014_昔の話、覚えてる人と忘れてる人の差ってエグいよね
……これは、私、セレーナの話。
ずいぶん前に、過ぎ去った思い出。
「アリちゃん、それ、楽しい?」
当時の私には仲の良い友達がいた。
「……」
アリちゃん……アリシア・シルベーヌは無言でうなづいた。
最近、二日に一日は遊びに来ている。お父様の友達の娘なんだって。
静かでかわいい、でも、ちょっと変わった子。
今日も、エチケットという遊びを教えたら、数回遊んだあと、ずっと地面に何かを書いてる。
もう一回やろ、と言っても首を横に振って「今、考えてる」って。
変な子。
でも、さっきエチケットのルールを教えているときは、本当にキラキラした目で「スゴイ、スゴイ」とくりかえしてた。そういうかわいい子でもあるの。
エチケットは、片手をもう片方の手で隠しながら遊ぶ。その姿が貴婦人の扇のようで、エチケットという名前になったんだ、と聞いた。
アリちゃんがキラキラした目で両手を扇のようにしているのは、本当に可愛かった。
私は、アリちゃんのキラキラした目が好きだ。
新しいこと教えてあげると、アリちゃんはとっても喜ぶ。だから、昨日、侍女のお姉ちゃんに教えてもらって、がんばってエチケットのルールを覚えたの。
私はアリちゃんの書いてることを見たけど、よく分かんなかった。
せっかくルールを覚えたんだから、もうちょっと、一緒に遊んでくれても良いのにな。
お父様は、アリちゃんのことを賢くて自分の世界を持っている子だって言うけど、私はもっと一緒に遊びたい。
せっかく二人でいるんだから。
だから、私はアリちゃんが知らないことを口にした。
「ホントは秘密なんだけどね」
私が声を小さくすると、アリちゃんは興味を引かれたのか、顔を上げた。
「今日、王子さまがウチのお屋敷に来てるのよ」
「……王子さま?」
「ええ。国で一番偉い人の、こども。アリちゃん、お姫様になりたくない?」
アリちゃんはキョトンとして、首をかしげた。
「別に……」
「ええ!?」
この世にお姫様になりたくない女の子がいるなんて!
「お姫様、お姫様よ?! きれいなドレスも宝石もたくさんの家来も自由に出来るのよ!」
「別に……」
信じられない!
「カッコいい王子様と結婚して、幸せに暮らせるのに?」
「別に……」
アリちゃんは興味を失ったように、また地面に目を向けた。
「お金もたくさんで、毎日遊んでくらせるのに!」
私は必死になってお姫様の魅力を並べた。ちょっともう、お姫様じゃないかも知れないけど。
「……ホント?」
アリちゃんの目が輝いてる。
やっと興味持ってくれた!という喜びと、わ、なにこの子、こんなことに釣られるの?なんて呆れた感情が私の中で混ざった。
「私だけ、王子様がどこにいるか知ってるの」
「スゴイ、スゴイ!」
アリちゃんの目がキラキラと私を見つめる。
この目。ずっと私に向けていて欲しい。
「お父様には絶対、行っちゃダメって言われてるけど……
……ね、こっそり、会いに行く?」
私の耳打ちに、アリちゃんはもう一度「スゴイ、スゴイ」と言った。
********
「おまえらは、なんだ?」
こっそりと王子さまの部屋のドアを開けたら、同じくらいの歳の男の子に声をかけられた。
ふんぞり返って、偉そう。
でも、とっても整った顔してる。
「なんか偉そうだね、セレーナちゃん」
アリちゃん!? そういうのは、こっそり言うものよ!?
「いいの、いいのよ! 王子さまなんだから!」
「うん。王子さまだから我慢する」
だからね!? 声がね、全部王子さまに届いてるから!
「……おまえらは、なんだ?」
最初よりも怒った感じで王子さまは言ったわ。
「余をかくまってくれるからと言って、甘く見て良いわけではないぞ?」
「余ってなに?」
「アリちゃん、偉い人専用のわたしって言葉よ」
「ふーん。偉そうだね」
アリちゃん!?
「はっはっは! 変なこどもだな、お前は!」
王子さまはアリちゃんの無礼を気にしてないみたいだった。
良かった。処刑かと思っちゃった。
「家来にしてやろう」
ええ!?
「いや」
ええ!?
「お姫さまが良い」
アリちゃん!?
「はっはっは! なんだ、余と結婚したいのか?」
「いや」
アリちゃん!?
「お姫さまが良い」
「アリちゃん、落ち着いて! それはセットだから! 王子さまと結婚して、お姫さまになるの!」
「じゃ、我慢する」
もう、この子にしゃべらせたらあかん!
