第4話 ⚔
灰服の盗賊と細目の男は驚愕する。こんな状況は初めてだ。
二人はさっさと戦利品の中から金目の物を集め、その場を立ち去ろうとする。
だが、次の瞬間、二人はすぐに足を引っかけられ、地面に叩きつけられる。
「わあっ!」と「うおっ!」、二人の声が同時に響く。
二人が手にしていた物も、転倒の衝撃で勢いよく弾き飛ばされた。慌てて振り返ると、壁の隙間に一本の短剣が突き刺さっているのが目に映った。
その柄の細い溝に嵌め込んだ金属線は、反対側の壁に突き刺さったもう一本の短剣にピンと張られ、蔦のように絡み合いながら壁の裏へと続く。そして、アスタリアの立つ地点まで延々と伸びている。
「こ、これは……いつ仕掛けたんだ?」
アスタリアは壁から飛び降り、二人が落とした荷物を拾い上げ、軽く嘘をつく。
「君たちがここに来る直前に。」
アスタリアが使う武器は、職人がカスタマイズした特殊な金属線巻き二本と短剣二本だ。
基本的に、目立つ長剣は携えない。それは、光魔法で身体を強化し、盾を展開できるため、素手でも高い攻撃力を発揮できるからだ。光盾は、攻撃の衝撃すらしっかり防いでくれる。
普段から殺しを望まないアスタリアにとって、金属線巻きや短剣の柄で相手を気絶させるだけで十分だ。
しかし、一つの問題がある。
それは、アスタリアが魔法や光の盾を使うことを、隠しておきたいと思っているからだ。
そのため、刃物や弓矢、さらには拳やその他の身体的な攻撃も避ける必要がある。もし攻撃を受けて無傷だと見られたら、常人を超えた存在だとバレてしまう。
それこそが、アスタリアが「盗賊が来る前に線を仕掛けていた」と嘘をついた理由だ。
二人の盗賊を転ばせた金属線は、アスタリアが壁の上に立って気を引いた隙に、光魔法で短剣と線を操って仕掛けた罠だった。
二人の盗賊の心に、正体不明の恐怖が広がっていく。
相手はただの一人の少女――とはいえ、その背丈はかなり高い。
しかし、二人がかりで一人を相手にするのなら勝算があるはずだ。
そう信じた二人はすぐさま立ち上がり、アスタリアを捕まえようと動き出す。
──だが、甘い。
アスタリアはこれまでの訓練と数々の剣術の師匠との戦いで幾度も勝利を重ねてきた。普通の盗賊二人など、相手になるはずもない。
二人の盗賊の意図と動きは、アスタリアに完全に見抜かれていた。
彼らがアスタリアを捕まえようと手を伸ばす刹那、アスタリアの体が風のように滑り抜け、拳が二人の男の背後を次々と打ち抜く。重たい身体が「ドスンッ」と地面にめり込む。
灰服の盗賊は気絶するが、細目の男だけがまだ意識を保っている。
アスタリアが最後の一撃を振り下ろす。その瞬間、男は恐怖の理由を悟った――この少女は戦闘のプロだ。獲物としての直感がそう告げていた。
アスタリアは微笑むと、頭上を旋回するのガーネットに視線を投げる。
盗賊と盗品の居場所は空を飛ぶガーネットのおかげで追跡できたが、アスタリアの任務はまだ終わっていない。
まず、すべての物品を持って、蜂蜜色の三つ編みの少女の家へ向かう。
先ほどの市場で、アスタリアはガーネットとルビーに分かれて追跡するよう指示を出した。今度はルビーの小鳥が現れて、アスタリアに道を案内した。
到着したのは黄昏時で、小さな町の郊外、カボチャ畑に隣接する一軒家だ。
蜂蜜色の三つ編みの少女は畑で鶏に餌をやっている。
蜂蜜色の髪の少女は遠くからアスタリアを見ているが、アスタリアが自分を探しに来るとは思っていない。
目の前のピンク色の髪をした少女が持っている包みを見て、町で奪われた自分のものに非常に似ていることに気づいた。それに、この少女からは独特の雰囲気が感じられた。
「こんにちは。」
アスタリアは相手が困惑しないよう、遠くから声をかける。
「こんにちは。」
蜂蜜色の髪の少女が、ゆっくり近づいてくるアスタリアを見つめ、少し戸惑いながら答える。
「私はアスタリアです。今日は町で奪われたあなたの物を返しに来た。薬も全部揃っている。」
