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穢れを見る姫の選択

作者: たま
掲載日:2026/03/04

いつも読んでいただきありがとうございます。

他にも作品がありますので読んでもらえたら嬉しいです。

宜しくお願いします。

穢れを視る姫の選択


侯爵の次女として、私は姉と弟に囲まれて育った。

私たち三人兄弟は仲が良く、領地の山々に囲まれた穏やかな城で、何不自由ない日々を送っていた。

しかし、私には一つだけ、他の誰にもない特殊な能力があった。

目には見えない 穢れ──それは薄暗いモヤのような形で、人々の心の闇や土地の澱みとして現れる──を見ることができ、そして祓うこともできたのだ。


「散歩に行ってきます」


私は毎朝そう言って城を出た。

本当の目的は、領地に溜まる穢れを祓うことだった。

山々に囲まれたこの土地は、一見穏やかで平和に見えるが、人々の小さな嫉妬や悲しみ、土地の記憶が少しずつ穢れとして蓄積していく。

それを放置すれば、やがて病気や争いの原因となる。

私は誰にも告げず、静かにその役目を果たしていた。


十五歳の春、思いがけない知らせが届いた。

この国の王太子妃の候補に、私が選ばれたというのだ。

侯爵家の次女という立場からすれば、破格の栄誉だった。

父も母も、姉も弟も喜んでくれた。

しかし、私の心には一抹の不安がよぎった。

もし宮廷に入ったら、この領地の穢れはどうなるのだろうか。


私の不安は現実のものとなった。

王太子妃内定から三ヶ月もしないうちに、教会から聖女が発見されたという発表があり、私の内定は取り消された。

宮廷からの手紙は丁寧な言葉で綴られていたが、そこには冷たい現実が記されていた。

聖女の存在は国にとってより重要であり、侯爵家の次女はその役目を譲らなければならない、と。


「ごめんなさい、お父様、お母様」


私は頭を下げたが、父は優しく微笑んだ。


「気にすることはない。むしろ、君にはふさわしい縁談が舞い込んできた」


それが、隣国の侯爵家の嫡男、レオンハルト・フォン・シュタインベルクとの婚約だった。

隣国は私たちの領地と山を隔てた向こう側に位置し、交易も盛んな友好国だった。

レオンハルトは数年前の舞踏会で一度会ったことがある。

背が高く、礼儀正しい、しかしどこか寂しげな眼差しをした青年だった。


婚約が決まり、私は隣国を訪れることになった。

レオンハルトの領地は、私たちの土地とは対照的に、広大な平野が広がる豊かな土地だった。

しかし、私の目には、そこに蓄積した厚い穢れの層が見えた。

それは何十年、いや何百年もかけて溜まったもののように感じられた。


「この土地の穢れは濃い」


私は思わず呟いた。

案内してくれた老執事が、悲しげに頷いた。


「若様が幼い頃から、この領地には不幸が続いております。不作、疫病、そして昨年は老侯爵様が急逝されました」


レオンハルトに会ったのは、到着して三日目の午後だった。

彼は父の急逝により、若くして侯爵位を継ぎ、領地の重責を担っていた。

以前会った時よりも、頬がこけ、眼の下に隈ができていた。


「エリザベート、よく来てくれました」


彼の声は優しかったが、その周りには濃いモヤのような穢れがまとわりついていた。

それは悲しみと責任の重圧、そして何か深い後悔から生まれる穢れだった。


「レオンハルト様、お力になれることがあれば、何でもお申し付けください」


私はそう言いながら、そっと手を差し伸べた。ほんの少しだけ、私の能力で彼の穢れを軽減することができた。

彼の目がわずかに見開かれた。


「奇妙なことに…あなたが近くにいると、心が軽くなるような気がします」


それから数週間、私はレオンハルトの領地で過ごした。表向きは婚約者としての作法を学ぶためだったが、本当はこの土地の穢れを祓うためだった。

毎朝早く起き、人目を避けて領内を巡り、蓄積した穢れを少しずつ浄化していった。


ある夕暮れ、私は城の西にある古い礼拝堂で、特に濃い穢れを発見した。

そこには、レオンハルトの母親が若くして亡くなったという記憶が刻まれていた。

彼がまだ幼い頃のことらしい。


「エリザベート?」


背後から声がして、振り向くとレオンハルトが立っていた。


「ここは…母が好きだった場所です」


彼の声には、深い悲しみがにじんでいた。

私は勇気を振り絞って言った。


「レオンハルト様、私には見えるものがあります。

この土地に溜まった悲しみや苦しみが、目には見えない影となって広がっているのが」


彼は驚いた表情を浮かべたが、すぐに理解したように頷いた。


「あなたが来てから、領地の様子が変わってきた。

作物の出来が良くなり、人々の病気が減った。

それはあなたのおかげなのですか?」


「はい。私には穢れを祓う能力があります。

王太子妃の候補から外されたのも、この能力が教会の聖女とは異質だと判断されたからかもしれません」


レオンハルトはしばらく沈黙し、そしてゆっくりと近づいて、私の手を取った。


「エリザベート、私はあなたに正直になりたい。この婚約は、父が亡くなる前に決められた政略的なものでした。しかし今、私は心からあなたを必要としていると感じています。この土地も、私も」


