貮、少年はあり得ない現状に混乱する。
哀は病室で警察に事情聴取されていた。
「じゃあまず哀君。君が何故あの時間に学校にいたのか教えてもらおうか。下校時刻はとっくに過ぎていたはずだが?」
「はい。昨日は忘れ物をしてしまって、それを取りに学校に行きました。」
「何を忘れたんだい?」
「お守りです。白くて丸い石です。」
「これのことかな?」
そう言って刑事がポケットから取り出したのは白い石だった。
「...!...割れてしまったんですか」
がっかりして哀が言うと刑事は説明した。
「倒れている君の横にあったんだよ。その時にはもう割れていたよ。...しかし、この石はそんなに大事なものなのか?言っちゃあ悪いがこの石は価値のある宝石でもないし、言ってみればただの石ころだ。わざわざ取りに学校まで戻ったり、そこまでするほどの代物じゃないだろう。」
刑事は2つに割れてしまった石を哀に手渡した。
哀はその石をぎゅっと握った。
「この石は死んだ姉さんの唯一の形見なんです。」
刑事はしまったと思ったのか、
「それは悪いことを聞いたな。すまん、忘れてくれ。あー。じゃああの廊下で何が起きたのか教えて欲しい。」
そう言って話の軌道を元に戻した。
「すいません刑事さん。僕も混乱してて...」
哀は少し考えてそれから口を開いた。
するとずっとメモをとっていた部下の刑事が優しく言った。
「哀君。ゆっくり順を追って思い出してみよう。」
「...はい。昨日。僕は教室で忘れ物を取った後、妙に怖くなって廊下を一気に走ったんです。そしたら何かにぶつかってしまって倒れました。僕がぶつかったのは、どうやら人のようでした。」
すかさず刑事が口を挟む。
「その人の特徴は?」
すると哀の顔にありありと恐怖の色が浮かんだ。
「その人の顔は暗くてよくわからなかったけど、身長が高くて、男っぽくて包丁を持っていました。」
「それから?」
刑事が促すと哀はガタガタ震え始めた。石を握る力が強くなる。
「刑事さんは僕の言う事を信じてくれますか?」
刑事の2人は声を揃えて力強く頷いた。
「ああ、信じるぞ。」
「...その人は包丁で僕に斬りかかってきました。最初に左肩に包丁が入りました。そしてそのあと包丁が肩から抜けなくなって、その人は今度はのこぎりで僕の首を切り落とそうとしました。逃げたくても逃げられませんでした。それで首にのこぎりの感触がして...そして気付いたらここにいました。」
刑事の2人は哀の話が終わると、しばらく考えこんだ。
それから刑事の1人が口を開いた。
「哀君の話でおかしいことはまず哀君が今、怪我を負っていないこと、そして現場に足跡がないことだ。哀君の話が本当ならば...そろそろのはずだが?」
「そろそろ?」
哀が聞き返すのとほぼ同時に上司の刑事の携帯が鳴った。
「もしもし?...ああ、うむ、やっぱりそうか。連絡ありがとう。」
パチリと携帯をとじると刑事はポケットにしまった。
「たった今、現場にあった大量の血が孤愁哀のものであることが分かった。つまり、哀君の証言が事実であることが分かった。それはいいことなのだが...またあいつらか」
部下も言う。
「またあいつらですね。」
哀は自分の証言が事実であるならば、何で無傷なのだろうかとまた混乱し始めた。
「哀君。これで事情聴取は終わりだ。しばらくしたら今度は違う警察官がくるからよろしく。では、失礼。」
「ああ、はい。」
哀が返事をすると部下の刑事は一礼した。
そして2人の刑事は病室を去っていった。