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第30話 ☆

 その時、テーブルの前で闇魔法がふわりと渦を巻き、ひゅっと夜風のように揺らめく——

 シュッと湯気立つ料理がずらりと現れた。 滴る脂が光を弾く肉に、淡く光沢を放つ魚。その豪勢な饗宴が、瞬く間に食卓を彩った。


 エリクとサイラスも闇魔法を纏って空中に現れ、サイラスがふわりと着地した。


「何が好きなのかわからんから、全部持ってきちゃった」


 エリクは空中に浮いたまま、何でもないことのように言い放った。


「あの……人間はそんなにたくさんは食べられませんよ。」


 こんなにたくさんの料理を用意してもらって、ちょっと申し訳ないような気がする。


「構わないさ。魔界の者は、食べなくても生きていけるし、どれだけ食ったってちゃんと入るんだよ。

 そんなこと、悩むほどのことじゃないだろ」


 エリクは、涼やかな子供の声で言い放った。


「魔界の闇魔法は、もともと食材の保存が得意でして。私たちは人間のように毎日食べる必要こそありませんが、長く生きておりますから……料理の腕も、それなりにございますよ。」


 サイラスは暖かな笑みを浮かべて言った。


「じゃあ、少しだけいただきます。ありがとうございます。」


「そういえば、エリク様に手紙を書いてもいいですか?」


「悪くないな。ただ、俺は字は書けないし、読めない。人間の言葉を話せるだけだ」


「えっ?」


 アスタリアの表情が一瞬止まる。


「レイヴンに書いてもらえるけど、俺は自分で書きたいんだ」


「それなら、レイヴンたちに字を教えてもらえばいいでしょう。簡単に覚えられますよ。」


 アスタリアが思わず微笑んだ。エリクの、その子供っぽさが――なんだか、可愛らしい。


「じゃあ、ちゃんと俺に手紙書いてくれよな」


 アスタリアの目には、エリクが少し甘えているように映り、太陽のように明るく笑いかけた。


「うん。魔界付近に、どうやって郵送すればいいでしょうか?」


「レイヴンは魔界の外へ出る用事がある。受け取りに問題はないさ。俺がそうさせてやるよ」


 * * * 


「アスタリア様、エリク様はあなたをとても大切な存在だとお考えです。魔界一同、次にお越しになるのを心よりお待ちしております。」


 サイラスの穏やかな声が空気に優しく溶け込む。


 少し離れたところには天馬に乗るエリクが漂い、執事たちも城の頂上の広大なテラスでアスタリアを見送っている。


「そういえば、さっきエリク様が字が書けないって……」


 アスタリアは小声で言った。


(教えてないんですか?)


 レイヴンは落ち着いたようにため息をつき、口を開いた。


「魔界の者の寿命はほぼ無限でございます。我らの目から見れば、エリク様には人間のように急いで知識を詰め込む必要はないのです。」


「!」


 アスタリアは固まり、心の中で涙が溢れ出す——正論すぎる。間違っていたのは、人間の物差しで考えていた自分だったのだ。


 アスタリアの反応を見て、レイヴンは微かに口元を上げ、謙虚に続けた。


「個人的に、少しお伝えしたいことがございます。」


「アスタリア様は……数千年ぶりの『光魔法』の持ち主である可能性がございます。このことが広まれば、思わぬ大きな問題を招きかねません。」


「はい、教えてくれてありがとうございます。」


「そして、異世界についての手掛かりでございますが……魔界の外となりますと、心当たりはお一人だけです。 三千年前のエルフ王――今も存命かは分かりませんが、銀白の短髪に同じ色の瞳を持つ、非常に背の高い女性です。先代魔王様とも交流がありました。エルフは姿を捉えさせない種族ですが……もしまだどこかにおられるのなら、アスタリア様がお探しの情報を持っている可能性はございます。」


(あれ?私が知ってるエルフ王のイメージと違う?先代のエルフ王か、それとも他のエルフやエルフ王がいるのかな?)


「はい、わかりました。」


「もう一つ。どうか常に意識しておいてください。エリク様は、人間ではないということを。」


(え、どういう意味?)


