6-1.ストレス
果那の通勤先が変わって2か月。
新しい場所には馴れ、ショッピングで寄り道する店やカフェもでき、遠い通勤で寝不足でも週末に多少寝だめすればすぐに復活していた。
最初のうちは。
それが最近、平日も週末もうっかりすると仕事に影響が出そうなほど疲れている。
「また・・・」
昼休み、食後に机に突っ伏して寝ているところをメールに起こさせる。
「返事しないとなぁ・・・今日は遅くなりそうです、と。」
果那は絵文字をほとんど使わず、あっさりした返信を送るとまた目を閉じた。
すぐまたメールが届く。
「心配するなら、寝かして・・・」
果那はそのメールには返事をせずに昼休み残りの5分で熟睡した。
午後の就業時間が始まっても頭がはっきりせず、果那はコーヒーを淹れた。
その間にもポケットの中のケータイが震えてメールを知らせる。
「仕事始まってるのに・・・。」
果那はため息をついてメールを見た。
コーヒーを席に持ち帰り、仕事にとりかかる。
しかし、しつこく振動するケータイが気になって仕方がない。
果那はケータイをサイレントオフにして、バッグに投げ込んだ。
そして、パソコンのメールを開く。
果那は周りにばれないように急いでメールを打った。
『暁さん、心配させてごめん。
休憩時間は同僚とおしゃべりしたりしてて、すぐに返事ができないこともあるの。
ちゃんと仕事頑張ってます。だから暁さんも仕事中は集中して頑張ってね。』
果那は暁のケータイにメールを送り終えると、深呼吸して仕事に集中した。
果那が新しい事業所に移ってから、暁は心配してくれていた。
朝が早いので何度か電話で起こしてくれたり、帰りが遅くなる日は途中で待ち合わせて車で送ってくれたり。
馴れないうちは家に帰るとすぐに眠くなって、毎晩の電話もしないで寝てしまうこともあった。
休日のデートは午後からだったり、土日のどちらかだけにしてもらうこともあった。
通勤に体が慣れてくれば、また元のように土日デートもできるようになると思っていた。
それまで、少しの間だけは果那に合わせてくれると思っていた。
それが、暁は違ってきていた。
「そんなに毎晩疲れていて、会社と家の往復だけで電話も出来ないなんて無理しすぎなんだよ。もう少し職場に近いところで一緒に住まないか。」
驚きの提案だった。
暁は果那が喜ぶと思っていたらしい。
果那は職場に近くなっても、家事をやる余裕はないとわかっているので、断った。
それから、暁は変わってきた。
心配しているようにメールや電話をくれるけれど、それは言葉の表面だけで、実際は果那の疲労具合を確かめているように受け取れた。
疲れを見せれば、それ見たことか、と二人で住む話を始めてしまう。
果那は暁の前では平気な顔をするしかなくなってしまった。
毎晩寝るまでの電話も、通勤時のメールも、昼休みのメールも、帰るコールも、まるで暁に監視されているようで日々辛くなってきていた。
そして、果那はだんだん嘘を言うようになっていた。
それが自分でもとても辛かった。
どうして好きな人に本音を言ったらいけないんだろう。
どうして暁は理解してくれないんだろう。
一緒に暮らそうと言ってくれたのは嬉しかった。その気持ちはきちんと伝えたつもりだ。
しかし、現実的にそれは無理だ。
両親にもそんなこと言いだせないし、実際家事は出来ない。
更に、結婚前に同棲するのは嫌だった。
そして何より、暁も実家を出るわけにはいかないのだ。
暁は今、実家に一人で住んでいる。
両親が海外で生活しているのだ。
父親の海外赴任が終わるまでは実家を守っていなければならない。
飼いネコだっているのだから。
暁なら大事なことと無茶なことは、話せばきっと理解してくれると思っていた。
しかし、以外にも暁は違う受け取り方をした。
果那への気持ちが大きすぎて客観的に見れなくなっているのか、果那が意見したことにより、果那は暁を好きではない、信頼していないと受け取ったらしい。
何故か暁は果那の両親に会いに行くと言い出したのだ。
一緒に暮らす許可をもらうと。
果那は慌ててなだめすかしてその場を取り繕い、それからは元気な果那を演じる日々になってしまった。
果那は康祐に会いたくなった。
ただ、愚痴を聞いて欲しかった。
でもそれは出来ない。
果那はめぐみに話してみようかと考えたが、ただ聞いて欲しいところをきっと「別れるべきだ」と諭される気がして、躊躇した。
分ってるから、このまま続けても意味がないことは。
でも今はちょっと愚痴を聞いて欲しい。
それだけなのだが、それができる相手がいない。
これはもう他のことでストレス発散するしかない。
果那はひとりカラオケに行くことにした。
「おひとり様ですか」
「・・・はい・・・」
果那は初めての一人カラオケが恥ずかしくて店員の顔を見ずに答えた。
「本日は混みあいますので、延長ができない場合がございますが。」
「あ、はい。」
店員は果那を部屋へ案内した。
一人きりなのに、妙に緊張して歌の声も小さくなる。
そんな自分がおかしくなって果那は歌うのをやめて、演奏がかかる中マイクを使わずに叫んだ。
「私ってばかみたーーい!!」
ちょっとスッキリした。
「暁さんのバカー!」
「康祐くんのけちー!」
「いっぱい寝たいよ~!」
アホなことをたくさん叫んですっきりする。
果那は少し元気を取り戻すと、飲み物を頼むことにした。




