017_やせ我慢は苦しいけど、人生を深くさせる
「お招きいただきありがとうございます、フェル様」
「おまちしておりましたよ、アリシアさん」
私は、フェルの落ち着いた空気を噛みしめた。
いやー、ウチの婚約者様は大人なカンジで良きだわ~。
「また、凄いお噂になっていらっしゃいますね」
私はつい、にんまりと笑ってしまった。
セレーナの断罪劇の噂は、貴族間で急速に広まっているみたい。昨日の今日で、みんな凄いわ。
伯爵家令嬢のスキャンダルとしても、ハダカで王宮を駆け抜けた謎の美女事件のオチとしても、話題性バツグンってカンジね、きっと。
「実は、フェル様に教えていただいたクイズ……論理パズルっておっしゃるんでしたっけ? あれがヒントになりましたのよ」
私の言葉に、フェルは目を輝かせた。
「ほう! それは興味深い!」
こういうの、好きよね。ホント。
私は、王宮で見つけた証拠の話、セレーナの言い逃れのウソの話、そのウソが逆に自白になった話など、事細かに説明した。
フェルは優しい笑みを浮かべて、私の話を聞き入ってくれた。
ああ、結婚後もこんな風に私の話を聞いてくれるんだろうなって気がして、それはとても幸せなことのように思えた。
いつしか私の手とフェルの手は触れあって、重なって、つながっていた。
「アリシアさんは、本当にすごいな……」
調子に乗って話していたら、フェルがつぶやいた。
そんな風に言われると照れてしまう。ちょっと話を盛りすぎたかも。
「この聡明さが、もっと噂になっても良いのに」
あ……
フェルの何気ない一言は、私にフェルが聞いた噂の内容を連想させた。
おそらく噂では、私は単なる被害者の男爵令嬢で、快刀乱麻の活躍は王太子とその、婚約者がなしたものだったのだろう。
うん、そうだよね。そりゃみんな、美男美女が活躍した話、聞きたいよね。
私なんかじゃなくて、もっと主役然とした人たちの。
「い、良いんですよ、私なんか。
……ほら、フェル様に教えていただいたこと、言ってみただけですし……」
分かってる。
私なんかが物語の主人公になるはずがない。私なんかより、ふさわしい人がたくさんいる。
私なんか……
「私なんか、なんて言ってはいけないよ」
フェルの手が私の手をしっかりと握った。
「それは、あなたを支えてきた人を否定する言葉だから」
フェルの言葉が私の心にしみこんでいくのを感じた。
この人は、本当に私のことを愛してくれていて、大切に思ってくれているんだ、そう思えた。
嬉しかった。
本当に、嬉しかったの。
でも。
「ありがとうございます……フェル様。
私、フェル様の婚約者になれて、幸せです……」
私の言葉に、フェルはなぜかとても、とても悲しそうな表情を浮かべた。
「……どうか、なさいましたか?」
フェルはとまどったように口を開き、言葉を発さずに閉じた。
そうしてから、ゆっくりと言った。
「アリシアさん、今、自分がどんな顔をしているか、分かりますか?」
「え……?」
「あなたは今、幸せを噛みしめるような顔をした。
でも、それは……手に残ったものを慈しむような……自分を納得させるような……」
フェルは私の目をまっすぐに見ていた。
「……届くか分からない遠くに、手を伸ばすのを諦めてしまったような……」
私の胸の奥が、ざわざわと騒ぎ出した。
「あ……」
どうしよう。
見抜かれてしまった。
支えてくれた人、と言われて、真っ先に浮かんだ、青い瞳。
「婚約……解消しませんか?」
「え……?」
突然のフェルの言葉に、足元がガラガラと崩れてどこかに落ちていくような、そんな感じがした。
「アリシアさんは、まだ妥協してはいけない」
フェルの目は、どこまでもまっすぐだった。
「でも……その、私……私なんか……」
「あなたを支えた人を、否定しないで」
フェルはゆっくりと首を振った。
「安心して、ぶつかっておいで。
もしダメだったなら……
その時、僕はあなたに婚姻を申し込みます」
フェルは最後にぎゅっと私の手を握って、離した。
「……え……っと……」
これ……ひょっとして……
「結婚前に……心残りを解消するように……ってこと?」
「婚約は解消するので、好きになさい」
フェルは優しく微笑んだ。
……この人は、本当に……
「ふ……ふふっ……」
「おかしい、ですか?」
「ふふっ……だって、私……
婚約を解消しましょうって、プロポーズされたんですよ?」
こんなプロポーズをされたのは、きっと世界で私一人だ。
私は顔を上げた。
なんだか、気持ちが晴れていた。
ホントに、いっぺん、ぶつかってみよう、なんて思った。
せっかくだから、後世の語り草になるような、当って砕けろを見せてやろう。なんて。
そんな風に思ったら、お腹の底から笑いがこみ上げてきて、私は思いっきり笑った。
レオンに、思いを告げよう。
だれよりも、あなたのことが好きですって。
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許嫁、いや、元許嫁の背中を見送ったあと、フェルナン・ブランチュールは、天を仰いで大きなため息をついた。
まさか一回り以上、歳下の娘にここまで入れ込むとは思わなかった。
最初は単に、退屈しなさそうな子を選んだだけだった。
結婚や恋愛というものに、もともと興味が薄かった。しかし、貴族として家を存続させる必要があった。
家柄や資産はそこそこ恵まれていたので、選択肢は豊富にあった。
賢く聡明で、純粋であどけなく、卑屈に鬱屈した子だった。
話すたび惹かれて。
つい、本気になってしまった。
鳥かごの中より、のびのび空をはばたいて欲しくなってしまった。
自分の恋路を捨てることになっても。
「……きっと、もう戻っては来ないんだろうな……」
なぜだか、そんな確信があった。
「……でも、あの表情を見れたなら……」
これは、アリシアの恋の物語です。
やっと自分の気持ちに向き合えた、恋の物語です。
だれがなんと言おうと、恋の物語です。
次回は、レオンが胸の内を語ります。
多分、恋の物語です。




