006_市場で再会するとか、あり得ない
「んっふっふー」
私は自分の服を見て、ご満悦の表情を浮かべた。
「ほー。よう似合っておりますな、お嬢様!」
トマスじいさんが関心した声をあげた。
「貴族令嬢には、まったくこれっぽちも見えませんぞ!」
……ちょっと褒め言葉に引っかかるものを感じるけど。
私はいつものドレスではなく、質素なワンピースに身を包んでいた。
これは、クレアの普段着を借用したものだ。
ちょっと丈が長いが、胸元がやや苦しいのでイーブンだと思う。
「しかし、こんなときにお忍びとは……大丈夫ですかいの?」
「なーに言ってんのよ。こんなときだから、遊びに行くんじゃない!」
そう、私は今日、平民に紛れて市場に繰り出す予定なのだ!
こっそり屋敷から連れ出してくれたトマスじいさんは、怯えたように周囲を見回した。
おそらく、クレアに黙って抜け出してきたのを気にしているのだろう。
「じゃ、夕方には戻るから!」
「お、お一人で行くおつもりで!?」
前にお忍びで来たときには、クレアと二人で市場をまわった。
だからトマスじいさんが驚くのも無理はないのだけど。
「せっかくのお忍びに、おじいさんと行くのは……ねえ……」
トマスじいさんは不満げな顔を浮かべたが、ため息をついて諦めたようだ。
「じゃあね!」
私はトマスじいさんに手を振って歩き出した。
********
今日は週一回の市がたつ日。
大通りの端から端まで出店が並んでいる。出店には、食料品や日用品、少しだけど装飾品なんかも売っている。
もちろん平民向けだから、私から見ても大したものではないのだけど……珍しいから退屈はしなさそうだ。
パンを焼く香ばしい匂い。人々の話し声や笑い声、呼び込みの声がごちゃ混ぜになった中を歩いて行く。
私はぶらぶらと出店を冷やかしながら、大通りを進む。
ごった返す……とまではいかないが、多くの人がひしめき合っている。まっすぐ歩くのが難しいくらい。
「ん~……やっぱ良いわね! こういうの!」
私は胸いっぱいに活気のある空気を吸い込んだ。
と、そのとき。
いかつい声「おう! 買いもしねえのに、いつまで店の前に突っ立ってんだよ!」
後方から怒鳴り声が響いてきた。
……やあねえ。もめ事かしら?
曲がりなりにも貴族のお忍び。事件に巻き込まれたらとてもめんどくさいことになる。
私は踵を返して、”喧騒の中心地に向けて”足を進めた。
めんどくさいことになるので、安全な領域を見定めつつ、楽しく騒動を見物できる位置を見定めなければ。
しかし、次に響き渡った美しい声に、思わず足を止めた。
「待ちたまえ。今、選んでおるではないか」
さして大声でもないのに良く通る綺麗な声。
……聞き覚えのある声。
「ああ!? なに気取ってんだ! どれも同じだろうが!」
「同じ……? なにを言っておる? 色も大きさも違うではないか」
「ンだとお!?」
「あああぁぁぁ! ごめんね! おじさん! これ、私の連れだから!」
私は大きな声をあげて、ケンカの始まりそうな二人の間に割り込んだ。
「ごめんごめん! ほんと、全部一緒だよね! もう! 細かいこと気にして!
一つもらうから!」
私はまくし立てて、銅貨を一枚、店主に投げて渡した。
見ると、どうやらリンゴを売っている店のようだ。適当に一つ掴んで、美声の主の腕を引っ張る。
「あ……おい!?」
戸惑いの声が漏れたが、私は有無を言わせず、その場を立ち去ろうと……
「それ、ちょっと小さい……」
私は店主に愛想笑いを向け、さっと大きめのリンゴと入れ替えてから、足早に喧騒から離れた。
********
市場で賑わう大通りも、一本脇に入ると急に静かになる。
私は美声の主の腕を引っ張って、裏路地までやってきて……そして、大きく息をついた。
「……こんなとこで、なにしてるんすか?」
そして美声の主を改めて見上げた。
小綺麗な頭巾と口元にまいたマフラーのようなもので顔を隠しているが、涼しげな目元だけで美形が溢れてる。
「……王太子殿下」
「……まさか……そなたは……」
王太子は顔を輝かせて、マフラーと頭巾を取った。
「ありんこではないか!」
やめろ! まぶしい……!
そして、だれがありんこだ……!
