④
絶対に何かがおかしい。上手く言えないけど、何かがおかしいことだけは分かる。
ベッドの上でごろごろ転がりながら、スマホを見つめる。表示されているのはメッセージアプリのトーク画面だ。
家に帰ってしばらくしたら、檜山から『今日はありがとう』と送られてきた。思い返してみても、お礼を言われるようなことをした覚えはない。ただ嘘にまみれたデートをして、ゲーセンでぬいぐるみを取ってもらって、カラオケで少し歌っただけだ。そう、カラオケで……。
「……」
顔が熱くなる。全然ドキドキなんかしてないけど。ときめいてなんかないけど。
仕返しの趣旨を考えれば、むしろ俺から手を繋いだり、なんなら腕を組んで歩いたりするのが効果的だったはずだ。でもできなかった。あの瞬間は仕返しのことなど頭から抜け落ちていた。
檜山の態度は何と言うか……誠実、と言っても遜色ないように感じる。罰ゲームの嘘告で人を笑いものにしているとは思えない。それとも、それすら感じさせないくらい演技が上手いのか?
「うー……わからん……」
檜山はどうして俺を振らないんだろう。どうして俺に優しいんだろう。
……もしも。もしも、嘘告なんかじゃなくて、檜山が本当に俺のことを好きだとしたら……。
「いやいや、ありえねーだろ」
俺たちには元々接点がなかった。俺は一目惚れされるような外見でもないし、飛び抜けた能力もない。でも、そうなると思い当たる理由が見つからない。考えすぎて知恵熱が出そうだ。
……なんてことを思っていたら、翌日本当に熱が出た。こんなことで学校を休むだなんて……絶対に檜山のせいだ。悔しい。
午前中は寝て過ごし、昼頃に目が覚めたら熱が下がっていた。時刻の確認がてらにスマホを見てみれば、通知が一件。
『大丈夫か?』
檜山からのメッセージが届いていた。送信時間は一限目の授業中だった。
『寝たら楽になった。つーか授業ちゃんと聞けよ』
返信したそばから既読がついた。今は昼休みだから、飯を食べながらスマホを弄っていたのだろう。
『聞いてる。今度ノート貸す』
それはありがたい申し出だ。檜山はアホの陽キャたちの中では一際成績がいいから、きっとノートもきれいにまとめているはずだ。
返信を打つ前に次のメッセージが届く。
『心配してた。早く良くなるといいな』
……やっぱり優しい……よな。胸の奥がむず痒くなる。
『ありがとう』
迷いに迷って、それだけ送った。するとまたすぐに返信が来た。
『早く桐谷に会いたい』
「……!」
熱が上がったような気がした。
翌日にはすっかり元気になっていた。教室に入るとすぐに檜山が声をかけてきた。
「おはよう。これ、昨日のノート」
「あ……ありがとう。助かる」
この前の放課後のことやメッセージのやり取りを思い出し、どこか気恥ずかしい。ろくに目も合わせられないまま自席へ戻った。
檜山のノートは分かりやすかった。意外と字も綺麗で、写させてもらっただけで自分の頭まで良くなったような気がする。
昼休みにはいつものように屋上で過ごした。なんと檜山は俺の分の弁当を作ってきていた。
「いつももらいっぱなしじゃ悪いだろ。味は保証できないけど」
檜山が用意してくれたのは爆弾みたいにでかいおにぎりが二つ。梅干しと焼鮭の切身がはみ出している。
強く握りすぎたのか、米同士がくっついて塊になっているおにぎりは美味しいとは言えなかったけれど、残すという選択肢はなかった。胃袋以上に胸がいっぱいになるのを感じた。俺の弁当を食べた檜山もこんな気持ちになったんだろうか……なってくれたんだろうか。
「なんか檜山って……思ってたのとイメージ違うかも」
「そうか?」
「だって最初は全然喋らなかったし、もっとぶっきらぼうな感じなのかなって」
「ああ……あれは緊張してたからだ」
緊張? 俺相手にそんな要素あるだろうか。隣に座る檜山に視線を向ければ、その頬はうっすらと赤くなっていた。
「誰かと付き合うのが初めてだったんだ。だから、どう接していいのか分からなかった」
「え……初めて? モテるのに?」
「ああ、だから桐谷にオーケーしてもらえて嬉しかった」
檜山は照れくさそうに頭を掻いて、俺に向き直った。
「明日もまた弁当作ってみる。食べてもらえたら嬉しい」
「……うん」
「もっと桐谷みたいに料理が上手くなれればいいんだけどな」
「いや、俺のは……」
あれは俺の実力ではない。俺はゆで卵しか作れないのだ。もちろん、分かった上で嫌味を言っているようにも見えない。
このまま嘘をつき続けていいのだろうか。心の奥底でもやもやした感情が渦巻いている。本当は檜山のことなんか好きじゃない、俺は騙されてなんかいない……そう言ってしまえば、この関係は終わる。終わらせることが目的だったはずだ。でも今は……よく分からなくなっていた。