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010_正統派の光は強すぎる

 翌朝。

 私の館を訪れたのは、意外な人物だった。


 それは、一度だけ、お茶会で顔を合せた人物……


「……えと、なんのご用ですか……?

 ……ミッシェル……さん?」


「うふふ……リシェルでございますわ。アリシア様」


 やべ。


 私の覚え間違いに嫌な顔ひとつせず、リシェル・フェットチーネは笑った。

 温かみのある桃色の髪が揺れた。


********


「改めまして。わたくし、リシェル・フェットチーネと申します。

 本日は突然の訪問にも関わらず、尊いお時間を割いていただき、とても恐縮ですわ」


 とりあえず通した応接室の中で、リシェルは品の良いお辞儀をした。


「ああ……うん。どうも」


 寝ぼけまなこの私は、なんとも言えない返事を返してしまった。

 ……昨日は、全然眠れなかったのだ。


「うふふ……失礼ですが、その……御髪が……ふふ……」


「ああ、うん……ちょっと今、人手不足で……」


 私は寝癖のついた髪を手でとかした。

 元気な髪は、手を放すとすぐに天を目指した。


 クレアがいれば、なあ………


「こちらへどうぞ。アリシア様」


「え……ちょっと……」


 リシェルは私をイスに座らせると、ポシェットから小さなブラシを取り出した。

 そして嫌がる顔ひとつ見せず、私の髪を丁寧にとかし始めた。


「そんな……わるいわ」


「気にしないの、ね?」


 事も無げに言って、リシェルは私の髪をなでた。


「うふふ……サラサラで、綺麗な髪……」


 ぽつりとささやいた言葉に、私の頬が赤くなる。


「その、あなたのふわふわの髪の方が……あの、素敵よ」


「まあ、ありがと!

 じゃあ、二人とも素敵ね?」


 リシェルは上機嫌に私の髪をいじっている。


 ……変わった娘だ。

 貴族のお茶会に参加しているくらいだから、平民って事は無いと思うが………

 フェットチーネ家なんて聞いたこともない。

 言葉遣いもあまり貴族っぽくないし……


 この家に来るまでの護衛はいたみたいだけど、家の中では従者も付けていない。

 自分で荷物を持ち歩くなんて……と言っても、あの小さなポシェットでは、このブラシとあとは手鏡くらいしか入ってなさそうだけど。


「ええと、ね……申し訳ございません。不勉強で……

 フェットチーネ家の爵位などは……?」


 私の髪で編み込みを始めた彼女に、おずおずと聞いてみた。

 ……怒り出しませんように……


「わたくし、別の国から来てますのよ? この国の爵位はありませんの」


 あ、そういう……


 おそらく、他国の貴族令嬢かなんかが、留学に来たのだろう。

 盛んというほどではないが、貴族社交界の中でも他国との交流は存在している。


「うふふ、ですからわたくし、平民みたいなものね?」


 いや、それは違うでしょ。たしかに、他国の爵位がそのまま通じるわけではないけど……


「で、その……リシェル様はこちらに何用で……?」


 まさか、私の寝癖を直しに来たわけではないだろう。


「アリシア様を助けに参りましたのよ?」


 え?


「動いちゃダメ、です」


 思わず振り返った私の頭を、リシェルは抑えた。


「わたくし、何度かパーティであなたをお見かけしたの。

 とても驚きましたわ……同じ貴族であんなにひどいこと……」


 同じ貴族、といっても、男爵家の三女だからなあ……

 爵位によっては、ほとんど平民と変わらないと感じているところもありそうだ。


「出来ましたわ♪」


 リシェルが私の肩を叩いた。

 ポシェットから小さな手鏡を出して、私に握らせた。


「あ、かわい……」


 思わず声が漏れた。

 頭の横から編み込まれた三つ編みが、首の後ろでまとめられてお団子になっている。


 ……私じゃなければ、もっと……なんて考えてしまうのは、きっと今、心が弱っているんだろうな。


「ありがと。リシェル様……

 でもごめんなさい。今日のお茶会までには、ほどかなきゃ……」


 リシェルが整えてくれたこの髪を、他の貴族になじられたくなかった。


「うふふ。なにも心配することないわ?


 ……キャンセルしときましたもの」


 え?


