最終話_爆発、あるいは告白
「ホントに、リシェルがここって言ったの?」
夜の庭園は、昼間の喧騒が嘘みたいに静かだった。
月は雲に隠れ、白い石畳だけが淡く光って見えた。
「ええ。こちらでお待ちになっているはずです……」
クレアも少し自信なさげに辺りを見回している。
リシェルに折り入って話をしたい、と連絡したら、この場所に招かれたのだ。
王宮の中庭なんだから、見事に整えられているとは思うんだけど……
今の雰囲気は、ロマンチックというよりホラーチックだ。
「では、私は建物内で待っておりますので……」
ええ!? この状況で私を一人にすんの?
「ちょっと、ズルいわよ、クレア! せめてリシェルと会うまで一緒にいてよ!」
私の非難の声に、クレアは困ったような顔をした。
「庭園の入り口からは、お一人で、というご指定でしたので……」
えー……やだなあ……
私は暗い庭園を振り返った。
リシェルには、私の……レオンへの思いを話そうと思う。
レオンの婚約者で、私の友達。
レオンへ思いを告げる前に、ちゃんと話しておきたいって思ったのだ。
リシェルは……どんな反応をするだろう?
呆れるだろうか? しょせん男爵令嬢が王太子に思いを寄せるなんて、身の程知らずも良いとこだ。
それとも、怒る? 婚約者の自分を差し置いて、なんて。
無謀な挑戦を笑って応援してくれたり、するかも知れない。どうせ実りようのない思いなんだから。
どれもありそうで、どれも無さそう。
私にはリシェルがどうするか、見当がつかなかった。
「……じゃ、行くけど……悲鳴が聞こえたら、助けにきてね?」
「へんなこと言わないでください」
冗談じゃないかも知れないじゃないか。
私という恋敵を亡き者にするためのこの場所かも……
「ふ……」
それはないか。私なんか、恋敵になるはずがない。
私は、リシェルの少女らしく引き締まった体と透き通るような白い肌を思った。
「あ……」
いかんいかん。つい、私なんかって言っちゃった。
……でもまあ、これはホントのことだし……
「お嬢様? いろいろと大丈夫ですか?」
一人、笑ったり首を振ったりした私の顔を、クレアは心配そうにのぞき込んでいた。
「うー、もう! 良いから! 一人で行くから!」
恥ずかしさを隠すため、私はちょっと大きな声を出した。
********
暗い庭園をそろそろと進む。
歌壇の向こうにたたずむ人影。
私は少し安心して、小走りに人影へ近付こうとした。
「おぽっさむ!?」
人影がリシェルじゃないことが分かって、私は思わず声を上げた。
レオン。
レオンがいる。
私は思わず引き返しそうになった。が、レオンが私の声に気づいて、私を見る方が早かった。
違う。
そりゃ確かに、レオンとも話をしたいけど、順番が違う。
リシェルがどう思おうと、ちゃんと私の思いを伝えてからにしたい。
たとえ、玉砕するだけの告白でも。
「待っていたぞ、ありんこ」
ファッ!?
なんでレオンが私を待ってるのよ!? リシェルは!?
「レオン!?
……じゃなかった、王太子殿下!」
やっべ。テンパって呼び捨てにしてまった!
私の処罰級の不敬に、レオンはむしろ嬉しそうな笑みを浮かべた。
「良いぞ。
……レオンと呼べ」
その声は落ち着いた艶があって……
こんなの、爆発するか、告白するか、の二択じゃない!
「いえゃ、そ、そんなわけにはぁ……」
私は目を逸らして、後退った。
と、花壇の柵に足を引っかけて、思いっきりバランスを崩した。
「ありんこ!」
レオンが私の手を引いて、抱き寄せるようにして私のバランスを引き戻した。
「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」
これは爆発する方かしら!?
眼前に迫ったレオンの肩甲骨に、私の頭のお湯が沸いた。
「大丈夫か?」
大丈夫じゃありません!
「あうあう……」
全然、言葉にならない。
だけども、心の方はもう、覚悟を決めたような、お腹にぐっと力を入れてるみたいな、そんな感じになってて。
いいよ、こいよ!
「その……レオン?」
ごめん! リシェル!
あとでちゃんと話すから!
「えと……伝えたいこと、あって……」
「良いぞ」
あ”ー! も”う”!
レオンの不遜だが優しそうな声に、私は心の中で叫んだ。
なんとか、なれー!
********
「えっとね、その、あのですね! レオン!」
不必要に大きな声を張り上げて、胸の前で手を握る。
「私、最初はトンデモナイ巻き込まれ事故だと思ってましたし!?
