第8話 ♡
アスタリアは思い出す。山賊を倒すのは自分自身の挑戦だ。でも、小さな町の人たちやアンナを助けたいなら、この場所から山賊を一掃しないといけない。
権力も勢力もない自分にとって、まずは、この地元の役人に相談するのが一番だ。早く解決できれば、カイスと一緒に旅立てるはず。
アスタリアは少し真剣な顔でカイスに言う。
「この場所を山賊がいなくなるようにしないと、私はここを離れられない。」
「じゃあ、それは僕と仲間に任せてくれない?」
カイスが微笑みながら言う。そして、そのまま続ける。
「今、山賊の対応にあたっているのはレナールだ。彼はフラマリス国の役人で、必要な処置を進めている。捕まえた山賊は、国に送られて拘留されることになる。」
レナールは、カイスと一緒に馬車から降りてきた人物で、濃い茶色の髪に黒い服をまとい、腰には剣を帯びている。
先ほどアスタリアが戦闘を離れてカイスと話している間、彼は静かにその役割を引き継いでいた。
もしアスタリアが双大剣を振るいながら重撃で敵を薙ぎ倒していく戦士タイプなら、レナールは手術刀のような精密な動きで相手を制するタイプだ。
意識の残る山賊に素早く近づき、関節を極めて武器を落とさせ、別の相手には肩を反らせて動きを封じる。流れるようにスムーズで、剣を抜かずに山賊たちを制圧された。
耳元で何か囁くと、山賊はしゅんとした様子で黙り込み、レナールは縄を取り出して拘束を完了させた。
特殊な訓練の跡が、その身の動きに滲んでいた。
「そうなんだ……」
「僕と仲間はもともと山賊を退治するために来ている。事前にフラマリス国境の役人とこの地の役人とで話は通してあるから、問題はない。しかも、今回の山賊はエスダロス国の人だ。」
「エスダロス国の人?」
「うん。だから、対処がしやすくなった。」
この世界の地図を広げると、最も南西の隅に広がっているのが、広大な国土とまばらな人口を抱える国――エスダロスだ。
エスダロス国の北部は比較的湿潤で、農業に適した土地が広がっており、人口の多くがこの一帯に集まっている。一方で、南部は気候がやや暑く乾燥していて、農業はなかなか広がらず、大きな町は少なく、小さな集落が点々と散らばっている。
そのエスダロス国東側にあるのが、長い海岸線を持つイタルーチェ国。エスダロス国漁業、農業、宗教、手工業――どれもがよく発達しており、陽光と信仰に彩られた、宗教色の強い国だ。
エスダロス国から北東に視線を向けると、そこにはフラマリス国が広がっている。海を挟んでイタルーチェ国と向かい合うこの国は、どこか似た雰囲気を持ちながらも、宗教色はそれほど濃くない。漁業や手工業、農業が盛んで、気候は穏やかで湿潤な土地だ。
アスタリアにとって、もしイタルーチェ国の王子が戦争を仕掛けたら、西に隣接するエスダロス国が最も攻撃されやすい国になるだろう。
また、イタルーチェ国がフラマリス国を攻める場合、陸路で向かうにはこの道しかなく、あるいは海路を利用するか、第三の選択肢としてエスダロス国を経由するという手もある。
その場合、エスダロス国の一部地域を先に抑える必要があるんだ。
ゲームでは語られなかったが、この世界に来てからアスタリアはその可能性についても考えていた。
一方、カイスとレナールにとって、隣国エスダロス国は、国王こそ隣国に友好的で征服の野心なんて持っていないように見えるものの、国内、治安や民間の状況は不安定なままだった。
「それでは、よろしくお願いします。」
「これが僕と仲間の本来の仕事です。」
「アスタリアさんは近隣の住民のために、山賊を解決しに来たんだよね?」
「私はイタルーチェの人だし。」
「でも、フラ…あ、エスダロス国の人々のためなら!私も手伝う!」
アスタリアは少し気恥ずかしくなった。「イタルーチェ国の人だから」と口にしたものの、それでは他国を助けないようにも聞こえることにすぐ気づき、ちょっと慌てて何かを付け加えようとする。
