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4-3.思い出したキス

凍りつくような駅のホームで、康祐こうすけは一番端のベンチに座って電車を待っていた。

酒には強いほうだが、今日の気分とチャンポンで飲んでしまった安いウィスキーや焼酎が効いてしまったらしい。立っていられなかった。

電車がホームに滑り込んできた。

灯りに誘われるようによろよろと立ち上がり、乗客の少ない車両のシートに体を沈み込ませた。

シートの温もりと優しい電車の揺れに抱かれて体の力が抜けた康祐は、あっという間に眠りに落ちて行った。


ガクン、と首が落ちた拍子に正気に戻った康祐がゆっくり瞼を開けると、あと一駅で地元に到着するところだった。

少しホッとして周りを見渡すと、車両には自分のいる座席以外が埋まっていた。どうやら何か迷惑なことをしていたようだ。康祐は急に恥ずかしくなって、また俯いた。

駅に到着すると、まだあまり力の入らない足を踏ん張ってポールに頼りながら立ち上がった。


「本当に泥酔だな、こりゃ。」


いうことが利かない身体の感覚に苦笑しながらゆっくりと階段を降り、改札へ向かった。

凍てつく外の空気に身を縮めても、酔いは醒めそうにない。

康祐は諦めてゆっくりと家に向かって歩き出した。


「忘れ物は、ないよな。」


念のため、鞄の中に財布があることを確認する。そんな自分がまた可笑しくて声を出して笑ってしまった。

行き交う人が康祐を少し避けるようにして過ぎていく。その人たちの邪魔にならないように、なるべく道の端を歩いた。自分の足元に目を落としたままずっと歩き続けた康祐は、いつの間にか自分の家を通り過ぎ、いつもの公園に立っていた。

空を見上げる。澄んだ冬の空には少しかけた月が白く光っていた。


「晴れてるんだ。」


康祐は自動販売機でお茶を買うと、ブランコに座って再び月を見上げた。


康祐はずいぶん長い時間、半分うとうとしながらブランコを軽く揺らし、月を見上げていた。

だいぶん酔いも普通程度に醒めてきて、寒くなってもう一本お茶を買いに立ち上がって自販機へ歩いた。

足の裏が地面に着く感覚がずいぶんしっかりしてきた。

熱い缶コーヒーを手に、再びブランコに戻る。

微かに康祐の体温がブランコに残っている。

身体を温めるには足りないが、康祐はコーヒーを飲みながらブランコを少し大きくこぎ始めた。

すぐ目の前に家があるのに、帰りたくない。

家族とも顔を合わせたくない。

別に何を聞かれるわけでも話すわけでもないが。

だから、家の灯りが消えるまでは帰らない。


「それにしても、こんな時間まで何してるんだ?」


自宅のリビングの窓が夜中になっても明るいのを横目で見て、ため息をつく。

公園じゃなくて、暖かいファミレスにでも行けばよかった。

康祐はコーヒーを飲んだら移動しようと考えた。


「康祐くん?」


こいでいるブランコの金属音に交じって、声が聞こえた。

康祐はぼんやりと公園入口の方に顔を向けた。


「何してるの康祐くん!」


駆け寄って来たのは果那だった。

驚いた康祐は酔いが醒めきらない頭と体で缶コーヒーを握ったままブランコから立ち上がって逃げようとして、よろけた。


「ちょ、大丈夫?!」


缶コーヒーを地面に落とし、ブランコに片足をひっかけた康祐は、駆け寄って来た果那に抱かれるように支えられたが、小柄な果那は康祐を支えきれず、結局二人とも地面に転がった。