彼の手は温かく、その周りの穢れが少しずつ薄れていくのが見えた。

それは私の能力だけでなく、彼自身が心を開き始めたからだった。


「私もこの土地が好きになりました。そして、あなたを…」


言葉を続ける前に、彼がそっと指を私の唇に当てた。


「急がなくてもいい。時間をかけてお互いを知っていこう」


それから数ヶ月が経った。

私はレオンハルトの領地に完全に移り、正式な婚約者として彼を支え始めた。

穢れを祓う私の能力は、領地の人々の間で静かな噂となり、やがて「浄化の姫」と呼ばれるようになった。


ある春の日、レオンハルトが私の部屋を訪ねてきた。

彼の手には小さな箱があった。


「エリザベート、最初は政略から始まったこの婚約だが、今では私の心からの願いとなった。

あなたはこの土地を癒し、私を癒してくれた」


箱を開けると、そこには繊細なデザインの指輪が光っていた。


「結婚して、私の伴侶になってくれないか? そしてこの土地の、真の守り手になってほしい」


涙がこぼれそうになるのを必# 穢れを見る姫と、隣国の花婿


侯爵の次女エレナは、生まれつき特別な目を持っていた。

目には見えない「穢れ」――それは薄灰色のモヤのように漂い、人々の心の曇りや土地の澱みを表していた。

彼女にはそれがはっきりと見え、手をかざせば静かに祓うこともできた。


山々に囲まれた父の領地は、いつも穏やかで清らかだった。

人々は「お嬢様の散歩の後は、空気が澄む」と囁き合った。

実際、エレナは「散歩」と称して領内を巡り、知らぬ間に穢れを祓っていたのだ。


十七歳の春、彼女はこの国の王太子との婚約が内定した。

侯爵家の栄誉であり、家族は喜んだ。しかしエレナの心には一抹の不安があった。

彼女が城へ去れば、この穢れの見えない領地はどうなるのだろうか。


その不安は現実となった。

婚約発表の直後、教会から「真の聖女」が発見されたという知らせが届く。

王太子の婚約者は聖女でなければならないと内定はあっけなく取り消された。


「残念だが、仕方あるまい」


父侯爵はそう言って、すぐに別の縁談を持ちかけた。

隣国オルテリアの侯爵家嫡男、レオンとの婚約である。


政略結婚としては申し分のない条件だった。


「でもお父様、私がとついだら領地の穢れは?」


「心配するな。領民たちも自分たちでやっていけるさ」


エレナは言葉を飲み込んだ。

誰にも理解されない孤独が胸を締め付けた。


婚約式の日、隣国から花婿レオンがやってきた。

背が高く、栗色の髪を短く刈り上げた青年は、礼儀正しくもどこか飄々としていた。


式の後、二人だけで領内を散歩することになった。


「エレナ様はよくここを歩かれるのですか?」


レオンが穏やかに尋ねた。


「はい…空気が好きで」


彼女はうつむきがちに答えた。

ふと、レオンの肩のあたりに小さな灰色のモヤがまとわりついているのに気づいた。

それは軽い不安や迷いのような穢れだった。


思わず手が動いた。

指先が軽く触れると、モヤはきらめきながら消えていった。


「あ」


レオンは目を見開いた。


「今、何かが…」


「ご、ごめんなさい、つい」


エレナは慌てて手を引っ込めようとしたが、レオンは彼女の手を優しく握った。


「いえ、とても清々しい気分です。実は…このところ少し心に曇りがあったのです」


