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018_王太子はつらいよ

「ねえ、レオたん」


 リシェルは余の背中に声をかけた。

 この異国出身の婚約者は、何度言ってもこの呼び方をやめぬ。

 そのうち公式な場でも口走りそうで、恐ろしい。


 余は小さくため息をついて顔を上げた。

 ここは余の書斎。

 執務中ではあるが、押し掛けてきた婚約者を無視はできぬ。


 余はレオン・ルーベラ・フォン・アルフォート。

 アルフォート王国、第一王子にして王太子である。


「わたくし、アリシアに呼び出されてしまいましたわ。

 なんでも話したいことがあるとか……」


 異国の姫は、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。


「うふふ。どうしましょう?

 きっと宣戦布告だわ」


「……? ありんこが他国と戦争を始めるとは思えないが……」


 リシェルは驚いたような顔を見せて、それからその高貴な生まれに似つかわしくない笑い声を上げた。

 どうやら、リシェルの国は我が国より王族の威厳が軽いようだ。


「もう、ホントは分かってるくせに!

 アリシア、レオたんのこと、特別な目で見てるわよ?」


「……余は、王太子だからな」


 リシェルは肩をすくめた。

 なんだというのだ、まったく。


「……別に良いじゃない。寵姫にでもしちゃえば。

 わたくしは気にしませんよ? どうせ王族なんてそんなものでしょ」


 リシェルは事も無げに言った。

 余と婚約を結んでいるとはいえ、政略結婚でしかない。お互いに愛がある間柄とは言いがたい。


「レオたんもアリシアのこと、気に入ってるんでしょ?

 ほら、みんな幸せじゃないかしら?」


「寵姫……」


 つまり、愛人である。

 一夫一妻が浸透しているこの国では、王族といえど側室を持つことは許されていなかった。

 しかし、王族や貴族が非公式に愛人を囲うことはそこまで珍しいことではない。


 公式な立場はなく、王太子の寵愛という公然の秘密を得て、低い身分のまま社交界の羨望と嫉妬を一手に受けるのだ。

 したたかな女であれば、王太子の後ろ盾という幻影を武器に、社交界を泳ぎ切るのであろう。

 過去には寵姫が社交界を牛耳るような存在になった例もある。

 人を量って、時に謀って……


 しかしそれは、ありんこに似合わないような気がした。


 ありんこには、もっと……

 不可侵の身分を得て、余と並び立っても後ろ指をさされぬような……


 そう、例えば……


「……やめといた方が……良いと思う」


 余の表情を見て、リシェルは先回りした。


「ダメか……?」


「血統が違いすぎます。教会が認めると思えません。

 教会に認められぬ場合、どういった立場になるか……

 絶対、苦労させるわよ?


 第一、わたくしの国との関係をどうされるおつもり?

 さすがに嫁ぎに行った姫を袖にしたとあっては、タダでは済みませんよ?

 巨額の賠償……ヘタすれば戦争よ?」


 そうやもしれぬ。

 たしかに馬鹿げている。

 そのくらい、問題が山積しておる。


 でも、余の思い人は、絶体絶命の状況でも、その身一つで困難に飛び込んで行ったのだ。


「リシェル……頼みがある」


「あら。そんなに真剣な顔して……

 うふふ。こんな風に殿方に見つめられると、照れてしまいますわ」


 リシェルは余をからかうような笑みを浮かべた。

 余は構わず、リシェルに耳打ちした。たった一言。それで充分だった。


「それ、最高ね!」


 目を輝かせ、リシェルはイタズラを思いついた子どものような笑みを浮かべた。


「仕方ないわ。二人のために、わたくしも一肌脱ぎましょう!」




これは、アリシアの恋の物語です。

なにやら王太子とリシェルも策を巡らせておりますが、恋の物語です。

だれがなんと言おうと、恋の物語です。


次回が、最終回となります。


多分、恋の物語です。

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