雲の上から
ふんわり ふわふわ 雲の上
僕はそこにチョコンと座って 身を乗り出しながら
遠くに見える下の世界で
セカセカと動いている 小さな生き物たちをずっと 眺めていた
…ふいに次の瞬間
僕の右肩にそっと 誰かが手を添える
見上ればそこには
白い長髪で
鼻の下 顎 口の周り全部に 立派な白い髭を生やして
しかも白い着物を着た 真っ白づくしのおじいさん
そのおじいさんは 僕と目が合うと
優しく微笑みながら
静かな声で こう言った
「そろそろ 決まったかね?」
僕は下の世界を 再び覗き込みながら
「あの家が…いい」
そう言って
ひとつの家を指差した
「ほう…どうしてあの家を?」
おじいさんが僕に 問いかける
「うん…」
僕は頷いてから
「ずっと…僕 あの家のことを見ていたんだけど なんかね もの凄く大変そうなんだ」
そのとき その家の中から
男の人と女の人が 寄り添うようにして現れた
「僕 ずっと見ていたから分かるんだ あのふたりね これから病院ってところに行くんだよ そうしてね もの凄く大変な検査を いっぱい いっぱいするんだ」
そのふたりを見つめたまま
僕は隣にいるおじいさんに 得意そうに説明を した
「ほう…そうかそうか…」
おじいさんは何度も頷きながら
僕の頭を優しく 撫でる
「…でも どうなのかのう…あの家に行くということは 結構大変なことじゃぞ? それでもいいのかね?」
「うん!僕あそこがいい あそこの家の子になる」
僕がそう 決心をした瞬間
頭を撫でていた おじいさんの手が消えて
まるで何かの力に吸い込まれるように
僕は雲の上から その家に向かって ダイブを した
…
……
………
耳を澄ませば 確かに聴こえてくる
新しい外の世界の音…
「おめでとうございます 長く苦しい治療に よく耐えられましたね ご懐妊ですよ」
身体中に 幸せがあふれる
お腹越しに 男の人と女の人の温かな手のぬくもりを 感じる
まるで雲の上にいたおじいさんが 僕の頭を
優しく撫でてくれたのと同じように…
…でも まだまだ始まったばかりなんだ
僕は約四十週間 ここで成長しながら
ふたりの家族になれるのかどうかを 試される…
嬉しくなっても
悲しくなっても
この場所を選んだのは 僕自身
ときには少し 迷ったり
困らせたりしながら
未来のお父さん候補とお母さん候補と一緒に 頑張るんだ
その瞬間にはきっと
大きな声で泣いちゃうと思うけれど
嬉し涙だから 心配しないでね
終
最後まで読んで下さって、本当にありがとうございます。
誤字脱字などがございましたら、お教え頂けますと嬉しいです。
不妊治療を受けている皆様に、どうか光がありますように。