彼は遠くの山々を見つめながら、静かに語り始めた。


「僕の国では、古くから浄化の手を持つ者の伝説があります。目に見えない澱みを清める力を持つ人が、時折生まれると。エレナ様、あなたはもしかして…」


エレナは息をのんだ。

初めてだ。

この力を理解する言葉を口にする人に会ったのは。


「私…穢れが見えます。

祓うこともできます。でも、誰にも信じてもらえなくて」


「信じますよ」


レオンの言葉は揺るぎがなかった。


「僕の領地にも、同じような澱みがたまっている場所があります。人々は理由もわからず体調を崩したり、争いが絶えなかったり。もしよければ…あなたの力で清めてくれませんか?」


彼の目は真摯で、懇願でも命令でもない、対等な協力の申し出だった。


「でも、私はあなたの花嫁です。政略結婚の――」


「政略結婚から始まっても、構いません」


レオンは微笑んだ。


「僕は妻を飾り物にしたくない。

伴侶として、領地を共に治めるパートナーとして、あなたの特別な力が必要なのです。そして…」


彼は少し照れくさそうに言葉を続けた。


「今日会って、あなたが優しくて強い心の持ち主だということもわかりました。それだけでも、僕は幸運だと思っています」


エレナの目に涙がにじんだ。今までずっと、この力は孤独の種でしかなかった。隠すべきもの、理解されないものだった。


でもこの人は、それを必要とし、尊重してくれる。


「お引き受けします」


彼女はしっかりと顔を上げて言った。


「あなたの領地も、私の故郷も、どちらも清らかな場所にします。一緒に」


二人は手を携えて丘の上に立った。

眼下にはエレナの故郷の村が穏やかに広がり、遠くにはレオンの国へ続く道が霞んで見えた。


風がそっと吹き抜け、エレナの髪を揺らす。

彼女の目には、まだいくつか漂う穢れのモヤが見えていた。

でももう怖くはない。

祓うべきものは、彼女一人の秘密でも重荷でもなくなった。


これからは、隣に理解者がいる。

彼女の力を受け入れ、共に歩もうという人が。


「ところでエレナ様」


レオンがいたずらっぽく笑った。


「僕の肩の穢れは完全に消えましたが、代わりに別のものが付いたようです」


「え?」


「それは…恋心という名の、とても輝かしい穢れです。これは祓わないでくださいね」


エレナの頬が赤くなった。

彼女の目には、確かにレオンの周りに、今まで見たことない金色のきらめきが漂っているのが見えた。

それは穢れではなく、温かくて甘い光だった。


「これは…祓えません」


彼女も微笑みながら囁いた。


「だって、私の周りにも同じものが広がっているから」


山々に囲まれた領地は、夕日に染まり始めていた。二人の影が長く伸び、やがて一つに重なっていく。


祖国の王都は荒れているらしい、民衆は病み、喧嘩も絶えないようだ。

横領や窃盗、負なる感情が溢れているそうだ。


侯爵の次女は、もはや孤独な祓い手ではない。

隣国の花婿と共に、見えない澱みを清め、見える愛を育んでいく伴侶となったのだった。


そして彼女は知っていた。

これから訪れるどんな土地にも、祓うべき穢れと、育むべき光があることを。

彼女の特別な目は、もう悲しみのためではなく、希望を見つめるために使われるのだと。

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