010_正統派の光は強すぎる
翌朝。
私の館を訪れたのは、意外な人物だった。
それは、一度だけ、お茶会で顔を合せた人物……
「……えと、なんのご用ですか……?
……ミッシェル……さん?」
「うふふ……リシェルでございますわ。アリシア様」
やべ。
私の覚え間違いに嫌な顔ひとつせず、リシェル・フェットチーネは笑った。
温かみのある桃色の髪が揺れた。
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「改めまして。わたくし、リシェル・フェットチーネと申します。
本日は突然の訪問にも関わらず、尊いお時間を割いていただき、とても恐縮ですわ」
とりあえず通した応接室の中で、リシェルは品の良いお辞儀をした。
「ああ……うん。どうも」
寝ぼけまなこの私は、なんとも言えない返事を返してしまった。
……昨日は、全然眠れなかったのだ。
「うふふ……失礼ですが、その……御髪が……ふふ……」
「ああ、うん……ちょっと今、人手不足で……」
私は寝癖のついた髪を手でとかした。
元気な髪は、手を放すとすぐに天を目指した。
クレアがいれば、なあ………
「こちらへどうぞ。アリシア様」
「え……ちょっと……」
リシェルは私をイスに座らせると、ポシェットから小さなブラシを取り出した。
そして嫌がる顔ひとつ見せず、私の髪を丁寧にとかし始めた。
「そんな……わるいわ」
「気にしないの、ね?」
事も無げに言って、リシェルは私の髪をなでた。
「うふふ……サラサラで、綺麗な髪……」
ぽつりとささやいた言葉に、私の頬が赤くなる。
「その、あなたのふわふわの髪の方が……あの、素敵よ」
「まあ、ありがと!
じゃあ、二人とも素敵ね?」
リシェルは上機嫌に私の髪をいじっている。
……変わった娘だ。
貴族のお茶会に参加しているくらいだから、平民って事は無いと思うが………
フェットチーネ家なんて聞いたこともない。
言葉遣いもあまり貴族っぽくないし……
この家に来るまでの護衛はいたみたいだけど、家の中では従者も付けていない。
自分で荷物を持ち歩くなんて……と言っても、あの小さなポシェットでは、このブラシとあとは手鏡くらいしか入ってなさそうだけど。
「ええと、ね……申し訳ございません。不勉強で……
フェットチーネ家の爵位などは……?」
私の髪で編み込みを始めた彼女に、おずおずと聞いてみた。
……怒り出しませんように……
「わたくし、別の国から来てますのよ? この国の爵位はありませんの」
あ、そういう……
おそらく、他国の貴族令嬢かなんかが、留学に来たのだろう。
盛んというほどではないが、貴族社交界の中でも他国との交流は存在している。
「うふふ、ですからわたくし、平民みたいなものね?」
いや、それは違うでしょ。たしかに、他国の爵位がそのまま通じるわけではないけど……
「で、その……リシェル様はこちらに何用で……?」
まさか、私の寝癖を直しに来たわけではないだろう。
「アリシア様を助けに参りましたのよ?」
え?
「動いちゃダメ、です」
思わず振り返った私の頭を、リシェルは抑えた。
「わたくし、何度かパーティであなたをお見かけしたの。
とても驚きましたわ……同じ貴族であんなにひどいこと……」
同じ貴族、といっても、男爵家の三女だからなあ……
爵位によっては、ほとんど平民と変わらないと感じているところもありそうだ。
「出来ましたわ♪」
リシェルが私の肩を叩いた。
ポシェットから小さな手鏡を出して、私に握らせた。
「あ、かわい……」
思わず声が漏れた。
頭の横から編み込まれた三つ編みが、首の後ろでまとめられてお団子になっている。
……私じゃなければ、もっと……なんて考えてしまうのは、きっと今、心が弱っているんだろうな。
「ありがと。リシェル様……
でもごめんなさい。今日のお茶会までには、ほどかなきゃ……」
リシェルが整えてくれたこの髪を、他の貴族になじられたくなかった。
「うふふ。なにも心配することないわ?
……キャンセルしときましたもの」
え?
