好きにならないキミが悪いっ!
男ってつまらない。
別に女がつまらなくないとか楽しいとか言うわけじゃないけど、とりあえず男はつまらない。
性欲由来であるからか、基本的に反応が一緒だ。
少しでもこっちが隙を見せるとそれを巧みに利用しようと目を奮起させながら話しかけてくるし、事務的な連絡をして特に優しくしたつもりもないのにいつの間にか鼻の下を伸ばしながら話しかけるようになっている。
結局は自分優位にものを考えて私達を動かそうとしているし、それが上手く行かないと途端に不機嫌を周囲に振りまいているのは見るに堪えない。要するに、男は自分の欲望に中旬な自己中ばっかだ。
でも、だからこそ、男を私の都合で動かしやすいとも言える。
一見すると傍若無人で制御の効かない暴れ牛のように思えるかもしれないけど、暴れ牛だって結局は牛なのだ。人間ではなく、たかが家畜が、人間様に勝てるわけがない。
単純で無味乾燥な男共の手綱を、握られていると思わせずに握ることが私にはできたし、実際今も何人もの男を都合よく動かしている。
お金に困らないようにイケメンな御曹司の許嫁になっているし、それでも尚彼に縛られること無く私は自由に生きていた。
──それだと言うのに。
クラス中──いや学校中の男子を言いなりにできていると言うのに。学校で唯一彼だけが私の虜にならない。
──網走泡。彼だけは、私のことを好きにならない。
だから絶対、私のモノにしてやるんだ。
△▼△▼△
しとしとと雨が降っている。
教室の窓に打ち付ける雨粒を死んだ目で眺めながら、私は授業が終わるのを待っていた。
──授業なんて、つまらない。
聴く必要がない。だって、先生は私の虜だから。ヒントどころか何が出るかとその答えを教えてくれる。
別に、そんなズルをしなくても私は馬鹿じゃないから満点くらい余裕で取れるけど。
授業中、スマホを机の下でいじくるのにも飽きた私は放課後の予定を考える。誰かの奢りでカラオケに行くか、それともファミレスに行くか。
いや、でもこの雨だ。カラオケに行くのもファミレスに行くのも面倒。
「──今日は大人しく帰るかぁ」
頬杖のままため息をついて、私はゆっくり目を瞑る。そのまま意識をボヤボヤさせていると、いつのまにか授業の終わりを示すチャイムが鳴って数学教師が挨拶をして締め括った。
一緒に帰らないか?と言う男子からの誘いを全部断った後、追加で数分ボーッとしていたら帰りのホームルームも終わった。
今日はもう帰ろうと昇降口に移動して、靴を履き替えてスクールバッグの中から折り畳み傘を取り出し──、
「あれ」
──ない。
前に使った時に乾かしてから入れ忘れていたか。天気予報にない雨だったからその可能性は十分にあり得た。入れ忘れたのなら、仕方ない。
「傘、忘れたから頂戴」
後ろから足音がしてきたから、振り向きもせずに私はそう声をかける。この学校の8割を私は言いなりにできているのだ。だから、問題ない──。
「──え、俺?」
「──って、キミか」
素っ頓狂な声が聴こえて来たと思って振り向くと、そこに立っていたのは私がこの学校で唯一言いなりにすることができない史上最悪の鈍感男──網走泡がボケっと立っていた。
──私は、私に好感を寄せてくれる人を誑しこんで自分の思いのままに操ることができるであると自負している。これが超能力か、それとも特殊体質であるかは究明できていないけれどありがたく使わせてもらっている。特に代償があるわけでもないし、リスク無く人を駒にできる利点は大きい。
だけど、この力も万能ではないようで私に好感を寄せてくれない──要するに、泡のような鈍感男が相手になると、めっきり効果が発揮できなくなる。
「傘、無いの?」
「うん。折りたたみもなくて」
「そっか」
上靴を履き替えながらそんな返事をする泡。その腕には、黒い傘があった。だけど、貸してはくれないだろう。ちゃんとした傘を持っているのだから、折りたたみを持ってくる必要などない。
「──茉裕さんって電車勢だよね?」
「え」
私は、思いがけない返答に一瞬固まってしまう。いつも通りの間抜けな表情のままで、泡はこう続けた。
「貸すのはできないけど、方向一緒なら傘に入れてあげることはできるからさ」
「──電車乗るけど……いいの?」
「うん。別に減るもんじゃないし」
「じゃあ……お願い」
折角の機会だ。泡も操ることができるようにするために私から何か仕掛けてやる。
そう思って、少し恥ずかしそうにお願いする。これで一部の童貞はイチコロなのだけれど、流石は鈍感男の代表。これじゃ落ちた様子は微塵もない。
「じゃ、帰ろう」
私の横を通って、泡は校門の方へ歩き出す。私も、その後ろに付いて行って傘に入れてもらう。
「それにしても、茉裕さんが俺に声かけるなんて珍しいね」
「そ、そう?」
確かに、泡と話すのは授業で適当に班決めをした際に一緒になった時くらいだろうか。
その間に大半の男は私の虜になるのだけど、泡は一向にその様子を見せなかったのが懐かしい。
