんには自分が嘘をついてしまうことが辛いこと、そして多分・・・これからのことをきちんと話せると思うから。
聞いてくれるかわからないけれど。
それでもちゃんと話すから。
もう、これ以上一人で抱え込むのは無理だから。
「大丈夫に思えないけど。」
「でも大丈夫、月が見えてるって康祐くんが言ったから。」
康祐の腕に少し力がこもった。
「・・・・頑張れよ。」
康祐の鼓動と一緒に、優しい、少し悲しい声が果那に届いた。