「はっはっは! こんなに笑ったのは久しぶりだ! お前、本当に余と結婚するか?」
王子さまはアリちゃんのことが気に入ったみたいだった。
私の心にドロッと黒いものが広がった気がした。
「ズルイ! わたしが連れてきたのに! 私もお姫さま!」
「はっはっは! ではなにか勝負してみせよ」
私はピンと来た。
エチケット! ついさっき、アリちゃんに教えた遊び。
私も昨日覚えたばっかりだけど、侍女のお姉ちゃんにコツも教えてもらってる。実際、今日アリちゃんと何度かやった結果は、私の圧勝だ。
さらに、アリちゃんが先攻をもらう代わりに、10回中1回でも私が勝てば私の勝ちで良い、と言いだした。
なんてバカな子! 10回やって1回でもなんて!
絶対勝てる! 勝って、お姫さまになるんだ!
「行くよ、アリちゃん!」
……それは、悪夢の時間だった。
何度も、何度も負けた。
8連敗したところで、私の視界は涙で歪み、なにがなんだか分からなくなった。
なにか分からないけど、絶対にズルいことをされたんだ。そうとしか思えなかった。
私は大声で泣きわめいた。あまりの大声に家のものが駆けつけて、王子さまの部屋に侵入したのがバレてしまった。
私とアリちゃんは部屋から引きずり出されて、私はお父様に叱られた。
お父様に厳しく叱られて、叱られ終わったあとも、私はずっと大泣きしていた。アリちゃんはやっぱりずっと何かを、今度はペンで紙に書いていた。
「ね」
しばらくして、アリちゃんが私に話しかけた。
「もう一回、やろ?」
左手で右手を隠す。エチケットの手の形。
信じられない! ズルをして私を負かせておいて! 王子さまの前で私に恥をかかせておいて!
……わかった。
この子は敵だ。
人をおとしいれて罠にかける、最悪の敵。
「……あんたのこと、今日からありんこって呼ぶから」
私はありんこを睨んだ。
虫は、徹底的につぶさなきゃ。
********
「……なんでこんな夢……」
王宮へと向かう馬車の中、私は少しウトウトしていたようだ。
こんな忘れ去ったようなこと、どうして今更。
私はドレスのしわと化粧を確かめる。
今日はレオン王太子に呼び出されたのだ。わずかな緩みも許されない。
あの日から王家とは親しい関係を続けている。
さすがにレオンと婚約者になることは叶わなかったが、このままの距離でいればいつか寵愛いただくことも夢じゃない。
夢じゃない、と思う。
レオンは王太子になるまで、有力貴族の家を転々としていた。
今なら分かる。
あれはエサだったのだ。
甘言を吐いて取り入ろうとする貴族、人質に取ろうとする貴族……王家の弱点を手にして貴族はさまざまな策を弄したことだろう。
命の危険も1度や2度じゃなかったはずだ。
レオンはその危機を生き延び、隠れた反乱因子となりうる貴族の大粛正を経て、王太子となった。
私には分かる。
レオンは傷ついてる。
王族の弱点として、いつでも捨てられる存在として、幼少期を過ごした。
私が。
私が支えてあげなければ。
だから、私は驚愕した。
「……なんでアンタがそこにいるのよ……?」
虫が、レオンに虫がたかっている。
レオンの横には、異国の姫リシェル・リシェル・フェットチーネ。そしてその反対側に。
「アリシア……」
虫が、虫風情が。
生意気にも子爵夫人に収まろうとしていたから、ちょっと恥をかかせてやろうとしただけなのに。
私は舞踏会の日を思い出す。
虫に睡眠薬を盛って、ハダカにして控え室に放り込んでやった。
控え室は未使用の札を立てたままにしておいたから、誰かが控え室に入って、騒ぎになるなり噂になるなりすれば良い。
そのくらいの気持ちだった。
よりにもよって、まさかレオンが後から控え室に入って、そのままアリシアと一夜を共にするなんて。絶対に信じられない。
あんなに、醜く肥えた虫と? 麗しきレオン王太子殿下が? 私ではなく?
きっとお得意の人を陥れる策を使ったんだ。そうに違いない。
私は吐き気を堪えて頭を下げた。
リシェルと虫の他にも王太子レオンを中心にして、主立った大貴族が5,6人、半円の形に座っていた。
全員がまるで、私を責める目を向けていた。
「なんの、お呼び出しでしょう……? これは……」
私は慎重に言葉を選んだ。
これではまるで、私を断罪する場ではないか。
「看過できぬ申し出があったのでな。真偽を問いただしたい」
冷たい目でレオンは私を見た。
あってはならないことが、起きようとしていた。
これは、アリシアの恋の物語です。
アリシアはこの過去を一切覚えていませんが、恋の物語です。
だれがなんと言おうと、恋の物語です。
次回は、あの人が再登場して破壊の限りを尽くします。
多分、恋の物語です。




