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5-2.その時

現在バイトをしている金属加工会社の社長に連れられて行ったのは、港が近い工業団地の中にある部品加工の会社だった。

主に大型の自動車向けだが、様々な業種の部品も造っている。

その会社の二代目社長は、今後新規の仕事にどうしても専用のコンピュータを使って、

時間見積りや設計に力を入れたかったのだが、中小企業ゆえに使いこなせる人材に困っていた。

そんな話をゴルフ仲間だった康祐のバイト先の社長が聞いて、康祐を紹介したのだ。


康祐はバイトでは現場で機械加工をしているが、大学ではコンピュータを使っていることを社長は知っている。

成績も悪くないことを知って、康祐を連れてきたのだ。


問題は康祐が就職ではなく、大学院を希望していたことだったが、とりあえず時間のある時はその部品加工会社でバイトしてみることになった。


殆ど、今の雇い主による強引な話の進め方と、恐縮しながらも本当に喜んでいる若い二代目社長の態度に嫌とは言えなくなっていただけだったが。


「バイトしてみなきゃどんな会社なのかどんな仕事なのかもわからないけどさ、俺卒論も結構忙しいんだよね。院の入試もあるし。」

「そういえば、どうして院に行きたいの?」

「入れるかわからないけど、やっぱり先端的なことを手掛けられる企業で、新しいものを作りたいから、かな。」

「そっか、大きい会社ってことね。」


果那は頷きながらも何か考えているようだ。


「今バイトしている会社とか、紹介された会社では、社長さんに気に入られたんだよね。」

「まあ、多分。」

「働いているのを見て、会社の役に立つと思われて紹介された、必要な人材だってことだよね。」

「うーん。」

「それってすごく有難いことじゃない?」


康祐はビールのおかわりを頼みながら曖昧な返事をした。


「大きい有名な会社に入りたいと思うのは分るよ。でも、人がたくさんいる会社でやりたい仕事ができる人なんて僅かしかいないよ。中でも競争は激しいし、人が多すぎて会社の役に立っているのか実感も沸きにくいし。でも、紹介してもらった会社が、もしこれからもっともっと伸びそうな会社なら、その為に康祐くんに来て欲しいって言ってもらえるなら、それは凄い事なんだよ。」


力説する果那に半ば圧倒されて、康祐は頷いた。


「果那ちゃんがそこまで言うなら、バイトしながら少し考えてみてもいいけど・・・」


果那はうん、うん、と嬉しそうに頷くと自分も飲み物を追加した。


「今度は私の話だよね。」


梅酒サワーに口を付けて、切り出した。


「私があそこにいた訳は、今いる部署が今度部署ごとあの場所にある事業所に移ることになったので、その準備。」

「なんだ、転職ってわけじゃないのか。」

「うん、そう。だけど上司が心配してくれて、残業もある部署だし体力的に無理そうなら、他の部署の異動を考えてくれるって言っていたの。」

「優しいじゃん。」

「でもね・・・」


それを上司に言われた時、果那はその言葉を素直に受け取ることができなかった。


入社して3年、果那はようやく部署の仕事と自分のやっている仕事と会社の繋がりが見えてきて、仕事が楽しくなってきていた。

その時に上司から話があり、果那は自分が必要ないのではないかと不安になったのだ。

しばらく考えた数日後、果那は上司に尋ねてみた。

自分はお役に立てていませんか、と。

果那の言葉に上司は一瞬驚いた顔をした後、大笑いした。


「そんな心配をしていたのか。乾君は体が小さいからつい通勤が大変そうだなと思ってしまっただけだよ。余計なお世話だったかな?」


上司は果那の肩を叩いて笑いながら言葉を続けた。


「乾君本人が問題ないなら、是非みんなと一緒に来てほしい。」


そういわれて、果那は心底安堵したのだった。


「じゃあ、良かった話なんだね、果那ちゃんにとって。」

「うん、確かにあそこまでの通勤は慣れるまでへとへとになりそうだけど、実家だからこそ、家ではお母さんに甘えさえてもらえるし、どこかで一人暮らししたらもっと大変になって無理だもん。」

「はは、そりゃそうだ。そうか、果那ちゃんはそういうことがあって、自分が必要とされることが嬉しいって実感があったから、俺にもそう言ったんだね。」

「そう。すごく有難いなって、もっと頑張ろうって思ったからね。」


康祐はふと思いついて、遠慮がちに口を開いた。


「果那ちゃんがその勤務場所に行くかどうか悩んでいた時のこと、その・・・・彼も・・・・知ってるんだろ、同じ会社だし。」

「あ、うん、そうだけど・・・」


果那は梅酒サワーを少し多めに流し込んだ。

実はそれで困っていることがあるのだが、康祐の気持ちを知ってしまった今は話せない。


「また、付き合ってるんだろ・・・・?」


康祐が気にしているのはその事だった。


「うん、一応・・・っていうのは変か。前はお互いなんだか遠慮したり考えすぎていたところがあるから、もっと素直にやっていけるといいなと思って。」

「今まで俺を呼び出して話をしていたみたいに、今回の仕事のこともちゃんと相談できた?」


こんな時にも果那の心配をしてしまう自分に内心呆れつつ、康祐はそれでも笑って話した。


「うん、話はしたの、さっき言ったみたいに。来てほしいって上司に言われて嬉しかったこと。」

「一緒に喜んでくれただろ。」

「うん・・・」

「よかったじゃん。」


ぽんぽん、と康祐に肩を叩かれてぎこちなく笑顔を返しながら、果那はふと店の入口に目を向けた。

外の天気は分らない。

夜空は、晴れているのだろうか―――。


「じゃあ俺は、頑張って果那ちゃんを諦めるよ。」

「えっ?」

「頑張らないと、無理だからさ。」

「・・・ごめんね・・・でも、勝手かもしれないけど、康祐くんと幼馴染の関係を失くしたくないっていうのはやっぱり我儘かな。二度と会わないとか、口を利かないとか、本当なら関わっちゃいけないんだろうけど・・・。」

「俺だって、友達って関係でもいいから会える機会が欲しいって思う。でも、それは好きだから、何か近くにいる理由が欲しいってことで、本当に友達になれるにはやっぱり少し距離を置かないと俺はずっとこのままになっちゃうよ。俺はそれでもいいんだけど、果那ちゃんにはそんなの迷惑だろ。」


康祐の言葉に果那は何度も頷いた。


「ごめん、軽々しいこと言って。・・・ありがとう、康祐くん。」


あぁ、今日ここで、これでとうとう終わるんだ。

康祐は覚悟した。


「今までずっと、本当にありがとう。」

「俺も・・・進路のこと決めたら、報告するよ。」


二人は店を出ると、しばらく黙って並んで歩いた。

横断歩道で立ち止まると、二人はそろって空を仰いだ。


「曇ってるね。」

「あぁ、月も見えない。」


そしてまた、ゆっくりした足取りで黙って歩く。

康祐の家の前まで来て、二人は足を止めた。


「じゃあ、また・・・その・・・いつか、ね。」

「果那ちゃん・・・」


握手、と差し出された果那の手を引き寄せ、康祐は果那を抱きしめた。


「好き・・・だったよ。」


果那は涙が出そうになるのを堪えて、体を離した。


「ありがとう、大切な、大切な存在だったよ。」


二人は手を振って笑顔で別れを告げると、同時に背中を向けた。

そのまま互いの家に入ると、部屋に駆け込みベッドに突っ伏した。

そして、思い切り泣いた。


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