──私と泡は、歩幅を合わせるように校門の方へと歩き出す。
周囲には多くの男女の視線がある。そのほとんどが、私達の方に向けられていた。
当然だ。
だって、私は学校全体のマドンナとも言える。老若男女を問わず、学校の8割以上の人が私の虜になっているのだ。サッカー部の主将も帰宅部の逆張りオタクも、一軍ギャルも陰キャブス女も全員私の虜なのだ。そんな私が、冴えない男と同じ傘に入って歩いている。目立っても仕方ない。
私の悪い噂はしないように、虜になっている人には徹底しているからこの相合傘が必要以上に知れ渡ることはないと予測できる。だけど、私のことが好きすぎるあまり泡に対して文句を言う人がいるかもしれない。
──と、そんな憂慮を知らない泡はのんきに私に話しかけてくる。流石の鈍感さだ。
「──ってか俺、茉裕さんの苗字知らないかも」
「嘘」
「ごめん、本当」
私の名前を知らないなんて。検定があったら真っ先で足切りだ。
「茉裕さんって先生からも下の名前で呼ばれてるからさ。苗字を聴く機会なくって」
「ひどーい」
「だからごめんって」
名前を覚えてもらえていないという屈辱を晴らすために少しじいわるをしてやることを考えたけれども、相手を落とすためにはまずは名前を知ってもらうところからがスタートだ。ここは素直に教える方が泡を虜にしやすいだろう。
「園田。園田茉裕。私の名前、フルネームでちゃんと覚えてね」
「ソノダね、苗字カッコイイじゃん」
「私は可愛いって言われたいのに」
相合傘のままで校門を抜け出し路側帯を2人並んで私は、ここで少し大きく攻めてみる。
可愛い──そう口にすれば、少しは私の事を可愛いと意識するはずだ。そうすれば、私に対して好感を持つ可能性がグッと上がる。そうなった瞬間、私の虜にできるのに──
「あぁ、ごめんごめん。可愛い名前だよ。園田も、茉裕も」
「──」
効果なし。
言われて嬉しかったからではなく、暖簾に腕押しだったから私は思わず喉から息を漏らしてしまう。
こんなにも自分の気持ちに鈍感だったとは。こんだけ鈍感だと怪我をしても気付かないんじゃないかと不安になる。
「──って、大丈夫? 肩濡れてない?」
雨脚が少し強くなってきた中で、泡は優しく私に問いかけた。私の事を好きだとは微塵も思わないのにそんな些細の事には気付くのか──と、思う。もしかしたら、特殊体質が無かったら自分はそこまで魅力がないのかもしれない、とも思い悲しくなる。
「大丈夫」
左肩が少し濡れているけれども、ここまでやって上手くいかないのなら多少近付いたりボディタッチしたところで意味は無さそうだった。泡を攻略するのは諦めることにする。
ここは、軽い雑談をして駅まで乗り切ろう。そう思いながら歩いていると──
「──危ない」
咄嗟にガシッと肩を掴まれて、抱き寄せられる。泡の部活は何部だったかは忘れたけど運動部だったはずだ。服の上からはわからないけれど、かなりガッチリとした体が全身に密着する。
彼の半身が車道側へと向けられると同時、車がそれなりのスピードで通り過ぎて水飛沫が起きた。その大半は彼の背中に覆いかぶさる。
──守ってくれた。
私を、水ハネから守ってくれたのだ。好きでもない私を、咄嗟に。
「キミ、背中……!」
きっと、盛大に泥水を被って汚れてしまっただろう。私を庇わなければ、そんなことにはならなかったはずなのに。か弱い私を守るのは男なら当然──普段ならそんなことを考えるかもしれないけれど、泡は別だった。だって、彼は私の虜じゃない鈍感男子で──、
「──俺はいいよ、水泳部だから。それより、茉裕さんは大丈夫?」
濡れて尚、私の心配をしてくれる。しかも、虜になっているのではなくデフォの状態で──だ。
──何それ。
そんな優しい男がこの世にいるって言うの?信じられない。
「わっ、私は大丈夫。だけど……」
「よかった。茉裕さんって濡れたらすぐ風邪ひいちゃいそうだからさ」
泡の腕の中で私が覗き込むように顔を見ると、彼はニッと笑みを浮かべる。下心などの不純物が一切感じられない、屈託のない笑顔。
それを見て、私の心は変になる。
言葉にできない、イヤホンが絡まったような感情。
支配欲とはまた違った心臓の中心が白く燃えていくような感覚。
熱い。
顔が火照っているのを自覚する。心臓の鼓動が速くなっていくのを感じる。
──なんなんだ、この感情は。
「──なによ、それ」
私は、泡の発言に少し不機嫌になったフリをして彼から離れる。今度はわざと、傘からはみ出るようにして。
距離を取りたかった。心臓が高鳴っているのをバレたくなかった。変な気持ちになっているのを、不思議と知られたくなかった。
「ちょっと、濡れちゃうよ」
「知らない。キミが悪い」
「ええ、俺が悪いの」
「うん」
──そう、泡全部が悪い。
私のことを好きにならないのも、この感情と心臓も、全部が全部泡のせいだ。
「好きにならないキミが悪いっ!」
そう言えたらどれほど楽だろう。正体不明な感情は、その一言さえ私の口から飛び出すことを許さなかった。




