君の運命とやらを聞かせてくれないか?
これは占い師さんを侮辱するような内容ではありません。あくまで運命というものに対する個人論です。それを踏まえてお読みください。
「運命を占います」
―――
僕こと、灰田純一の目に飛び込んできたのはそんな文字が書いてあった看板だ。
占いなんて胡散臭くて嫌いだったけど、どうしてか僕は無性に足を運びたくなったんだ。多分看板がすごい汚くて、古風な雰囲気を出していたからな。文字も何をイメージしたのか知らないけど、朱色で書かれていたのもインパクトが大きかったよ。
最近朝のニュースとかで星座占いっていうのが毎日やっているけど、正直見る気もしないよ。星座で今日の出来事が決まってしまうんだったら、世界中の人間は十二パターンの今日しか過ごせないことになっちゃう。有り得ない話だよね。
「ちょっと、入ってみようかな・・・」
思えば、僕がこんなとこに来なければ後に起こる事件も無かったかもしれない。
―――
「いらっしゃいませ」
老婆みたいな声が、僕を出迎えてくれた。
部屋はまさに占い部屋っていう感じで、紫色に意図的に統一されているようだった。当然占い師さんの目の前には水晶玉が置かれてあり、それを包むようにして手が置かれている。なんてベタな格好だろうね。
「ここって、どんな運命でも分かっちゃうんですか?」
「はい。あなたの結婚する歳から世界の滅亡の時まで、なんでも占いますよ」
ずいぶんと大きく出たものだね。どうせ世界の滅亡の時間なんて占ったところで、そのときにはどうせ死んでいて分からないってオチなんだろうけど。
僕は誘われるがまま、占い師さんの前に座った。
「運命って、本当にあるんですか」
僕は、占いというものを全く信用していないんだ。当然それに伴う運命ってやつもさ。
いい機会だからここで聞いてみることにしたんだ。
「ありますよ、誰にだって。生まれた瞬間から人間の運命は死ぬまで決まっていて、それは知らなければ絶対に起きる出来事です。そして、それを教えてあげるのが私の仕事ですね」
この人の言うのは運命論というやつだろうか?人生の設計は決まっていて、それを変えることは出来ないということ。
「僕、思うんですけど―――」
あぁ、思わず敬語になってしまうな。
「・・・なんでしょうか」
「運命は、ありませんよ。きっと」
僕がこう言った瞬間に、占い師さんはなんだかビクッとしたような気がした。自分の仕事を否定されているようなものだしね、仕方ないか。
「何故、そう思うのです?」
当然聞いてくると思ったさ。人間は否定の言葉に対して必ず疑問の言葉を返す生き物だ。
僕は占い師さんに視線を送るようにして、語ってやった。
「運命じゃなくて、『未来』っていうんだと思いますよ。そして、人間に未来予知は出来ません。あなたがやっている仕事は占いではなく、出来っこない未来予知です」
占い師さんは黙ったままだ。僕の言葉がちょっと分かりにくかったかな。
ちょっと付け加えてみる。
「運命運命って言いますけど、それは人間が未来というものにつけた名前です。元から運命なんてものは存在しないと思うんですよ」
「なら、今あなたが私の目の前にいるのは何故?これは運命だからよ。運命があなたをここに導いたの」
運命が僕をここに導いたのか。
確かに普段は見つけても見向きもしなかった占い屋に立ち寄ったのは、偶然にしては事が出来過ぎているかもしれないけど、それはつまりこうだね。
「それは、過去の僕の言う予知できない未来。現在における必然。それ以上でも以下でもないと思いますよ」
それに少し考えてから、占い師さんは僕をその真っ直ぐな瞳で見据えるように見てから言ってきたんだ。
「あなたの言う、未来って何?運命と何が違うの?」
うん、すごいいい質問だね。
でも占い師さんはちゃんと僕の話を聞いていたのかな。運命は人間が勝手につけた未来の名前だってさっき言ったのにさ。
でも、運命は未来の名前だというのに、運命と未来は違うという僕。矛盾しているね。
ならばこう考えよう。僕の考える未来は人間によって運命と名づけられているが、人間が運命と言っているものは僕の言う未来ではない、別物ということ。うん、僕ながらいい考えだ。
「そうですね。未来はこれから起きる全くの未知の出来事です。未来は絶対分かりません。あなたたちの言う運命は、具体的な事象が既に表されていてこれから起きる出来事を想定しています。だから『運命は変えられる』とか言ってるんでしょう?」
「その通りね」
そうだよ。もし僕がここに来る前に『あなたは占い屋に行くでしょう』だなんていわれたら、僕はきっと行かなかっただろう。そしてそれは運命を変えたことになるんだよね。そんな簡単な運命の変え方って、有り得ないよね。
「そうですね、人生をレールの上を行く列車と例えるパターンが多いかもしれませんが、そう思ってみてください。走っている道の1メートル先の状況を運命と名づけて予想しているのがあなたたちです。ですが、人生のレールは、たった1センチ先すら暗闇です。はっきり言って、真っ暗で何も見えません」
僕たちが乗っている列車は、真っ暗闇を進んでいるんだ。
車輪の後1ミリ先に置いてある小石にすら気づけない暗闇の中を進んでいる。だから未来は絶対に分からないんだ。
もし分かったらどうだろう?人生のレールの分かれ道は恐らく100通りは軽くあるだろうね。都合のいい方へ進んで行って、きっといい人生を送れるんだろうね。