「大丈夫?!果那ちゃん!」


康祐は慌てて体をずらした。


「なんとか、平気。」


康祐と果那はブランコの足元で並んで転がっていた。

ブランコの揺れがおさまるまで寝っころがっていないと危ない。

二人は可笑しくなって、顔を見合わせて笑いだした。

ブランコの揺れが止まると、康祐はゆっくり果那の背中を支えながら体を起こした。


「康祐くん、手痛かったでしょう?」


自分の頭を支えて庇ってくれた康祐の手を果那は月明かりに照らした。


「やっぱり、血出てるよ。」

「このくらいなんでもないよ。それより俺の体重をまともに受けて、果那ちゃんこそ痛いところないの?」


二人は互いの服についた砂を払い落としてベンチに座った。


「私は大丈夫、それよりこんな時間まで何してたの?」

「泥酔したから反省してた。」


康祐はふざけて答えた。


「でも、こんな時間に公園に入ってきたら、果那ちゃんの方が危ないよ。もしも俺じゃなかったら襲われるかもしれないんだから。」

「康祐くんだってわかったもん。それから、今心配してるのは私の番なの。たまには私にも康祐くんの心配させてよ。」


康祐は笑った。


「なんか嬉しいなぁ。」

「嬉しい?」

「果那ちゃんに優しいこと言われるとすごい嬉しいよ。」


康祐は月を見上げて答えると、その視線を果那に移した。


「こういうこと、ずっと前にもあったの覚えてる?」

「え?」


果那は首を傾げた。


「俺はあの頃まだ高校生だった。あの時は果那ちゃんが泥酔してて、俺が面倒見ていたんだけど。」

「えぇ?!」

「覚えてないって言ってたもんなぁ。」


康祐は笑いながら、果那の体に手を伸ばして、ひょいっと自分の膝の上に座らせた。


「やだ!」


果那が慌てて立ち上がろうとする。


「また転ぶから、じっとしてて。ベンチじゃ冷えるでしょ。」

「で、でもこんなの、おかしいよ。」

「誰も見てないからいいじゃん」

「よくないよ!幼馴染でこんなの!」

「でも、その時はほかのこともしたんだよ?」


康祐の言葉に果那は目を見開いた。


「思い出さない?」


康祐は、緊張してなかった。とても自然に果那に話していた。

そして、ずっと前に果那が自分にしたように、康祐は果那の顔を指でそっとなぞった。

果那が緊張した顔で康祐を見つめる。


「果那ちゃんはおでこが丸くて可愛いよね・・・耳も小さくて・・・」


果那の髪を少しかきあげて耳に触れると、果那は目を瞑って体を硬くした。

康祐は果那の耳の辺りを包むように片手を当てたまま、じっと見つめていた。思い出せ、と心の中で呟きながら。

目を瞑っていた果那が、小さく口を開いた。


「もしかして、キス、した?」


康祐が黙っていると、果那はそっと目を開き、微笑んでいる康祐を見て顔を赤くした。


「私、康祐くんと・・・・」


康祐は頷きながら、果那の顔を引き寄せてそっと唇を重ねた。

何度も、小さく、キスをした。

そして、両手で果那の顔を包むと、少し遠慮がちに深いキスをしていった。


「こう、すけく・・・」


果那は溜息のように言うと、康祐の背中に手を回して、康祐に応えた。

二人は、白い月明かりの中、互いの距離を確かめ合うように抱き合っていた。


「怒ら・・・ないの?」


康祐はゆっくり体を離すと、果那の表情を確かめた。

果那は少し複雑な表情で微笑んでいる。


「私、今までずっとみんなに康祐くんのことでからかわれると、絶対ありえないって答えていたし、思っていたの。キスなんてしたら笑っちゃうって。」


果那は康祐の腕の中に安心感を覚えていた。


「でも、そんなことなかったね。」


果那は首を傾げながら言った。


「康祐くんは、いつから私のこと幼馴染じゃなく見てくれてたの?」

「さぁ、いつだったかなぁ?」


康祐も首を傾げて見せた。


「私、全然気が付かなくて、暁さんのこと相談したりしてたんだね。」

「果那ちゃんは悪くないよ、俺がわかってて話を聞いていたんだから。それに、複雑だったけど応援してたしね。」

「康祐くんは、本当にお人よしだね。」

「果那ちゃんにだけだよ。」


康祐は果那の髪を撫でた。


「でもやっぱり、お人よしにも限界があるみたいだよ。俺も果那ちゃんに男として見てもらいたい。」


康祐は背筋を伸ばして、10年近く言えずにいた言葉を声にした。


「好きだよ。」


たった一言、声にしただけなのに、長い長い思いが康祐の瞳を滲ませた。


「ごめん、やっと言えたから・・・・」


康祐が照れて目をこすると、果那もつられてすすり泣いていた。


「わ、私も、ちゃんと考えるから。」

「え?」

「暁さんとやり直すこと、それだけじゃなくて、私にとっての康祐くんのこともちゃんと考えるから。」


康祐はその言葉で今までの辛かった思いが、報われたような気持ちになった。


「それにしても。」

「ん?」


果那の言葉に耳を傾けた。


「二人とも、すごくお酒臭いよね。」


二人は顔を見合わせて吹き出した。


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