表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/20

006_市場で再会するとか、あり得ない

「んっふっふー」


 私は自分の服を見て、ご満悦の表情を浮かべた。


「ほー。よう似合っておりますな、お嬢様!」


 トマスじいさんが関心した声をあげた。


「貴族令嬢には、まったくこれっぽちも見えませんぞ!」


 ……ちょっと褒め言葉に引っかかるものを感じるけど。


 私はいつものドレスではなく、質素なワンピースに身を包んでいた。

 これは、クレアの普段着を借用したものだ。

 ちょっと丈が長いが、胸元がやや苦しいのでイーブンだと思う。


「しかし、こんなときにお忍びとは……大丈夫ですかいの?」


「なーに言ってんのよ。こんなときだから、遊びに行くんじゃない!」


 そう、私は今日、平民に紛れて市場に繰り出す予定なのだ!

 こっそり屋敷から連れ出してくれたトマスじいさんは、怯えたように周囲を見回した。

 おそらく、クレアに黙って抜け出してきたのを気にしているのだろう。


「じゃ、夕方には戻るから!」


「お、お一人で行くおつもりで!?」


 前にお忍びで来たときには、クレアと二人で市場をまわった。

 だからトマスじいさんが驚くのも無理はないのだけど。


「せっかくのお忍びに、おじいさんと行くのは……ねえ……」


 トマスじいさんは不満げな顔を浮かべたが、ため息をついて諦めたようだ。


「じゃあね!」


 私はトマスじいさんに手を振って歩き出した。


********


 今日は週一回の市がたつ日。

 大通りの端から端まで出店が並んでいる。出店には、食料品や日用品、少しだけど装飾品なんかも売っている。

 もちろん平民向けだから、私から見ても大したものではないのだけど……珍しいから退屈はしなさそうだ。


 パンを焼く香ばしい匂い。人々の話し声や笑い声、呼び込みの声がごちゃ混ぜになった中を歩いて行く。

 私はぶらぶらと出店を冷やかしながら、大通りを進む。

 ごった返す……とまではいかないが、多くの人がひしめき合っている。まっすぐ歩くのが難しいくらい。


「ん~……やっぱ良いわね! こういうの!」


 私は胸いっぱいに活気のある空気を吸い込んだ。

 と、そのとき。


いかつい声「おう! 買いもしねえのに、いつまで店の前に突っ立ってんだよ!」


 後方から怒鳴り声が響いてきた。


 ……やあねえ。もめ事かしら?


 曲がりなりにも貴族のお忍び。事件に巻き込まれたらとてもめんどくさいことになる。

 私は踵を返して、”喧騒の中心地に向けて”足を進めた。

 めんどくさいことになるので、安全な領域を見定めつつ、楽しく騒動を見物できる位置を見定めなければ。

 しかし、次に響き渡った美しい声に、思わず足を止めた。


「待ちたまえ。今、選んでおるではないか」


 さして大声でもないのに良く通る綺麗な声。

 ……聞き覚えのある声。


「ああ!? なに気取ってんだ! どれも同じだろうが!」


「同じ……? なにを言っておる? 色も大きさも違うではないか」


「ンだとお!?」


「あああぁぁぁ! ごめんね! おじさん! これ、私の連れだから!」


 私は大きな声をあげて、ケンカの始まりそうな二人の間に割り込んだ。


「ごめんごめん! ほんと、全部一緒だよね! もう! 細かいこと気にして!

 一つもらうから!」


 私はまくし立てて、銅貨を一枚、店主に投げて渡した。

 見ると、どうやらリンゴを売っている店のようだ。適当に一つ掴んで、美声の主の腕を引っ張る。


「あ……おい!?」


 戸惑いの声が漏れたが、私は有無を言わせず、その場を立ち去ろうと……


「それ、ちょっと小さい……」


 私は店主に愛想笑いを向け、さっと大きめのリンゴと入れ替えてから、足早に喧騒から離れた。


********


 市場で賑わう大通りも、一本脇に入ると急に静かになる。

 私は美声の主の腕を引っ張って、裏路地までやってきて……そして、大きく息をついた。


「……こんなとこで、なにしてるんすか?」


 そして美声の主を改めて見上げた。

 小綺麗な頭巾と口元にまいたマフラーのようなもので顔を隠しているが、涼しげな目元だけで美形が溢れてる。


「……王太子殿下」


「……まさか……そなたは……」


 王太子は顔を輝かせて、マフラーと頭巾を取った。


「ありんこではないか!」


 やめろ! まぶしい……!

 そして、だれがありんこだ……!