「運命は、変える変えないとかいう問題の前に知ることが出来ません。もしかしたら今大地震が起こって僕ら二人とも生き埋めになる可能性だってあります。そんなもんです」
占い師さんが、ついに黙ったままうつむいちゃった。
少し悪いことをしたかもしれないけど、運命を占うだなんて嘘つきなことはしないで欲しいものだね。出来っこないんだから。
「あなたは、私に何が言いたいの?この仕事を止めろっていうの?」
「ずばり言うならば、そうです。例え占いが単なる一つの道しるべ、という綺麗な形容の仕方をしたところでそれを信じた人にとっては当たるはずもない予想を聞かされた、言ってしまえば軽い詐欺にあった感じですね」
あぁ、ここに来た目的はこのお店をつぶすことじゃなかったんだけど、成り行き上危ないことになってるような気がする。
仕事を失わせるのも可哀想だし、ここらへんで終わりにしておこうかな。
うわ、でも占い師さんすごい怒っているように見えるよ。ここで、やっぱ嘘ですだなんて言ったら『あなたは今ここで死にます』とか占われてナイフ持ち出しそうだな。
「・・・・・・」
静寂が痛いなぁ。
僕としては、営業妨害でお金払ってくださいとか言われた日にはショックで立ち直れなさそうだよ。そうなったら弁解できる自信が無いけど。
「え、えぇとじゃあ僕も何か占ってもらおうかな」
出てきた言葉がこれだ。さっき考えてた嘘ですと言うのと大して変わらないじゃないか。僕の臨機応変能力の低さに乾杯だね。
こうなったらどうせだから、最後までいじめきってみようかな。
「今更何を占うというのですか・・・」
ずいぶん落ち込んでる、いや、やっぱり怒ってるみたいだ。
このままヒートアップさせるのもどうかと思うけど、占い師さんの実力も確かめてみたいからね。本当に当てちゃったら、僕も占いを信じざるを得ないかもしれないし。
そうだね、聞いてみるなら、こんなことはどうだろう。
「占い師さんが、死ぬ時を占ってください」
我ながらひどい注文だよ。でも、これが一番向こうにプレッシャーを与えられると思うんだ。
「分かりました、占いましょう。ただ、一つ条件があります」
「なんですか?」
「もし私の占いが当たったなら、あなたは運命の存在を信じてください。これは必ずです」
占い師としての、最後のプライドってところかな。
「分かりました。じゃあ、どうぞ」
占い師さんは、水晶に念を込めるように何かを唱え始めた。呪文というものかな。
きっとこういうのは、その言葉自体に効果があるんじゃなくてなんらかの精神統一の方法として使っているんだろうな。まさか魔法の世界じゃあるまいしね。
しかしなんだろうか、ずいぶんと無駄に真剣そのものだ。そんなに僕に運命を知って欲しいのだろうか?この様子だと、さっきの僕の弁論は無駄に終わったみたいだね。
運命を変えられるというのなら、占った結果がどうあれ、占い師さんの行動一つで変わってしまうんだ。嘘で3日後に死ぬと言って、死ななかったら運命が変わったとでも言えるんだし。
どうあっても、占い師さんが死なない限り僕の勝ちだね。
「・・・・・っ!?」
パリンッ!という甲高い音が僕の鼓膜に響き渡った。
水晶玉が割れてしまっていた。何が起きればあんなものが割れるんだろうか、という以前に占い師さんがすごい顔でそれを見ているほうが気になるな。
「結果が・・・出ました」
「そうですか。で、どんな結果に?」
水晶が割れたトリックを非常に知りたいけど、今はこっちの方が気になる。
占い師さんが、ゆっくりと口を開いて言った。
「明日の、午前8時半。私は死ぬようですね」
驚愕的だった。
まさか3日後どころか、明日とくるとは思いも寄らなかった。確かに明日にすれば、明日僕がここに来たときに占い師さんがいたら運命を変えた、とでも言うのかもしれないが、あまりに早すぎはしないだろうか。これでは、僕の信用を得ることなんて出来るわけが無いじゃないか。
「それを信じろと言うんですか?あまりにも無理があるかと思うんですけど」
「そう言われても、結果はそう出ました。それだけです」
ずいぶんと自信満々に言うものだ。
でも、気のせいか占い師さんの顔が真っ青に見えるんだけど、どうしてだろう?これも僕を信じ込ませるための演技かな?
「では、明日結果をお待ちしていてください・・・」
そういわれて、僕は何も言わずに外に出たんだけど、どうにも不快な気持ちが残った。
「まさか、まさかね」
―――
僕が次の日の午後その占い屋に行くと、警察が来ていて黄色のロープを張っていた。つまり、事件か何かが起きたということだ。
嫌な予感というか、昨日帰り間際に感じた不快な気持ちがよみがえって来る。
僕は、近くにいた警察官に事情を聞いた。
「あの、ここで何かあったんですか?」
「えぇそうです。ここの占い師が今日の午前に何者かに襲われたらしくてですね、今調べてるところなんです。ご迷惑をおかけしてます」
まさか、そんな馬鹿な。
確認のため警察官にもう一つ質問をする。
「占い師さんは・・・」
「お亡くなりになられましたよ」
僕は、嘘をついた。
この事件は、運命ではなく偶然だと、僕の中では片付けた。
だけれども僕の信念の一つは、あの時割れた水晶のように砕け散っていた。
ありがとうございました。
第一弾、「君の死にたいわけを聞かせてくれないか?」もよろしくお願いします。http://ncode.syosetu.com/n2668b/