正直、人生詰んだって思いましたし!
噂はすくすくと育つし、セレーナに言いふらされたし、アタマぐわんぐわんになってたし!」
レオンは黙って、私を見ている。
「でも! レオンがね! 庇ってくれて! で! 世界にね、色が戻ったの!」
私は両手を精一杯、広げた。
「私が今、生きてるのはね! レオンの……レオンのおかげなの!
最初っからイケメンだなあって思ってたけど! 素直で、ちょっとズレてて!
私を見ると、いっつも嬉しそうで!」
息を吸って、一気に言い切る。
「……好きにならない方が、無理じゃない!」
言った。
言ってしまった。
顔が熱い。たぶん、耳まで,真っ赤になってる。
レオンは黙って私を見てる。
私は荒い息をなんとか整えようと、息を吸って、吐いた。
レオンは、まだなにも言わない。
胸がバクバクと暴れまわっている。たぶん爆発してる。
レオンはまだ、無言で。
「だから……その、ね? つまり……私、レオンのことが……」
「ありんこ」
穏やかな声で、レオンは私の言葉を遮った。
「余とお主は……このままでは、結ばれることはない」
あ……
胸の奥が、すっと冷たくなる。
「そ、ですよね……」
分かってたけど。そりゃそうだけど。
レオンは、当たり前のこと、言ってるだけだけど。
「ごめんなさい……そういうこと求めてたわけじゃなくて……ええと……
その、思いだけ伝えたかったっていうか……
気持ちだけ知ってもらえたら、なんて……」
世界がぐにゃぐにゃになったみたいだった。
あれ? 私、レオンに告白して、どうするんだっけ?
どうして欲しいんだっけ?
「ホントは、ですね。もっと厳かに、ですね。
ちゃんと思いを伝えたかったンですけど、あの……」
ああ、そうだ。思い出した。
私は、キッパリ、振られるために。告白したんだった。
だってそうよね?
男爵家の三女が。
王国王太子に。
なにを望むって言うの?
レオンは、王太子で。
異国のお姫さまを婚約者にしてて。
それはリシェルで。
すっごく、可愛い子で。
私なんかとは。違ってて。
「あの……ありがとうって、伝えたかっただけで……」
だから、こんなに涙が出るのは、なんかの間違いで。
「わ……」
背を向ける。
一歩、踏み出す。
「忘れてください。
今の、ぜんぶ」
ああ、もう、これ以上は、無理だ。
「待て!」
手首を掴まれた。
振り返ると、レオンは真剣な顔をしていた。
「……待ってくれ」
レオンはなにか、必死に言葉を探しているように見えた。
********
しばらくそのまま、私たちは立ち尽くしていた。
「余は」
やっとレオンが口を開いた。
「余は、王太子だ」
レオンは、あんなに考えて、こんな当たり前のことを言った。
「だから、軽率な言葉で……お主を縛ることは出来ぬ」
まっすぐ、私を見ていた。
レオンは私の手首を放した。
「だから、覚悟して、聞いて欲しい」
そして、大きく息を吸った。
「余と一緒になるということは、一緒に国を支えると言うことだ……
しち面倒な儀式や行事が目白押しで、自由な時間もない。
生活は窮屈で、息苦しい」
レオンは、なにを言ってるんだろう?
私には、よく分からなかった。
「内政にも外交にも気を遣ってばかりで、
一言の失言がとんでもないことに発展して、
毎日重圧を感じることになって……」
だって、それはまるで、正式な妃のことみたいで。
「身分違いと、いろいろなところで侮られるだろう。
不満を抱いた貴族の反乱を招く場合もある。
教会から血統の問題を指摘されるかも知れない。
外交問題も深刻だ。同盟がダメになって戦争になる可能性もある。
暗殺の標的にもなる。
あと……子をなさぬとそれだけで責められ、男児が生まれぬとまた責められる」
あまりの問題の多さに、私はちょっと笑ってしまって。
「その上で、聞いて欲しい」
雲の切れ間から、月の光が差した。
「アリシア」
月光がレオンを照らした。
柔らかな金の髪がきらめいて、青い瞳がどこまでも鮮やかで。
「余は、アリシアを愛している」
レオンが、私に、手を差し伸べた。
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これは、私の恋の物語です。
これから先、いろんな問題が山積みだけど、恋の物語です。
だれがなんと言おうと、恋の物語です。
私はレオンの手を取って、うなづいた。
絶対、恋の物語です。