「殿下、ダメです……顔、顔……隠して……」


「そうか! たしかに危ないな!」


 王太子は再び顔を布で覆った。周囲を警戒してキョロキョロと周囲を見回す。

 ちょっと危ないの意味がズレているかも知れないが、これで危険なく会話が出来る。


「……殿下もお忍びで、ここに?」


「ああ! ここはすごいな! 平民たちの活気を直に感じる!」


 楽しそうなのは結構なことだが……


「……殿下、まさか一人で来たわけではないですよね?」


「もちろん、護衛は付けてきた」


「どちらに?」


「はぐれた」


 意味ない!


 顔が良い王太子が堂々不遜の態度でしゃべってるの、似合ってるんだけどどこか滑稽だ。


「では、私が護衛の方を探して参ります。殿下はここでじっとしていてくださいね」


 レオンという名前を連呼して歩けば、向こうから見つけてくれるだろう。

 私は大通りに向けて歩き出し……


 袖を引っ張られて、足を止めた。


「え……?」


 振り返ると、めっちゃキラキラした目で、王太子が私を見つめていた。


「一緒に行こう、ありんこ!」


********


「すごいぞ! 肉が棒に刺さってる!」


「はい。何の変哲もない、串焼き肉です」


「買ってみても良いものか……」


「金貨は! 金貨はしまってください! 物価が崩壊する!」


「……どうやって食べるのがマナーだ……? フォークとナイフは……?」


「マナーなんて、無いですよ。こうやって、かぶりつけば良いだけです」


「すごいな……食器がなにも要らないなんて……画期的だ!

 王宮でもこのスタイルを採用しよう!」


「そ、それはどうかと……」


「……硬い……」


「殿下! 泣かないでー!」


 王太子は不意に、私に顔を向けた。


 うっ……至近距離でこの顔は破壊力が高すぎる……!


「余のことは、レオンと呼んで欲しい。

 ……今日だけでも」


 なにかを欲しがるような顔で、私をじっと見つめる。


 こ、これは……良いんだろうか? 国家の重要人物を私なんかが名前で呼ぶなんて……


「……ん?」


 小首をかしげるでない! 可愛すぎやろが!


「……レ、レオン……」


 ぱあっと光があふれ出すような笑顔。


「褒美を取らす」


 串焼き肉を私に突き出す。


 ……うん。硬くて食べれなかったのね。

 そりゃ、王宮で食べるような肉とは全然違うけど……


 私は両手に串焼き肉を装備した。


「余は、ずっと、そなたと話したかった」


 王太……いや、レオンは私の顔をのぞき込んで、言った。

 私の返事は、串焼き肉に阻まれて、もごもご……だ。


「あの日、余はそなたと初めて出会い……強い衝撃を受けた」


 ワタシモデスヨ。


「ありんこ……あの格好のまま部屋を飛び出していったそなたに……

 その後ろ姿の力強さに感銘を受けたのだ」


 何言ってんだ、コイツ。


 レオンは少し顔を赤らめて、恥ずかしそうに目を逸らした。

 そのくせ、私の手にそっと自分の手を重ねた。


 ななな……!? ちょ、ちょっと、何を……!?


「生まれついての運命に翻弄されるだけの余には、運命を切り開くそなたが眩しかったのだ」


 意を決したように、まっすぐ、私を見つめる青い瞳。

 宝石のような輝きに、私も目をそらせない。


「余は、そなたのことを……もご」


 私は思わず、手を突き出してレオンの口に串焼き肉を押し付けた。


「や、やっぱりあの、私、二本はたっ食べきれませんので!」


 噛み切れない肉でレオンの口を塞いで、私は周囲を見回した。


「あっ、ホラ、あっちの方で人を探してそうな人がいますよ!

 アレ、護衛の人じゃないですかね!?」


 適当に通りの向こうでキョロキョロしている人を指した。

 ……なんか、引き返せない道が見えた気がして、私はその場の雰囲気を壊そうとした。


「んぐ……たしかに、護衛の者だな」


 たまたまだったが、考えてみると市場で店ではなく人を見る人は珍しく、目立つのかも知れない。


「じゃ、私はこれで! 噂になるとマズイので!」


「あ、ありんこ!?」


 呼び止めるレオンの声も聞こえないフリして、私は踵を返した。足早に市場を進んで行く。

 なぜ、こんなに動転しているのか、自分でも分からなかった。



これは、アリシアの恋の物語です。

アリシアにはまだ自覚はありませんが、恋の物語です。

だれがなんと言おうと、恋の物語です。


次回は、セレーナの夜会で事件が起こります。


多分、恋の物語です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