008_懇親会の処刑台
実際のところ、侍女が夜会や懇親会のような小さなパーティに招かれることは、あり得ないことではない。
貴族の侍女は総じて教養が高く、貴族の血を引いていることも珍しくない。
上位の侍女は準貴族のような扱いを受けている場合がある。
名家ならば。
私はベッドの上から、クレアの姿を改めて眺め回した。
「クレア……あなた、ひょっとしてどこかの貴族の血を引いたりしてる……?」
「い、いいえいいえ! とんでもありません! バッキバキの田舎娘です!」
「故郷の言葉で言ってみて」
「んなあ、とんでもねぇっす! おら、なまってっぺの田舎さの娘だす!」
本物だ。知らんけど。
「えー……セレーナの事だから、絶対なにかしらの嫌がらせだと思うけど……」
「……私を使って、お嬢様に恥をかかせようとしているのでしょうか……?」
私のつぶやきに、クレアも眉を寄せて答えた。
「ひょっとしたら、クレアのこと、引き抜こうとしてるのかも」
「やぶさかではありません……」
「……ちょっと!?」
私の抗議の声にクレアは優しい笑みを浮かべた。
「冗談ですよ。幼少の頃からお嬢様のお付きをさせていただいているのです」
クレアはベッドの上の私に近付いて、私を横から抱きしめた。
「もう、家族以上に離れがたい存在ですよ」
ふわりと、かすかに花の香りがした。
「ただ、こっそり市場に遊びに行く、困ったお嬢様ですが……」
クレアは私の耳にささやいた。
……やべ、バレてた。
いたい、いたい、お腹のお肉、つままないで……
「どう、されます……?」
私は、天井を見上げた。
「……逃げても、時間稼ぎにしかならないもんね……
しゃあない。恥かかされるくらい、我慢するかー」
「お供いたします」
クレアはもう一度、私をぎゅっと抱きしめた。
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「……クレアと並びたくないわー……」
懇親会当日。
私とクレアは、セレーナの屋敷、ルマンド伯爵邸に向かう馬車の中にいた。
今日ばかりは、クレアもゲスト。ゲストにふさわしいドレスを身にまとっている。
すらりと長身のクレアのドレス姿は、気品にあふれ、すごく絵になった。
私と並ぶと、どっちが貴族か分からない……いや、実際とは逆の結論が出る。間違いない。
「恐縮です」
私の教育係でもある、クレアの所作からは、本当の身分をうかがい知ることが難しいだろう。
「……どっかの貴族に求婚されても、嫁に行っちゃダメだからね」
「お約束いたしかねます」
そつなく答えおって……
「いいもーん、そうなったら、私、クレアが経験済みって、言っちゃうもーん」
「お嬢様!? それは……それは、いけません……」
顔を赤らめて慌てるクレア。
とてもかわいい。どこにも嫁にやらん。
私が決意を新たにしているスキに、馬車は伯爵邸に到着した。
クレアと二人、談話室へと案内される。
……なんか、おかしいな。
廊下を歩きながら、私は違和感を抱いた。
招待客は私たちだけではないはずだが、廊下には他の客の姿はない。
談話室の扉が開いたとき、違和感は解消し、不安が代わりに激しい警鐘を鳴らした。
私とクレア以外の客は、すでに席に座って、私たち二人を待ち構えていた。
じっとりした、嫌な視線が、集まるのを感じる。
「お招きありがとうございます。アリシア・シルベーヌでございます」
私はわざと慇懃にお辞儀をして見せた。
集まっている客も最悪だ。セレーナの取り巻き嬢とその親族。腰巾着貴族ばかり。逆にセレーナの親族は出席していない。つまりセレーナ暴走し放題の構えだ。
「本日は当家の侍女までお招きいただき、恐悦至極に存じます。クレアでございます」
値踏みするような視線は、クレアに移動した。
異様な空気だ。まるで、今から始まる処刑を期待するような……
クレアは私の紹介に合せてお辞儀をしたが、雰囲気に押されて顔が強張っている。
私のあいさつに返事も返さず、ヒソヒソと参加者たちは耳打ちをし合っている。
なんて失礼なヤツら。
席もすすめられないので、私とクレアは部屋の入り口で棒立ちを続ける。
「……どうかしら? 見覚えはありまして?」
やっと口を開いたセレーナの言葉は、私たちに向けられたものではなかった。
セレーナの後ろ。サイズの合っていない礼服を着せられた、大柄な男……全然貴族に見えない。
「は、はひ……」
緊張しているのだろう、冷や汗をかきながら男は震える声を出した。
「た、多分……あひっ」
セレーナの視線に気がついて、男は言い直した。
「ま、間違い、ありません……!
あの日……裸の女と一緒に、いたのは……そちらの、侍女です……!」
しまった!
コイツ、あの出口にいた衛兵か!
「ほーほっほほほほ!」
セレーナは勝ち誇ったように笑った。
「あぁらぁぁ。おかしいですわね!
どぉして、シルベーヌ男爵家の侍女の方が! 噂の女性と一緒にいたのかしらね!?
まぁったく! わかりませんわ!」
喜びに醜く歪んだ顔で、シルベーヌは笑った。
「これは、不審な者を王宮から逃がした、たいへん大きな問題かも知れませんわ!
衛兵を呼んだ方が良いかしら!?」
セレーナに同調して腰巾着貴族たちも口々に「ゆゆしき問題だ」とか「国家叛逆罪だ」とか口にした。
クレアは真っ青になってうつむいている。
パチン、とセレーナが手を叩くと、一斉に貴族達は口を閉じた。
「では、ご本人に聞きいてみましょう!
あのとき、あなたが逃がした方は……
ど、な、たぁ~?」
いやらしく語尾を伸ばして、セレーナは聞いた。
クレアはドレスの裾をぎゅっと握った。
「あらぁ? 答えられないのかしらぁ? これは本当に衛兵呼ぶ必要があぁ?」
腰巾着貴族たちの非難の声が再びクレアに叩きつけられる。
クレアはじっと押し黙ったまま、つま先を見つめている。
私には、一度も視線を向けない。
「それには及びませんわ!」
私の叱責に似た声に、一時、部屋は静かになった。
「その裸の女は、不審人物ではございません!」
「だ、ダメです……お嬢様……それは……」
涙が溜まった目で、クレアは私を見つめた。
私は一瞬、クレアと視線を合せた後、まっすぐにセレーナを睨みつけた。
「その女は、私でございます!」
クレアの泣き叫ぶ声と、腰巾着貴族たちのどよめき、そしてセレーナの笑い声が一斉に巻き起こった。
これは、アリシアの恋の物語です。
絶体絶命のアリシアにそんな余裕はありませんが、恋の物語です。
だれがなんと言おうと、恋の物語です。
次回は、アリシアにさらなる苦難がふりかかります。
多分、恋の物語です。