 アスタリアの疑問を抱いた表情を見て、レイヴンはさらに明確に説明した。


「エリク様が感知する世界は、人間とは異なるのでございます。」


 その言葉に、重みがあった。


 その時、レイヴンと他の二人の護衛が、適切に示し合わせたように軽く一礼した。


 エリクが天馬に乗り、ゆっくりと近づいてくる……


 風が優しく撫でる。魔界の空も森も、この広いテラスも、変わらぬ姿のまま。


「準備できましたよ。」


「人間とは異なる」ことがどんな結果をもたらすか、よくわからなかった。でも、アスタリアはそう言った。


 執事三人は城の屋上に立ち、二人が天馬に乗って空へと飛んでいく姿を見守っていた。




 少し前、アスタリアが眠っていたとき——


 魔王エリクは城の回廊の窓辺に横向きに座り、中庭に咲き乱れる色とりどりの奇花異草を眺めていた。


 空っぽの窓枠は、エリクの小さな姿を映し出し、どこか広く、寂しげに見えた。


 その時、執事三人が「シュッ」と適切にこの場所へ転送されてきた。


 執事たちは習慣のように素早く反応し、口を揃えて言う。


「エリク様、何かご用でございますか。」


 魔王エリク様はしばらく黙り込み、ようやく言った。


「彼女が寝た

ちょっと聞きたいことがある」


 さっきから、魔王エリク様は、膝に手を置き、どこか憂鬱そうだった。


「…………」


 今度は執事たちが、少し沈黙する。


 ここは魔王の部屋から、そう遠くない場所だった。


 レイヴンが先に口を開いた。


「お聞きになりたいことがあれば、何なりと。」


「彼女は起きたら、出ていくのか?どこに行って何をするんだ?……出ていっちゃうのはダメなのか?」


「多くの場合、お住まいへお帰りになることになりましょう。この年頃の人間は、修業しているか、あるいは生業についているものですので。」


 サイラスは確かな声音で応じ、一瞬考え込んで、言葉を続ける。


「今はその務めに就いておられるでしょう。ですが、いつか学園へ通われる日も、来るはずに思われます。」


「なんだその予感って」


 その言葉を聞いたエリクは、少し不機嫌そうだった。


「あのお方は、とどまらず、歩み続けていかれる強い生気をお持ちかと存じます。近隣の国々には、十五歳より広く学びに入れるところもございます。」


「————」


 サイラスは静かに説明を添えた。


「人間は、その短き生のために、あらゆる事柄を凝縮させているようにお見受けいたします。」


「ふん——

彼女、どれくらい寝るんだ?」


「一般的に、人間は十時間ほど眠ります。」


 サイラスが答えた。一瞬、間を置いて、付け加える。


「茶菓と食事を用意いたします。ご目覚めになり次第、すぐにお召し上がりいただけます。」


「じゃあ、彼女が起きたらすぐ食べられるように——

頼んだ」


 魔王に仕えていても、窓辺に座る小さな魔王の姿――初めての憂鬱な表情に、三人の護衛は少し可愛さを感じてしまった……


「かしこまりました。」


 執事たちはぴたりと返した。


 * * * 


 城の屋上に立つレイヴンは、深く、ふぅ、と息を吐いた。


「彼女は若すぎて、わかるまい――彼女の世界には多くのものがあるが、魔王様の世界にはおそらく彼女しかいない。千年でさえも。」


「レイヴンは千年生きても人間と絆を結ばないでしょう。」


 エレヴァンが問いを投げかける。


「魔界の者はより高次の存在だ。寿命や魔法の話をしているのではない。」


 レイヴンは断定的に言い、少し間を置いて続けた。声に、揺らぎがあった。


「それに、彼女自身が早世しやすいことも懸念している。」


「伝説の、——魔法を使う人間は大概が若死にする、あるいは、不可知の『掃除人』に抹殺されるという話か?」


 サイラスが口を開いた。


「『掃除人』とは?魔法使いの人間だけを狙い、魔界の者には手を出さないのですか?」


 エレヴァンが尋ねた。


「私も詳しくは知らぬ……」


 レイヴンが答えた。


「この件は、エリク様にはお伝えしないのですか?」


 エレヴァンがふと口にした。


「…………」


 次の瞬間、三人は沈黙の中で、同時に魔王様エリクの行動を予測した……

 言葉を交わすことなく、エリク様に少なからず手を焼きそうな予感がした……

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