「殿下、ダメです……顔、顔……隠して……」
「そうか! たしかに危ないな!」
王太子は再び顔を布で覆った。周囲を警戒してキョロキョロと周囲を見回す。
ちょっと危ないの意味がズレているかも知れないが、これで危険なく会話が出来る。
「……殿下もお忍びで、ここに?」
「ああ! ここはすごいな! 平民たちの活気を直に感じる!」
楽しそうなのは結構なことだが……
「……殿下、まさか一人で来たわけではないですよね?」
「もちろん、護衛は付けてきた」
「どちらに?」
「はぐれた」
意味ない!
顔が良い王太子が堂々不遜の態度でしゃべってるの、似合ってるんだけどどこか滑稽だ。
「では、私が護衛の方を探して参ります。殿下はここでじっとしていてくださいね」
レオンという名前を連呼して歩けば、向こうから見つけてくれるだろう。
私は大通りに向けて歩き出し……
袖を引っ張られて、足を止めた。
「え……?」
振り返ると、めっちゃキラキラした目で、王太子が私を見つめていた。
「一緒に行こう、ありんこ!」
********
「すごいぞ! 肉が棒に刺さってる!」
「はい。何の変哲もない、串焼き肉です」
「買ってみても良いものか……」
「金貨は! 金貨はしまってください! 物価が崩壊する!」
「……どうやって食べるのがマナーだ……? フォークとナイフは……?」
「マナーなんて、無いですよ。こうやって、かぶりつけば良いだけです」
「すごいな……食器がなにも要らないなんて……画期的だ!
王宮でもこのスタイルを採用しよう!」
「そ、それはどうかと……」
「……硬い……」
「殿下! 泣かないでー!」
王太子は不意に、私に顔を向けた。
うっ……至近距離でこの顔は破壊力が高すぎる……!
「余のことは、レオンと呼んで欲しい。
……今日だけでも」
なにかを欲しがるような顔で、私をじっと見つめる。
こ、これは……良いんだろうか? 国家の重要人物を私なんかが名前で呼ぶなんて……
「……ん?」
小首をかしげるでない! 可愛すぎやろが!
「……レ、レオン……」
ぱあっと光があふれ出すような笑顔。
「褒美を取らす」
串焼き肉を私に突き出す。
……うん。硬くて食べれなかったのね。
そりゃ、王宮で食べるような肉とは全然違うけど……
私は両手に串焼き肉を装備した。
「余は、ずっと、そなたと話したかった」
王太……いや、レオンは私の顔をのぞき込んで、言った。
私の返事は、串焼き肉に阻まれて、もごもご……だ。
「あの日、余はそなたと初めて出会い……強い衝撃を受けた」
ワタシモデスヨ。
「ありんこ……あの格好のまま部屋を飛び出していったそなたに……
その後ろ姿の力強さに感銘を受けたのだ」
何言ってんだ、コイツ。
レオンは少し顔を赤らめて、恥ずかしそうに目を逸らした。
そのくせ、私の手にそっと自分の手を重ねた。
ななな……!? ちょ、ちょっと、何を……!?
「生まれついての運命に翻弄されるだけの余には、運命を切り開くそなたが眩しかったのだ」
意を決したように、まっすぐ、私を見つめる青い瞳。
宝石のような輝きに、私も目をそらせない。
「余は、そなたのことを……もご」
私は思わず、手を突き出してレオンの口に串焼き肉を押し付けた。
「や、やっぱりあの、私、二本はたっ食べきれませんので!」
噛み切れない肉でレオンの口を塞いで、私は周囲を見回した。
「あっ、ホラ、あっちの方で人を探してそうな人がいますよ!
アレ、護衛の人じゃないですかね!?」
適当に通りの向こうでキョロキョロしている人を指した。
……なんか、引き返せない道が見えた気がして、私はその場の雰囲気を壊そうとした。
「んぐ……たしかに、護衛の者だな」
たまたまだったが、考えてみると市場で店ではなく人を見る人は珍しく、目立つのかも知れない。
「じゃ、私はこれで! 噂になるとマズイので!」
「あ、ありんこ!?」
呼び止めるレオンの声も聞こえないフリして、私は踵を返した。足早に市場を進んで行く。
なぜ、こんなに動転しているのか、自分でも分からなかった。
これは、アリシアの恋の物語です。
アリシアにはまだ自覚はありませんが、恋の物語です。
だれがなんと言おうと、恋の物語です。
次回は、セレーナの夜会で事件が起こります。
多分、恋の物語です。