「うふふ」
私のリアクションに、リシェルは嬉しそうに笑いをこぼした。
「今日のお茶会だけではございませんから。
夜会も懇親会も……とりあえず今入ってるパーティの予定は、全部、ぜんぶ、キャンセルしましたのよ?」
リシェルは私の両肩に手を置いた。
「アリシア様は少しお休みになるべきよ。
聞くところによると連日パーティに参加しているようで……
いけませんわ! 辛いことを無理に続けるなんて……」
「……ちょっと!? 何を勝手に……!?
目下の立場で誘いを断るなんて……!」
休みたいのは! やまやまなんだけども!
お茶会だろうが舞踏会だろうが夜会だろうが、あんなとこ、もう行きたくもないんだけども!
「大丈夫ですわ! ちゃんと、向こうの都合で取り下げる形にしてありますのよ?」
え……
……そんなん出来るのって、どんな圧力のかけ方よ? 権力ヤバない?
「うふふ。ちょっと、知り合いの方にすごい方がいるので……ね?」
ドン引きの私に、取り繕うようにリシェルは笑った。
それって……
「昨日の夜会にも、無理を言ってお呼びしたの。
……あんなに、お怒りになるとは、思わなかったケド……」
やっべ。
「大変、失礼いたしました!」
まさか王家につながりのある他国の貴族……へたすると王族?……に髪を結ってもらうなんて!
「いいの、いいのよ? 昔から、姉に散々やらされてたんだから」
それ、全然、違う。
「いや、しかし……リシェル様……」
「リシェルだけで良いの。
私もアリシアって呼ぶから……ね?」
むちゃくちゃ言いやがる。
「私、あなたのファン……なの。
何を言われても、何をされても、あなたは礼儀を守り、気品を失わなかった……ね?」
心の中でめっちゃ悪態ついてたけどな。
「昨日は、その……泣いてしまったケド……」
リシェルの言葉に、私の顔が熱くなる。
ええい! 一国の王太子をレオン呼びしたんだ、もう怖いもんないわ!
「じゃあ、その……リシェル……」
「はい……アリシア!」
嬉しそうにリシェルは顔を輝かせた。
そして、私のすぐ隣に座った。
「さあ、アリシア! 作戦を練りましょう?」
「……え? なんの……?」
私の間の抜けた返事に、リシェルは私の手を取って答えた。
「もちろん! アリシアの名誉を回復する作戦、ね!」
リシェルは優しそうな笑みを浮かべた。
正義感? とか、そういうのだろうか?
目には芯の強い光が宿っているように感じた。眩しい。
「さ、何が起こったか、わたくしに教えて? 全部、ね?」
「え、えぇと……」
私は気圧されるように視線を逸らした。
……そんなに、まっすぐ向かってくると、どうにも腰が引けてしまう。
「いいのよ? わたくし、アリシアの味方なんだから」
応接室の扉がノックがされたのは、その時だった。
「ちょっと……ちょっと待ってね、リシェル」
扉の向こうには、侍女……クレアの代打で私に付いている侍女がいた。
「ご歓談中に失礼いたします」
侍女は頭を下げてから、私に耳打ちした。
「大至急、お茶会に来ていただきたいと連絡がありまして……」
あまりのタイミングに、私は鼻で笑ってしまった。
大至急なんて言って……遅かったわね。
イヤイヤ社交界に出ずっぱりだった私とは、昨日でおさらばなのよ!
私にはもう、サボり全肯定のつよ~い味方がいるのだ!
「お茶会か~……お誘いいただいてもなあ~……
しばらく休みたいっていうか……ね! リシェル!」
「どなたからのお誘い、でございますか?」
リシェルの問いに、侍女は私の顔をうかがった。リシェルに聞かれてしまっても良いか? と聞いているのだ。
私は力強くうなづいた。
リシェルの方から断ってもらわないと、だし!
私の余裕の笑みは、侍女の言葉で消えた。
「お嬢様のご婚約者……フェルナン・ブランチュール子爵からのお誘いです」
……えーと……
「キャンセル……する……?」
私のすがるような目に、リシェルは困ったような笑顔を浮かべた。
「そればかりは……
ちゃんと話し合うべきかと……」
マジか。私は頭を抱えた。
来たるべき時が来たのだ。そう思った。
これは、アリシアの恋の物語です。
なんだかVIPにやたら評判が良いですが、恋の物語です。
だれがなんと言おうと、恋の物語です。
次回は、フェルがアリシアに詰め寄ります。
多分、恋の物語です。




