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005_天国と地獄の婚約者面会

「ご機嫌麗しゅうございますわ。ブランチュール子爵」


 私は120点の笑顔を浮かべてお辞儀をした。

 どう? 私だって、令嬢ぽく振る舞えますのよ。


 特にこの……フェルナン・ブランチュール子爵……私の婚約者様の前ではね!


「やあ。アリシア嬢。今日もお美しい」


 私の婚約者様は優しい笑みを浮かべた。

 長身でスラリとした好青年だ。色素の薄い長めの髪を肩口に垂らしている。歳は一回り上なんだけども、だからこその落ち着いた大人な雰囲気!

 我ながら自慢の婚約者なのよね!


 しかもしかも、子爵! 子爵なのよ、奥さん!

 普通なら、しがない男爵家の三女が嫁げるような相手ではないわ! たまのこしってヤツね!


「僕のことはフェルと。

 我々はもう、婚約者同士なのだから」


 上品に手を差し出すフェル。気品がほとばしるわ!


「ええ、フェル様……」


 私はドギマギする心を隠して、フェルの手に自分の手を重ねた。


 今日は婚約者同士、たった二人の小さなお茶会。

 ブランチュール子爵の王都邸に招かれたのよ。


 庭園をエスコートされて歩く。

 優しく手を引かれながら、私はキレイに整えられた庭園に胸が高鳴った。


 ……お金、持ってますのね……


 我がシルベーヌ家のてきとーに切った庭とはぜんっぜん違う。

 本職の庭師が整えたであろう木々の美しさ、もっと言うとその維持費を思った。そしてたおやかな笑み、もっと言うと皮算用を始めてほくそ笑む私。


「我が家の庭は気に入っていただけましたか?」


「ええ……とても」


 やべ。よだれ垂れそう。


 東屋に到着して、フェルがイスを引いた。

 私は名残を惜しむように手に一瞬力を入れてから、フェルの手を放した。

 そして、ちょこんとイスに腰掛ける。


 ふふ……クレアとの練習通り……!

 私はこのお茶会の前に、クレアと立ち振る舞いの練習をしていた。

 もちろん殿方と二人で過ごすなんて初めて……王太子とはノーカウント……なので、右も左も分からない私に、クレアが助言してくれたのだ。


「さあ、ささやかなお茶会を始めましょう」


 私の向かい側の席に座り、フェルが宣言した。

 これまで私たちの後ろにかしづいていた数人のメイドが、慣れた手つきで紅茶を淹れ始めた。


「アリシア嬢は、最近、社交界で流れている噂をご存じですか?」


 ひくくっ!


 私の顔が引きつる。


「わ……私には刺激の強い話で……」


 なんの気なしの世間話のつもりかも知れないが、私には触れて欲しくない話題ナンバーワンだ。

 今でもあの日のことを思い出すと、嫌な汗をかく。


「失礼。たしかに麗しの婚約者とするには、ふさわしくない話題でしたね」


 まあ、私、登場人物ですが。


「ほほほ……」


 目を逸らして笑ってやり過ごす。


「では、アリシア嬢。話題を変えましょう。

 そうですね……私についてなにか聞きたいことはありますか?」


 これ、クレアゼミでやったところだ!


「そうですわね……」


 もう、なにを聞くかは決めているが、少し考える振りをした。

 そして少し上目遣いに、フェルに問いかけた。

 ちなみにこの目の角度も、クレアとの特訓済みである。


「フェル様は……どうして、私などに婚約を申し込んでくれたのですか……?」


 今、シルベーヌ男爵家の最大の関心事といえば、これだ。

 ある日突然、目上の子爵家から婚姻の申し込みがあったのだ。

 しかも、なけなしの持参金すら用意出来ない三女の私に。


 お父様は最初は浮かれて、後に頭を抱えて悩み出した。私が選ばれた理由が全く思い浮かばないというのだ。

 失礼な話だ。


 お姉様たちから、うらやまれていじめられるかも、と最初、私は不安になった。

 しかしお姉様たちも謎に気を取られたのか、夕食で一緒になるたびにあーでもない、こーでもないと推論を戦わせていた。

 「きっと、私の美貌に惹かれたのね!」という私の発言は、30秒ほどの沈黙を産んで、その後はなにもなかったかのように議論が再開された。


「それはね、アリエス嬢……」


 フェルはニコリと笑った。


「とあるお茶会であなたをお見かけして……一目惚れでした」


 ほうら、やっぱり美貌じゃない!

 私もかねがね、刺さる人には刺さる容姿だと思ってたのよね。


「そのお茶会で……あなたは、一人、庭園の隅に隠れるようにして……

 一心不乱に地面に何事か書き込んでおりました」


 ……ん?


