②
「檜山、これ弁当」
昼休み、二人きりの屋上で弁当箱を取り出すと檜山は目を丸くした。
「……桐谷が作ったのか?」
「うん。初めて作ったからあんまり自信はないんだけど……」
今朝はこのために三十分早起きをした。そして檜山を昼飯に誘い、教室から連れ出したのだ。
廊下に出る時、陽キャたちがニヤニヤしながら俺たちを見ていた。怒りが沸々と蘇るのを感じながら、俺は努めて明るい声を出した。
「檜山っていつも購買のパンばっかりだから、栄養が偏ってるんじゃないか心配だったんだよ。ほら、好きな人にはいつも元気でいてほしいし」
これは当然のことながら檜山の健康に配慮したのではなく、仕返しのためだ。罰ゲームで嫌々付き合っている男の手作り弁当なんて迷惑に決まっている。
檜山は何度か手を出しかけて引っ込めて、を繰り返し、躊躇いがちに弁当箱を受け取った。どれだけ嫌なんだよ。
そっと蓋を開くと、切れ長の瞳が更に見開かれた。
「料理得意なんだな」
「あー……そんなでもないけど」
弁当箱の一段目はご飯をぎっしり詰めた。二段目はおかずで、中身は唐揚げ、卵焼き、一口サイズのハンバーグ、ミニトマト。一見彩り豊かだがほぼ冷凍食品である。俺がやったことといえばおかずをレンジで温めたこととミニトマトのヘタを取ったことくらいだ。
「とりあえず食ってみてよ」
「ああ……」
檜山は震える手で唐揚げを形の良い唇に運んだ。そんなに警戒しなくても、変なものは入っていない。
「……うまい」
「そっか、良かった」
「すごいな、桐谷」
「べ、別にすごくないよ」
ほんの僅かに檜山の口角が上がり、居心地が悪くなってつい俯いた。すごいのは俺ではなく冷凍食品メーカーの人たちだ。企業努力に感謝しつつ、お茶を一口飲む。なぜか喉がからからに渇いていた。
檜山はやけに時間をかけて弁当を食べ進めていった。一口食べては手が止まり、ゆっくりゆっくり咀嚼している。嫌だったら無理に食べなくてもいいのに、妙に律儀な奴だ。
「苦手なものでもあった?」
「いや、食べ物の好き嫌いはない」
「ふーん……」
結局檜山は弁当を完食した。しかしそれきり気まずい沈黙が続く。昼休みが終わるまであと十分、喋らずに過ごすには長すぎる。
「じゃあ食べ物以外で檜山の好きなものは?」
正直なところ檜山のことなど深く知りたいわけではないけれど、時間稼ぎのために適当な話題を振った。すると檜山は俺をちらちらと三度見くらいして、おもむろに口を開いた。
「俺は……桐谷の好きなものを、好きになりたい」
「……え?」
会話のキャッチボールをしようとしたら暴投が返ってきた。どういう意味だ?
「好きなもの教えてくれ。桐谷のこと、まだよく知らないから」
確かに俺たちは今まで挨拶すらろくに交わしたこともなかった。罰ゲームの恋人関係なんてすぐ終わるだろうに、俺のことを知ろうとするだなんてよく分からない奴だ。せめて共通点のひとつくらいは探そうということか。
「好きなものっていうか、暇な時は音楽聴いたり、ゲームやったり……まあ普通だよ」
「音楽……」
檜山はぽつりと呟き、そのまま黙ってしまった。なんだよ、会話広げるつもりじゃなかったのかよ。俺もコミュニケーション能力に自信がある方ではないが、こいつも大概だ。
その後すぐ予鈴が鳴り、変な空気のまま教室へ戻った。二人揃って教室に入った俺たちを陽キャたちが可笑しそうに眺めていて、再びムカついた。
翌日も檜山を昼飯に誘った。今日の弁当はきんぴらごぼうとベーコン入りポテトサラダ。近所のスーパーの惣菜を詰め替えただけだ。今日も今日とて企業努力に感謝である。
その次の日も、そのまた次の日も檜山との弁当タイムは続いた。逆に言えばそれくらいしかなかった。
よほど食が進まないのか、檜山は毎日かなりの時間をかけて弁当を食べる。そして今日もまた昼休みの大半を弁当に費やし、食後は沈黙が訪れる。何なんだろう、この時間。一般的な恋人はこんな感じではないと思う。それにこれだけでは仕返しができない。
恋愛経験のない頭で必死に恋人っぽいことを考え、ふと閃いた。
「デートでもする?」
「え」
「付き合い始めたんだし、どこか行こうよ。俺、檜山と二人で出かけたい」
俺とデートだなんて黒歴史待ったなしだろう。自分で言っていて悲しくなりそうだけど。
檜山はしばし言葉に詰まり、昼休みもいよいよ終わるという頃にようやく「行く」と返した。
「いつがいい? 俺はいつでもいいよ」
「じゃあ、今日の放課後は」
「え、今日? まあいいけど」
随分急だな。そうか、さっさと初デートを済ませて帰り際にでも別れを告げようという魂胆か。もしかしたら初デートをするまでが罰ゲームに含まれているのかもしれない。早くネタばらししちゃえばいいのにな。