蜂蜜色の髪の少女は驚き、思わず目を見開いた。
「どうやって……?」
アンナは包みを受け取り、震える声で問う。
「盗賊を片付けて手に入れた。他にも盗まれた物があるから、町で盗難に遭った人を探して、その人たちにそれを返すのを手伝ってもらえますか?もちろん、私からお礼をします。」
アスタリアが軽く首をかしげながら微笑む。
蜂蜜色の髪の少女は眼前の不思議な少女を見つめ、礼を言い忘れそうになったことに気付くと、慌てて思い直す。
「私の名前はアンナ。お手伝いします。薬を取り戻してくれただけで、もう十分なお礼よ。本当にありがとう。」
「通りすがりのお手伝いですから。気にしないで。」
アスタリアは自分のペースで話し続けている。
「アンナさんのお母さん、足の具合が悪いと聞いたんだけど、もしよければちょっと見せていただけますか?私が治療することもできるので。」
「え、ええ、お母さんは家にいる。半月前に転んで、それからずっと治らなくて……」
アンナはアスタリアを家の中へ案内した。
アスタリアは、アンナの母親がベッドに座りながら手仕事をしているのを見た。
アンナの母親の手仕事は売り物らしいが、部屋には完成した作品が山積みで、あまり売れていないことがうかがえた。
アンナは、アスタリアがその手工芸品を見て、少し考え込んでいる様子に気づいている。
「この辺りの町は今、だいぶ寂れてしまって。山賊が出没してから、隣国の人たちがあまり来なくなったんだ。以前は手工芸品も隣国に売れたんだけど、今は仕事も少なくなって、治安も悪くなってきたの。」
「そうか……」
「こんにちは。私たちを助けてくれてありがとう。」
アンナの母親は感謝の気持ちを伝えた。
「お力になれてうれしいです。怪我を治療させてもらえますか?」
「ええ、お願いします……」
アスタリアはアンナの母親の足を見た。捻挫や筋の損傷、もしくは骨折の可能性がありそうだと確認し、近づいて手を伸ばすと、柔らかな光がその傷を包み込んだ。
アンナと彼女の母親は、目を大きく見開いて驚いていた。
数秒後、光は消えていく。
「もう足のケガは治ったはずよ。少し試してみる?」
「これ……一体どういうこと?」
アンナと彼女の母親は目の前の光景に驚き、信じられない思いで顔を見合わせた。
「えへへ、私は修道院の『生ける聖女』、アスタリア。」
アスタリアの唇が穏やかな弧を描き、微笑みながら話す。
以前から病人を治療する際、修道院の人々やエンバーはこの呼び名で呼んでいたため、貴族や民間でも少しは名が知られており、だからアンナは自分の治癒魔法やその名前を隠す必要がなかった。
アンナの母親は、無事に床から立ち上がり、何歩か歩いてみて言った。
「……本当に治ってる……!信じられない……」
アンナの母親は小さく息を吐き、気持ちを立て直して続けた。
「本当にありがとうございます。こんなお礼で申し訳ないのですが……もしよろしければ、夕食だけでもご一緒にいかがですか? 他に何かお役に立てることはありませんかしら。」
アンナはアスタリアの手を取り、目には涙が浮かんでいるように見えた。
アスタリアにとっては、これくらいのことは何でもない。
しかし、この世界では技術が未発達で、病やその癒しは人々には大ごとに見えるのだ。
人々を助けていた時にも、よくこんな反応を見たものだ。
「あ、すみません。最近、家の経済状況が厳しくて、母の手作りの品が全然売れなくて、それに、母の怪我も半月間ずっと治らなくて……。いろいろ心配事が重なってて……だから、母の足が治ったのが本当に嬉しくて……」
アンナは、涙がこぼれそうになる自分に気づき、少し恥ずかしそうに言った。
アスタリアは優しくアンナの頭を撫でる。
それは修道院で身につけた習慣かもしれない。修道院には孤児が多く、アスタリアは時々その子供たちをこうして慰めていた。
「大丈夫。少し手伝っただけですから。さて、私はもう行く。」
山賊たちに「相談」するから。