「うふふ」


 私のリアクションに、リシェルは嬉しそうに笑いをこぼした。


「今日のお茶会だけではございませんから。

 夜会も懇親会も……とりあえず今入ってるパーティの予定は、全部、ぜんぶ、キャンセルしましたのよ?」


 リシェルは私の両肩に手を置いた。


「アリシア様は少しお休みになるべきよ。

 聞くところによると連日パーティに参加しているようで……

 いけませんわ! 辛いことを無理に続けるなんて……」


「……ちょっと!? 何を勝手に……!?

 目下の立場で誘いを断るなんて……!」


 休みたいのは! やまやまなんだけども!

 お茶会だろうが舞踏会だろうが夜会だろうが、あんなとこ、もう行きたくもないんだけども!


「大丈夫ですわ! ちゃんと、向こうの都合で取り下げる形にしてありますのよ?」


 え……


 ……そんなん出来るのって、どんな圧力のかけ方よ? 権力ヤバない?


「うふふ。ちょっと、知り合いの方にすごい方がいるので……ね?」


 ドン引きの私に、取り繕うようにリシェルは笑った。


 それって……


「昨日の夜会にも、無理を言ってお呼びしたの。

 ……あんなに、お怒りになるとは、思わなかったケド……」


 やっべ。


「大変、失礼いたしました!」


 まさか王家につながりのある他国の貴族……へたすると王族?……に髪を結ってもらうなんて!


「いいの、いいのよ? 昔から、姉に散々やらされてたんだから」


 それ、全然、違う。


「いや、しかし……リシェル様……」


「リシェルだけで良いの。

 私もアリシアって呼ぶから……ね?」


 むちゃくちゃ言いやがる。


「私、あなたのファン……なの。

 何を言われても、何をされても、あなたは礼儀を守り、気品を失わなかった……ね?」


 心の中でめっちゃ悪態ついてたけどな。


「昨日は、その……泣いてしまったケド……」


 リシェルの言葉に、私の顔が熱くなる。


 ええい! 一国の王太子をレオン呼びしたんだ、もう怖いもんないわ!


「じゃあ、その……リシェル……」


「はい……アリシア!」


 嬉しそうにリシェルは顔を輝かせた。

 そして、私のすぐ隣に座った。


「さあ、アリシア! 作戦を練りましょう?」


「……え? なんの……?」


 私の間の抜けた返事に、リシェルは私の手を取って答えた。


「もちろん! アリシアの名誉を回復する作戦、ね!」


 リシェルは優しそうな笑みを浮かべた。

 正義感? とか、そういうのだろうか?

 目には芯の強い光が宿っているように感じた。眩しい。


「さ、何が起こったか、わたくしに教えて? 全部、ね?」


「え、えぇと……」


 私は気圧されるように視線を逸らした。

 ……そんなに、まっすぐ向かってくると、どうにも腰が引けてしまう。


「いいのよ? わたくし、アリシアの味方なんだから」


 応接室の扉がノックがされたのは、その時だった。


「ちょっと……ちょっと待ってね、リシェル」


 扉の向こうには、侍女……クレアの代打で私に付いている侍女がいた。


「ご歓談中に失礼いたします」


 侍女は頭を下げてから、私に耳打ちした。


「大至急、お茶会に来ていただきたいと連絡がありまして……」


 あまりのタイミングに、私は鼻で笑ってしまった。


 大至急なんて言って……遅かったわね。

 イヤイヤ社交界に出ずっぱりだった私とは、昨日でおさらばなのよ!

 私にはもう、サボり全肯定のつよ~い味方がいるのだ!

 

「お茶会か~……お誘いいただいてもなあ~……

 しばらく休みたいっていうか……ね! リシェル!」


「どなたからのお誘い、でございますか?」


 リシェルの問いに、侍女は私の顔をうかがった。リシェルに聞かれてしまっても良いか? と聞いているのだ。

 私は力強くうなづいた。


 リシェルの方から断ってもらわないと、だし!


 私の余裕の笑みは、侍女の言葉で消えた。


「お嬢様のご婚約者……フェルナン・ブランチュール子爵からのお誘いです」


 ……えーと……


「キャンセル……する……?」


 私のすがるような目に、リシェルは困ったような笑顔を浮かべた。


「そればかりは……

 ちゃんと話し合うべきかと……」


 マジか。私は頭を抱えた。

 来たるべき時が来たのだ。そう思った。




これは、アリシアの恋の物語です。

なんだかVIPにやたら評判が良いですが、恋の物語です。

だれがなんと言おうと、恋の物語です。


次回は、フェルがアリシアに詰め寄ります。


多分、恋の物語です。

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