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009_灰色の時間

 あの日以来、クレアは部屋に閉じこもってしまった。

 起きては泣き、寝てはうなされる、という日々を送っているのだと、クレアの代わりの侍女から聞いた。


 私はというと、前にも増して多忙になった。

 噂の珍妙な令嬢を一目見ようと、大小さまざまなパーティや催しに招待された。

 男爵令嬢の私にはそれらを断ることが出来ず、全てに出席し続けている。


 そして、そのパーティで向けられるのは、嘲笑と侮蔑。

 嘲笑われるだけならまだしも、面と向かって侮辱の言葉を投げつけられる。

 他にもカラダを触ろうとしてくる者がいたり、飲み物をかけられることもあった。


 とにかく、この下賤な女にはなにをしても良い、なにをしても許される、というような空気が出来上がっていた。


 セレーナの一派は事あるごとに噂の女が私だと触れ回っているようだ。

 私は、セレーナの懇親会以降、明言を避けてはぐらかしている。もちろんだれも私の言葉など真面目に取り合わず、言葉遊びのような余興と化している。

 ただ、王太子との逢瀬については、ハッキリ否定している。

 セレーナ達も私と王太子との間にはなにもない、あり得るはずがない、と論調をそろえていた。


 幸い、かどうか分からないが、私の婚約者、フェルナン・ブランチュール子爵はしばらく領地に戻っている。この騒動が伝わっているのかどうかも、分からない。

 とりあえず分かっているのは、婚約の取り消しと賠償金の請求がまだ来ていないという事実だ。

 私の父、シルベーヌ男爵は日々を戦々恐々と過ごしている。


 その日も、私はとある夜会に呼ばれていた。


********


「お招きありがとうございます、アリシア・シルベーヌ男爵令嬢でございます」


 私のあいさつに、夜会の会場はどっと沸いた。

 嘲笑が向けられ、侮蔑の言葉がつぶやかれた。

 宴もたけなわ、もう夜会も終わるであろう時間。


 わざわざこんな時間を指定して招かれたのだ。おそらく余興として呼び出されたのだろう。

 よく飽きないものだ。


 私は作り笑いを浮かべた。

 今日もまた、灰色の時間が始まる。


 どん、と横から身体をぶつけられ、私は膝をついた。

 酔っ払いだ。

 すでに出来上がっているどこぞの貴族令息が、下卑た笑みを浮かべた。


「これはこれは、アリシア嬢!

 失礼。少々飲み過ぎましてな……


 それにしても、素晴らしいクッション性能ですな!」


 はっ倒すぞ。


 私は顔を引きつらせながら、立ち上がろうとした。

 しかし、酔っ払い令息が私の肩を押さえてそれを阻んだ。


「本日は楽器の演奏や詩の朗読など、一部の方々に得意なものを披露していただいたのですよ。

 せっかくなので、アリシア嬢にも披露していただきたく!」


 うぜー。なんだコイツ。


「……申し訳ございません。なにも準備をしてきておりませんので」


 私はなんとか笑みを浮かべて、ことわりの言葉を発した。


「なにをおっしゃいます! あなたの得意と言えば、そのカラダではございませんか!

 羞恥心なく衆目にさらせるほどだと聞き及んでおります!」


 周囲からクスクス笑い声が聞こえる。

 酔っ払いの大声がパーティ会場の参加者の目を集めて、ちょっとしたステージのようになってしまった。


「さあ……さあ、さあ!」


 集まった視線に高揚した酔っ払いは、私のドレスの肩口を引っ張った。


「お手伝いいたしますぞ!」


「おやめください……おやめください……!」


 私は必死でドレスを押さえた。

 笑い声が巻き起こる。

 酔っ払いの力は強く、抵抗も時間の問題だと感じた。


 ……ふと、全てが馬鹿らしくなった。

 酔っ払いも、他のパーティ客たちも、自分のドレスさえ、色あせて見えた。

 なにも感じない。


 自分は今。

 何を守っているのだろう?


 ガシャァン!


 けたたましい音がして、全員の視線を私から引き剥がした。

 そして、会場の空気が凍りつく。


 色を失った世界で、ただ、その眼の青だけが鮮やかに。


「一体、これはなんのマネだ……?」


 テーブルをひっくり返しただけでは、まったく抑えられぬ怒気を身にまとって。

 王太子レオンが立っていた。


********


「こ、これはですね……!

 余興……余興といいますか、その……」


 一気に酔いが覚めたような顔で、酔っ払いは後退った。

 レオンは無言で、ズンズンと近付いてくる。


「今、社交界で流行っている遊びで、その……

 下品な女を成敗するというか、ええと……私だけが行っているわけではなく……」


 酔っ払いの言葉をまったく聞き入れず、レオンは酔っ払いの襟元を掴んだ。


「この女は! 不敬にもあなた様、王太子殿下と一夜をともにしたと!

 そんな噂が流れており! 私はあなた様のために、その、この不届き者を……!」


 悲鳴のような酔っぱらいの声に、レオンは低い声で返事をした。


「……そうか」


 酔っ払いは、我が意を得たりとばかりに、激しくうなづいた。


「ええ、ええ! そうですとも! ですから、私は……!」


「つまり貴様は、余の寵愛を受けたかも知れぬ令嬢を、いたぶってくれたと言うわけだな……!」


「ひ、ひ、ヒイイイィィィ!」


 酔っ払いはもはや自分の力で立っていられない。

 レオンが手を放すと、その場にへたり込んで、ガタガタと震えだした。


 レオンは他のパーティ客をぐるりと睨みつけた。

 誰もが無言で、ある者はうつむき、また、ある者は顔を隠した。


 レオンは私の横でひざまづいた。


「大丈夫か、ありんこ……」


 その、優しい声を耳にして、私の中の何かが切れた。


「うぅ……くっ……」


 涙が、こぼれた。

 つい先ほどまで、なにも感じていなかったはずなのに。突然、涙があふれ出した。


「……アリシア……」


 レオンの差し出した手を、私は払いのけた。

 そして、そのまま立ち上がり、夜会会場から逃げ出した。


********


 広い廊下を走りながら、涙がとどめなく溢れ出した。

 息が詰まる。

 恥ずかしくて、悔しくて、胸の中がぐちゃぐちゃだった。


 そうか、私は……私は。


 レオンにだけは、あんな自分を見られたくなかったんだ。




これは、アリシアの恋の物語です。

ひどい目に合っておりますが、恋の物語です。

だれがなんと言おうと、恋の物語です。


次回は、アリシアが権力に魅入られます。


多分、恋の物語です。

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