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016_それもこれも全部、嘘になればいいのにな

 これはセレーナが断罪されて、部屋を退出してすぐのこと。

 レオンの分かった風の言葉を裏切って、セレーナが夜逃げを決行するのはもう少し先の話だ。


 立会人の貴族の一人が立ち上がり、レオンに話しかけた。


「さすがは王太子殿下、恐れ入りました。

 その比類なき叡智で事件を解決いただけて、この国の法秩序にとってこれ以上の誉れはございません。殿下の下した一言一句こそが、後世に語り継がれる完璧な模範となるでしょう」


 わー、始まったー。

 なんかもう、貴族は恒例のようにこうして大仰に褒めるのだ。

 おべっか使ってるのが見え見えで、言われてる本人も良い気はしないだろうに。


「よい」


 言われ慣れているのか、レオンはまったく心を動かされていないようだった。

 そうそう、こんなんで喜ぶのはよっぽどチョロいヤツだけよ。


「ご令嬢の補佐も誠に素晴らしかった。まさかこれほど鮮やかな論理で真実を導き出されるとは……!

 世にこのような聡明な女性がいるのか、と内心舌を巻いておりました。彼女ほど潔白と知性を兼ね備えた御方は見たことがございません」


 え、ちょっ……私のことまで褒めてる?

 やめてよ、もう……そんなんで喜ぶワケないんだからね! /// ///


「ワタクシもそう思っておりました。この度の見事な裁定、王太子殿下の御決断に、令嬢の類まれなる機転が華を添えた。まさに天が遣わした奇跡の乙女……!」


 別の貴族も立ち上がって乗ってきた。


 わーもう、なんなん? 褒め殺す気かしら?


「まあ……余も、まずは周りから固めようとの進言、非常に賢明だったと思っている」


 レオンは私にチラリと目配せをした。

 私と目が合って、かすかに笑みを浮かべる。

 その瞳を見て、その瞳に込められた喜びの感情を感じて、私の心はさらにフワフワと舞い上がった。


 もー、レオンもちょっと、まんざらじゃなくなってるじゃーん。

 ……まあ、私自身も、よく思いついたなって、思ってるケド……


「ああ、なんという美しき光景……! 気高き王太子殿下と真実を暴きし聡明な令嬢!

 お二人が並び立つ姿は、まさに建国神話に語られる太陽神と月の女神の再会を見ているようです」


 もう一人、立ち上がった貴族がポエムった。


 あー、もう!

 ……んもう、バカ……だれが女神よ! ひゃー!


「このような鋭き才覚の令嬢がいれば、この国も安泰でございます!

 いやあ、しかしお似合いのお二人だ! お二人が結ばれ共に支え合えば、この国の希望の光となりましょうな!」


 ……バ、バ、バカ! なにが結ばれ支え合えば、よ!

 ちょっと飛躍しすぎ! わ、私とレオンはそういうんじゃ……


「おお……殿下の眼差しに宿る慈愛、そしてそれに応える令嬢の慎ましくも誇り高い微笑み!

 バラと宝石が一つに溶け合うような、この世で最も美しい調和でございます。お二人が愛を育まれる姿を想像するだけで、喜びのあまり涙が溢れてまいりますぞ!」


 ポエム! おまえはいつも!

 愛、愛って、もう……


「お二人のご婚約こそ、我が国に千年の繁栄をもたらす『希望の礎』でございます!」


 そんな、婚約なんて、そんな、全然……そんな話は……

 ……あれ?


「殿下の隣に座るべきお方は、後にも先にもこの異国の姫をおいて他にはおりませぬ」


 ……え?


