007_TPOはわきまえよう
噂は止まらなかった。
貴族のお茶会から、侍女達の井戸端会議まで、どこに行ってもその話題。
『王太子の夜のお相手は!?』みたいなゴシップから、『王宮に巣くう怪異!』なんて眉唾な怪談に、『手当たり次第に男を惑わす痴女』という猥談、『あの体型では無理だろう』という目撃者談。
ああ、もう。全員殴りたい。とくに最後のお前。
今日も今日とて、夜会に参加した貴族達があちこちで噂話に精を出している。
夜会というのは、格式高い晩餐会の2次会のようなもの。
例によって主催者のセレーナに呼ばれてしまったのだ。
また私をバカにしたいのだろう。もう放っておいて欲しいものだ。
ちなみに晩餐会には呼ばれず、二次会だけ呼ばれた。私みたいな木っ端貴族はその方が多い。
「裸で王宮を走り抜ける女なんて、本当にいたのか? 逃げおおせるわけないじゃないか!」
「しかしこれだけの目撃者がいるんだぞ?」
「衛兵に捕まらないはずがないじゃないか! 馬鹿らしい! みんなで夢でも見たんだよ!」
アルコールが入っているのだろう、そんな大声が聞こえてくる。
私は余裕の笑みを浮かべた。
日が経つにつれて、噂には尾ひれがつきまくって、もう原型をとどめなくなってきている。
「私が聞いたところによると、あまりの美しさに侍女も衛兵も、思わず道を空けてしまったということだ」
……これは、まあ、ほとんど事実だけども。
王家も噂については一切コメントしていない。
このまま噂は都市伝説のように消えていくだろう。
「あぁら、アリシアさん、またお一人で寂しそうなこと!」
ならもう呼ぶんじゃねえよ。
部屋の端でちびちびと冷めた紅茶を飲んでいた私に、セレーナが絡んできた。
扇子で私の頬をぺちぺちと叩く。
なんかもう、こうやってマウント取りたいから呼ぶんだろうな。
いくらヒマでも、他の趣味を見つけて欲しい。
「本日はですね! スペシャルゲストがいらっしゃいますのよ!」
セレーナが上機嫌にまくし立てる。
セレーナの家系は伯爵家だが、最近は王家と懇意にしているとかで上り調子なのだ。
ちなみにこのアルフォート国の貴族ランクを簡単に説明すると……
・王家 国のTOP。やべえ。
・公爵 最高位爵位。ヘタすると王家より金持ち。やべえ。
・侯爵 軍属の最高位。国境の領地でバリバリの武闘派貴族。やべえ。
・伯爵 ピンキリの貴族ボリューム層。やべえところと、そうでもないところが混在している。
・子爵 準伯爵、くらいの立ち位置。新進の貴族が多く、伯爵の下の方とあんまり変わらないかも。
・男爵 ギリ貴族。しょっぺえ。
そんな感じ。同じ貴族でも、伯爵の上の方のセレーナと男爵の中でも最下層の私では天と地ほど差がある。
ちなみに、王太子と私ではもう次元が違うくらいの感覚だ。
ざわっと入り口のほうでどよめきがあがった。
「あ! いらっしゃったみたい!」
セレーナは目を輝かせた。こんなところだけ見れば、可愛い娘だ。
私は、あまり興味も無かったが、入り口の方に目を向けると……
「!!?」
王太子があらわれた!
なんでなんで!? 言っちゃなんだけど、そんな大した夜会じゃないわよ!?
驚いた私にセレーナはドヤ顔を向けた。
おそらく、セレーナが自分の権力アピールのために呼んだのだ。
ほんの一時とはいえ、王族の時間を割かせるなんて、普通の伯爵令嬢じゃ出来ない。
セレーナは嬉しそうに扇子を振った。
人に囲まれた王太子がセレーナに気がついて、こちらに向かってくる。
さすが王太子。貴族がわらわらと群がって、大行列を引き連れて近付いてくる。
「ふふん」
セレーナはこの世の春とばかりに勝ち誇った顔を見せた。
いよいよ王太子は近付いて、私とセレーナは頭を下げてかしこまった。
あとは、王太子がセレーナの名を呼んで、あいさつを交わして……
「ありんこではないか!」
……は?
「こんなところで会うとは、奇遇だな!」
しん……と夜会の空気が静まりかえった。
いかに夜会でも、ゲストが主催者よりも一介の出席者に先に話しかけるなんて、なかなかあり得ない。
よっぽどその出席者と親しかったりしない限り……
「どうした? ありんこ?」
聞こえないフリしてた私の顔をのぞき込む。
……マジか、コイツ……
「……お初にお目にかかります。王太子殿下。
どなたかとお間違えではないでしょうか?」
顔をひくつかせながら、私は笑顔を浮かべた。
王太子はきょとんとした顔を見せる。
「どうした? 余とそなたの仲ではないか」
そんな仲ございませんが!?
「お初に! お目にかかります! 王太子殿下!
どなたかと! お間違え! ではないでしょうか!?」
怒気を隠そうともしない私の言葉に、王太子は苦笑いを浮かべた。
「おお、そうか……そうだったな! 初対面、初対面……そういうことにしておこう」
バキィッ!
横でセレーナが扇子をぶち折った音が聞こえる。
頭を下げたまま、王太子から声をかけられるのを待っている。
……多分、般若のような顔をして……
「おお、セレーナ、いたのか」
やっと王太子の声がかかり、セレーナは弾かれたように顔を上げた。
「このたびはお越しいただき、誠にありがとうございます! 王太子殿下におかれましては……」
早口であいさつ口上を述べるセレーナだったが、王太子は手で中断させた。
「よい。そんなことより、お主は良い友を持っているな」
セレーナは燃え上がるような目を私に向けた。
「はい……ありがとうございます……」
セレーナは、押し殺した声で、小さく答えた。
……やっべえ……
********
「空気、読めなすぎだろ! アイツ!」
私は枕に拳を叩き込んだ。
王太子レオンは、あの後すぐに帰って行った。
火に油をぶちまけるだけぶちまいて。
面目がまるっきり潰れてしまったセレーナは、あの後、真っ赤な顔で部屋を出て行った。
私も帰ろうとしたが、王太子との仲を嗅ぎ付けた貴族たちの質問責めに捕まった。
もうね、立場が上の人間しかいないから、ぞんざいに出来ないの! マジ疲れた!
「それもこれも、王太子のせい!」
枕にモンゴリアンチョップを叩き込みながら、私は吠えた。
「絶対、セレーナが黙ってないでしょ!
ちょっといい気味だったけども!
胸はすっとしたけども!
正直ざまあって思ったけども!
後がめんどくせえ!」
「……それなのですが、お嬢様……」
私の寝室のドアを開けながら、クレアが言った。
声が廊下まで漏れてしまっていたのだろう。
「さっそく、セレーナ様から懇親会のお誘いが来ております」
動きが速い!
クレアは困惑した顔で、封筒を取り出した。
2通。
「2通……?」
私の困惑した声に、クレアが応えた。
「なぜか、その……
私もご招待いただいており……」
へ?
な、なんで……?
これは、アリシアの恋の物語です。
アリシアは暴れ回っておりますが、恋の物語です。
だれがなんと言おうと、恋の物語です。
次回は、アリシアが噂の人物だとバレてしまいます。
多分、恋の物語です。