……が、フラマリス国のことまで自分が助けるとは、カイスの前でそんな話をするなんて、かえってますます気恥ずかしくなる気がしてしまう。
結局、口をついて出たのは、エスダロス国の話だった。
カイスはまるで察していたかのように笑みを浮かべて、柔らかく言った。
「アスタリアと出会えて、本当に良かった。」
アスタリアは山賊問題が無事解決し、魔法の情報を得られる期待に目を輝かせた。「ラッキーだな!」と思い、自然と笑みを零しながら考える間もなく、言葉が口をついて出た。
「私も嬉しいです。」
その後、アスタリアは自分の短剣と金属線を拾いに行った。
一方カイスは護衛たちと詳細な打ち合わせをしていた。
カイスは馬車にいた護衛をこの地に残し、山賊の処理を任せることに決めたようだ。護衛や御者には多少の異論があったが、カイスの揺るぎない眼差しに引き下がった。
アスタリアは静かに考えている。
もしかして私への警戒がある……?この件は私自身でなんとかするべき。
彼らは貴族や役人としての仕事のために来たのだ。山賊の問題をきっとしっかりと処理してくれるだろう。もう自分が心配する必要はないようだ。
彼らの行動や服装から、カイスは明らかに保護対象で、しかも珍しい魔法を持っている。
それに、さっき護衛の一人が山賊を素早く制圧した動きを見ても、彼らの戦闘技術が並外れていることがうかがえる。
治癒能力を通じてイタルーチェ貴族と繋がりがあるが、今まで魔法の話は一度も耳にしたことがない。
カイスの素性は普通ではないのかもしれない。
もしかすると、他国には魔法を使える人がいて、意図的に隠されてる……?
その時、国境から馬に乗った3人の女性がやってきて、この場で足を止めた。
装いを見るに、騎士のようだ。
レナールが駆け寄って挨拶を交わしている。
カイスがこちらに歩いてきて、話しかけた。
「フラマリスからの支援が到着したよ。今到着したのはフラマリス国の地方治安官たち。彼らは、僕とレナールが前もってお願いしていた人たちなんだ。 これからレナールはこの辺に残り、山賊の後始末を続けてくれることになっている。
それに、僕の隣にいるのはアレッサンドロ。彼は護衛をしながら、兼ねて馬車の運転もしている。」
そして、カイスは続けて言った。
「アスタリアさんが出発したい時に、僕とレナールはいつでも出発できるよ。もし山賊の後処理を見たいなら、ここに留まることも構わない。」
「あなたが出発するなら、私も一緒に行きます。」
(馬車の中で魔法のことを聞きたい!)
その時、御者兼護衛を務めるアレッサンドロは悩みを抱え、様々な思いが絶え間なく頭を巡っている――
彼女はまだ若い。しかし、フラマリス国の剣士にも引けを取らない実力を持っている。平民でありながら、優れた訓練を受けているのであれば、国に仕えているはずだ。
だが、山賊を処理するやり方は公式任務のようには見えず、フラマリス国の王都に向かうのは、何か隠している目的があるのだろうか?
彼女の戦闘スタイルは一風変わっていて、とても速い。もし正面から戦うことになったら、私はおそらく対抗できないだろう。
とはいえ、カイス王子は稀有な強力な魔法と優れた剣術を持っている……
それに、カイス王子があんなふうに振る舞うなんて……ちょっと面白い光景だ。
あえて平民のような言葉を使い、優しい口調で話している。
カイス王子のこういう姿は、初めて見たぞ。
相手もなんだか嬉しそうだ。
カイス王子、見た目がすごくいいし、アスタリアが好意を抱くのも納得できる。
でもカイス王子側は違う。第一王子ルカスと第二王子カイスは、いまだに婚約者がいなく、そういうことに全く興味がない。
明らかに超イケメンで能力も抜群、女子にモテるのに。
ずっと不思議だったが、今のカイス王子はなんだか様子が違うようだ。
とにかく、彼女は両刃の剣だ。
できれば味方に引き入れたい。さもないと脅威になるかもしれない。
ここからフラマリス国の王都までは十数日かかる。
彼女に近づくのが最善の対処法だ。
そういえば、アスタリアって名前、どこかで聞いたような……?