011_怒られるのが分かっているときの絶望
「お招きいただき、光栄の至りでございます」
私のお辞儀に、フェルは無言の礼を返した。
どこか寂しげな顔だ。
あー、ヤバイわあ、怒ってるわあ、これ。
まあ、目下の地位の娘を婚約者にしてやったら、裸で王宮走り回ったとか王太子と同衾とかそんな噂立ってたら、しゃれになんないわよね。
わかるわー。
ぐすん。
ちなみに、本当なら私の父もご一緒に、というお誘いだったのだけれど、父は突然の仮病で欠席。
もういろいろと諦めてる風だった。
諦めついでに、私の代わりに最後通牒を突きつけてもらってきて欲しかったわあ……
「少し、歩きましょうか」
フェルはそう言って、私の返事も待たず歩き出した。
フェルの付き人はこの場で待機。二人きりで話したいということだろう。
私も侍女を待たせ、フェルの後ろ姿についていく。
綺麗に整った庭を歩く。
……無言がキッツイなあ……
いい加減、そんな風に思っていたとき。やっとフェルは重い口を開いた。
「……噂を、聞きました」
「……」
私は無言で答える。
今回はしっかりとフェルの出方を見極めてから、態度を決めないといけない。
噂を信じているのかどうか、そして信じた上での婚約破棄、賠償金の請求か、噂の段階でのそれか。
まあ、噂が立った時点で婚約者としてはキズもの。婚約破棄でも賠償金でも受け入れなきゃいけないが、噂を理由に請求する賠償金と本当にそうであると思って請求する賠償金では額が変わってくる。
ここで請求される金額次第で、我が家の没落が決まる。
なにがなんでも、本当は違うんだ、単なる噂なんだと思ってもらわなければならない。
フェルは振り返って私を見た。
私は目を伏せる。
さて……弁明した方が良いか、しらばっくれるべきか、ただただ泣くべきか……
噂を真実だと思っているなら弁明して覆さなきゃならない。半信半疑ならしらばっくれた方が粗が出ないだろう。単なる噂だと思ってくれているなら、泣いとけば良い。
さあ、どれでくる……?
フェルの言葉は、私のどの想定とも違った。
「アリシアさんは……大丈夫?」
……ん?
「辛くない?」
フェルの目は優しげで、表情は穏やかで。
……これは、なんて言うのが正解なんだろう?
「今は……味方してくれる人が、いるから……」
恐る恐る口を開いた私に、フェルは手を差し出した。
控えめに、私のお腹くらいの高さで、手のひらを上にして。まるで私の心をすくい上げるような、そんな手の形。
私は、思わずフェルの手の上に自分の手を置いた。
フェルの手が私の手をギュッと包んだ。
「あっ……」
私はまるで全身を抱きすくめられたように感じた。
「僕も、その一人ですよ」
ささやくような声。
……この人は、私のことをそんなに思ってくれている……?
「……私は……」
こんなこと、言うべきじゃない。黙っておけば良い。
でも、もう……。
「私はここに来るまで、婚約を破棄されると思っておりました」
「……」
「私は、それを……誤魔化すことしか、考えておりませんでした……」
私の目から、ぽとり、と涙がこぼれ落ちた。
「まさか、フェル様が私のことをそんな風に思ってくださるなんて……
私……」
フェルの手が、私の手をもう一度ギュッと握った。
「もちろんですよ。
それで……」
フェルが、私の顔を真っ直ぐにのぞき込んだ。
「どうして裸で走る状況になったんですか?
なにがあったんです? きっと、すごい事件があったんですよね!?」
……この人の目、輝いてない?
「……ただの噂だと、信じてくださっているわけでは……」
フェルは、心底楽しそうな笑みを浮かべた。
「根も葉もないものに、誤魔化すとは言いませんからね」
……うー……
「……あまりの話に、愛想を尽かすかも知れませんよ……?」
「そうならないと誓いましょう」
「……婚約者がこんなで、お恥ずかしいお気持ちにさせるかも……」
「あなたが婚約者で、誇らしくはあれ恥ずかしいことなんてあり得ませんよ」
フェルが答えるごとに、フェルの手が私の手を抱きすくめる。
私はため息をついた。
ここまで言われてしまっては、全てを打ち明けるしかないだろう。
「観念いたしましたわ。全てを打ち明けます。
……驚かないでくださいね?」
フェルは笑みを浮かべた。
「東屋に戻ってお茶にしましょう。
今日はたっぷりお話を聞かせてもらいますからね」
フェルは私の手を引いて、来た道を戻り始めた。
「……そうだ」
思い出したように、フェルがつぶやいた。
「王太子殿下との噂も本当ですか?」
ここまで来たら全部話す。その結果、婚約を破棄されるのなら甘んじて受けよう。
私はそんな気持ちになっていた。
きっとフェルなら無茶な賠償金の請求はしないだろう。
「想像されているのとは、違うかも知れませんが……」
……王太子とホントに……っちゃったのかは、よく分からない。
完全に記憶が無い。
クレアの見立てと、王太子の反応から、なかったんじゃないかな~とは思うけど……
フェルはそんな私を許さないだろうか? 一部の貴族は奔放な考えをしてるって聞いたことがあるけど……
「……それだけは……」
フェルの声は風に紛れた。
「なんでしょう? ……フェル様?」
「いえ、なんでもありません」
フェルは優しい笑顔を見せた。
少しだけ、寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか。
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「……半年間の、婚姻の延期と禁酒、だって……」
自分の屋敷に戻るなり、ぽつりとこぼした私の一言に、リシェルはびっくりと笑いのちょうど中間の表情をした。
「……普通そんなくらいで済むものかしら?
不貞をおかした婚約者相手に……」
「不貞なんてしてないもん……」
リシェルは応接室のソファから立ち上がると、私の目の前に来て、じっと私を見つめた。
「……多分」
目を逸らしながらの私の一言に、リシェルはやっと笑顔を見せた。
「うふふ。良かったわ。それくらいで済んで!
怒ってなかったのかしら?」
私はフェルの表情を思い出そうとした。
「最初は面白がって聞いてたみたいだけど……
途中から叱られた」
婚約者と言っても、年齢は一回り以上フェルの方が上だ。
心外だが、子ども扱いされているのかも知れない。
リシェルは、愛されているのねとつぶやき、納得したようにうなづいた。そして質問を重ねる。
「半年の延期は妊娠の確認なのは分かりますが……
あとは、禁酒……? セレーナに一服盛られたって話はしなかったのかしら?」
「言ったんだけど……
憶測で口にして良いことではないって」
「……まあ、たしかに……」
リシェルはイタズラがバレた子どものような表情をした。
……私もフェルにたしなめられたとき同じ表情をしていたのかも。
「じゃあ、どうします?
あの話……やめます?」
ちょっと不安そうに、リシェルは聞いた。
上目遣いが可愛らしい。
「冗談! 憶測がダメなら、証拠を見つければ良いのよ!」
私はこぶしを握りしめた。
これは、アリシアの恋の物語です。
婚約者からちょっと甘やかされ過ぎな気もしますが、恋の物語です。
だれがなんと言おうと、恋の物語です。
次回は、アリシアが探偵デビューします。
多分、恋の物語です。