「お褒めに預かり、恐縮でございます」


 柔らかい笑みを浮かべて、レオンの横にくっついたのは、私じゃなくて。

 リシェルだった。


「お二人の婚約を、誰が祝わずにいられましょうか!」


 あ……


 私はやっと気がついた。

 気がついてしまった。


 異国の出身で、この国での爵位はないと言いながら、権力を持った振る舞い。

 王太子を気軽に呼びつけることが出来て、さらに、レオたん、なんて呼ぶ間柄……


 リシェルは、レオンの婚約者なんだ。


 多分、自国では王族の一員で。

 国同士の結びつきを作るための国策で、レオンが娶る。そのためにこの国に来てたんだ。


 さっきまでの賛辞も、全部、全部がリシェルに、将来の王妃に向けられたものだった。

 だれも、ただの被害者の男爵令嬢なんて目に入れてなかった。


 私は物音を立てないように後退った。だれにも気づかれないように、そっと。


 扉を閉める一瞬前、王太子殿下と目が合った気がした。

 王太子殿下がなにか、物言いたげな表情をしていたように見えた。


 でもきっと、これも私の勘違いだ。


********


「あーもぅ……恥っず……」


 翌朝になっても、私の羞恥と後悔は収まらなかった。


 私としたことが、リシェルへの賞賛を自分に向けられたものなんて、勘違いして……

 あまつさえ、私とレオンの仲が認められたみたいに、思うなんて……


 私はベッドの中でのたうち回った。


 あー、もう、バカバカバカ。

 こちとら、ギリギリ貴族の男爵令嬢の三女よ? 王太子殿下と言葉を交わすのも一生の思い出になるくらいの立場!

 もー全部勘違い! 勘違い! 自意識過剰なバカな私の妄想!

 最近、レオンが気安く登場しすぎなのがいけないのよ!

 でも絶対レオンも、途中まで私が褒められてたって思ってたわよね、アイツ!

 いえ、でも、それも……私の勘違い……?


「おはようございます。お嬢様」


 クレアの、久しぶりの、いつものあいさつに私は跳ね起きた。


「クレア! 大丈夫?! もういいの?」


 クレアは微笑んでから、深々と頭を下げた。


「長いことお休みをいただき、ご迷惑をおかけいたしました」


「ううん! クレア、本当に良かった! 元気になって、とっても嬉しいわ!」


 私は喜びの余り、クレアの手を取って、自分に引き寄せた。


「……クレア、スッキリした顔してる!」


 最後に見たクレアの暗い影は、すっかり消えていた。


「ええ、とっても良いストレス解消をしてまいりましたので」


 屈託のないクレアの笑顔を見て、私は嬉しくなった。

 クレアの腰を抱き寄せて、そのお腹にぎゅっと自分の額を押し当てる。


 クレアは黙って私の頭をなでてくれた。


「代わりの子もね、よくやってくれてたんだけど、雑談とかあんまり付き合ってくれなくて!

 昨日もね、セレーナが夜逃げするかもって話したんだけど、そうですかってだけで……

 あ、セレーナにはね、私が引導を渡しといたから! ああ、もう、たくさん話したいことがあるの!」


「代わりのものも、しっかり勤め上げていたみたいですね。お礼を言わなければ」


「もう、私との雑談も、ちゃんと業務なんだから! クレアはしばらく残業よ!」


「覚悟しておきます」


 私はもう一度、クレアをしっかりと抱きしめた。


「お嬢様、本日はふたつのお誘いが来ております」


「……ん?」


 クレアに服を着せてもらいながら、私は返事を返した。


「婚約者のフェル様……フェルナン・ブランチュール子爵よりお茶会のお誘いがございます。

 それから、リシェル・フェットチーネ様からは訪問の伺いが来ております」


 リシェル。

 その名前に、私の胸がズキッと軋んだ。


「あー、うん……

 リシェルのは、今日は、ちょっと……やめとこうかな……」


「リシェル様の件は、お時間いつでもとのお話でしたので、調整すれば、2件とも今日で大丈夫そうですが……」


「ええと、その……」


 私は言葉を探した。


「あ、ほら。フェル様とのお茶会に時間かかるかも知れないし!

 それに、その……あんまり身分の高い方、いつも家に呼んでるみたいじゃ悪いし、それに……」


「……承知いたしました。リシェルさまには、またの機会とお返事いたします」


「ん……うん、それで、お願い……」


 なんだか胸の中がスッキリしなくて、そのモヤモヤをどうにかして吐き出したかった。


 クレアのストレス解消法、教えてもらおうかしら?




これは、アリシアの恋の物語です。

恥ずかしい勘違いにのたうち回っておりますが、恋の物語です。

だれがなんと言おうと、恋の物語です。


次回は、フェルとアリシアの別れ話です。


多分、恋の物語です。

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