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ご教示ねがいます

作者: 大泉 碧
掲載日:2025/10/30

 アプリで知り合った彼は原宿になじまぬモブい格好であらわれた。肩からさげるハイブランドのバッグが良くも悪くもめだつ。左手首にはアップルウォッチらしき液晶がみえる。カネに少々余裕のある、田舎から上京してきた大学生(この手の男は意外と文系がおおい)。そういう見てくれだった。顔はそこそこか。

「さゆみさんですか?」彼の声は意外と低かった。

「ええ。はじめまして」


 私は中高一貫の女子校に通っていたから、男の子といえば予備校か通学の電車ですれちがうだけの青春だった。大学は共学だけど、女子の多い学部だしサークルには熱心になろうと思わなかった。


 彼とは2週間くらい前にメッセージをはじめた。きょうまでに3回、電話もした。文字ではよくしゃべるけど、会話に慣れていないのが見え見えだった。そのことを大学の友だちに話したら「あたしだったらにぶくてヤダな」と笑ってたけど、鈍いほうがいじりがいあるかもよ、とべつの子から相槌が入った。それならいいか、と会ってみることにした。本気で恋をしたかったよりも、恋心をからかってみたいほうが強かったかもしれない。


 どこで知ったのか、彼は私を駅近くの喫茶店へ連れゆく。モダンな雰囲気で、暖色の照明が心地いい。階段を降りたから、外のうるさい感じとは決別した空間だった。初老くらいのウェイトレスに案内され、壁ぎわのソファ席に向かい合って座る。


 注文を済ませると、彼はウソにもホントにも思えるような話をつづけた(アプリでやりとしていたときからそうだった)。先にドリンクが運ばれてくると、

「このお店のストロー、まだプラスチックなんですね」そのひとことはわざとらしかった。

「紙のストロー、どうですか」わざと乗ってみた。

「やっぱりプラスチックのほうがいいですね」


 やがて料理がやってくる。彼のまえにはサンドイッチ、私にはハヤシオムライス。卵は品のある光沢をまとっていた。

 ひとくち、スプーンで運ぶ。人に教えるのがもったいない味だと思った。「おいしいです」

「そう言ってくれてよかったです」これはほんとうに思っているか。


 ゆっくりとした食事が済む。合わせて三千円あまりの伝票だったので、私は「二千円出しますね」といった。からかい代のつもりだ。

 しかし彼は「いえ、僕が」と止めてくる。けっきょく彼は千円札1枚だけ受けとり、二千円とのこりを自分の長財布から出した。からかい代は自己負担になった。


 彼は私を駅まで送る。さっきより人出が増えた。

「きょうはご一緒できてうれしかったです」

「こちらこそ」悪いコトと思いつつ。

 また会いたいと思った場合、別れ際にLINEを聞くーー男向けにデートの手順を解説するサイトには、そう書いてあった。教科書どおりなら、この後だ。


 原宿駅東口の階段わきまでくると、「僕は山手線なので、ここで」彼はそこそこの笑顔をみせた。あれ。私は地下鉄で来ていたから、ここで別れる。

 なん言か交わしたのち、彼は階段をのぼって去っていった。

 そうか。

 意外にもあっけない幕引きだった。


 副都心線に揺られながら考える。私は、振られたのか? あの男に。スマホでアプリを開く。男からの新着はとくにない。LINEでゼミのどうでもいい事務連絡が2件、それだけ。

 ふと眼前には、マッシュ頭の男の隣に、肩に太いブラ紐の見えるきつね顔の女が座っている。たがいの片手を絡め、みつみつと喋っている。その周囲は明らかにシケているが、ふたりはずっと笑っていた。

 その様子をみて、一気に疲れが押しよせた。


 私が保育園のころ、結婚の約束をした同級生がいた。私は折り紙が得意で、その子に手裏剣を渡してあげたことがあった。「大きくなったらけっこんしよう」さゆみちゃん、と呼ぶその子の声は、なんだか心地よかった。

「いいよ」と返したけれど、その当時は結婚の意味もわからない。だけど今では、恋の意味すらわからなくなった。

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