「後で見ると、あなたが書いていたのは、指遊びの……『エチケット』のパターン分岐でした」


 ……そういえば、そんなのやったことあるような……

 エチケットというのは、宣言した指を曲げていき全ての指を曲げた方が勝ち、という二人対戦の遊びだ。

 親指から小指に1から5の数字を割り振って、相手の宣言よりも大きな数を言わなければならないルール。言える数字がないとパスになって、パスの後は好きな数字が言える、というもの。


 つまらないお茶会ーーー楽しいお茶会なんて一度も経験はないがーーーでは、たしかに隠れてそんな一人遊びをしていた時期があった。クレアにバレて、ど叱られてからやってないが。


 ちなみにこのエチケットには必勝法があると見つけたが、それはまあ、良いか。

 問題は、そんな場面を目撃されていたことで。


「お、お恥ずかしいですわ……」


 ホントに恥ずい。しかも、一瞬ホントに美貌かと思っちまった。

 顔が赤く染まっていくのが分かる。


「なんと賢いご令嬢だろう、とずっと心に残っておりました。

 あなたのような方と、晩年チェスをするのが私の夢なのです」


 ……ちょおっと、変わった人なのかもしれない。

 賢いなんて、初めて言われた。変わった娘と言われたことは多いが。


「私で勤まりますかしら?」


「ひとつ……クイズを出してもよろしいでしょうか?」


 やだなあ……なんか、品定めされてるみたいで……


「社交界の話題の方がお好みですか?」


 うん、そっちの方がヤ。


 私の表情の変化を見て、フェルは小さく笑みを浮かべた。そして、おもむろに問題を口走る。


「あなたの前には、天国へ続く道と地獄へ続く道、二つの道があります。


 そこには案内人が2人立っていて、どちらか片方が1度だけ質問に答えてくれます。しかし、その正体が天使か悪魔か分かりません。天使は必ず本当のことを答え、悪魔は必ず嘘を答えます。

 あなたはなんと質問しますか?」


 ……いや、私、死んどるがな。


 またも私の表情を見て、フェルは笑みを浮かべた。


「良いのですよ? 思ったことをそのまま口に出していただいても」


 ……いいのか? ホントに言っちゃうぞ?


「そんな案内人には頼らず、来た道を引き返すのが一番良いのでは?」


 フェルは大声で笑った。楽しくて仕方がない様子だ。


「では、来た道がなくなっていて、あなたはどちらかの道を選ばなきゃいけない、という条件を追加しましょう」


 私は小さくくちびるを突き出した。


「質問できるのは一度だけ? 悪魔だけでなく天使も? 天使のくせに不親切ですわね……

 殴って天使かどうか反応を見る? みたいな答えが望まれてないことくらいは分かりますわ……」


 黙って考えるのもどうかと思い、思い浮かんだことを口に出してみる。

 フェルは目を輝かせて、私の顔をのぞき込んでいる。


「それにしても、誠実な悪魔ですこと」


「と、いうと?」


「必ずウソをつくなんて。真実とウソを織り交ぜてしゃべる人間も見習うべきですわ」


「ははっ。おっしゃる通りだ」


 なんだか遊ばれているような……

 なんて思いが、ふと浮かんだ。だが、それも深化していく考えに引っ張られて、どうでも良くなった。


「一つの質問で、天使か悪魔が判明して、道も分かるような問いかけ……?

 天使ならこう、悪魔ならこう答える、なんて条件を質問に盛り込めるか……


 いや、違う……

 天使でも悪魔でもどっちでも良いんだ……

 道さえわかれば……

 聞いた相手が、天使でも悪魔でも同じ答えになれば……」


 私はつぶやきながら、考えをまとめていく。


「両方の案内人を通す質問をすれば……?」


 不意に、フェルが私の手を握った。


「んなッ……?」


 大きな男の手が、私の手を力強く包み込み、私の頬は赤く染まっていく。


「アリシア嬢……」


 フェルのささやき声が耳をくすぐる。甘い響きに頭がクラクラした。


「あなたは、僕の理想の人だ」


「ーーーッ!?


 ーーーなっ、なんか知らんけども! とてもお気に召したようで、さ、幸いですぅ!」


 我ながら。

 もうちょっとなんか、別の言葉があったんじゃないかと思う。




これは、アリシアの恋の物語です。

婚約者とパズルの話しかしておりませんが、恋の物語です。

だれがなんと言おうと、恋の物語です。


次回は、アリシアと王太子殿下が再会します。


多分、恋の物語です。

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