第11話 ♡
「では、頼んだ、アレッサンドロ。」
「カイス様、アスタリアお嬢様、どうか道中お気をつけてください。」
レナールと皆が見送ってくれた。
カイスが飾りのついた馬車の扉を押し開けて、優しく言ってくれた。
「アスタリアさん、どうぞ。」
その後、アレッサンドロが馬車を操り、アスタリアとカイスの二人を乗せて馬車は出発する。
見た目からして、新品のように輝く、豪華な馬車だ。速度を重視するため、この馬車は一般的なものより小さく、二頭の馬に引かれている。車輪には特別な緩衝装置がついていて、速く走ってもあまり揺れない。
普通の馬車とはかなり異なる。特別にオーダーメイドされたものだとわかる。
馬車が小さいため、御者席に近い位置に座れば、アレッサンドロが耳を澄ませば会話が聞こえるだろう。
アスタリアは護衛の疑いを晴らしてもらえれば自分に有利だと考え、わざと御者席に近い席に座ってカイスの正面にいる。
カイスは馬車の中で優しく言う。
「僕はフラマリス王都に住んでいるから、王都に着いたら、暇な時に僕の屋敷に遊びに来てほしいな。何かあったら、頼ってくれたら嬉しいよ。」
「え、本当に? それじゃあフラマリスに友達ができたみたいだね。」
アスタリアは純粋に喜んだ。
「本当だよ。むしろ、アスタリアにはもっと頻繁に来てほしいと思っているんだ。」
カイスはこの言葉を口にした瞬間、ほんの少し顔を赤らめ、照れたように視線をそらしている。
アスタリアは、相手がすでに自分を親しい友達として見ていると感じ、自分がこれまで魔法の情報を得ることばかり考えて、目の前のこの人をちゃんと見ていなかったことに少し恥ずかしくなった。
カイスのことをもっと知りたい衝動が湧いてくる。
「往復十数日の道のりに、山賊を解決するためだけにいらしたのでしょうか?」
「僕は旅人として見聞を広げるために旅をしているんだ。ここら辺で鉱山を調べていた時、偶然山賊の話を聞いて、ついでに解決しようと思っただけだよ。
それに、フラマリス王都でもよく街を歩き回るのが好きなんだ。アスタリアが興味があるなら、フラマリス王都を案内してあげるよ。面白い場所をたくさん知っているから。」
「へへ、楽しみにしてる。私もそんな旅人生活を送りたいな。」
「アスタリアさんは学校に通いたいと思う? フラマリス国には王立学園があって、試験に受かれば誰でも入学できるよ。」
「実は、私はイタルーチェ王立学園を退学したばかりなんだ。学校で興味があったのは、平民には立ち入ることのできない学園の図書館にある本だけだった。」
イタルーチェ国にはいろんな本屋があるけれど、置いてある本は限られている。本当にたくさんの蔵書を持ち、王家図書館であり、同時に王立学園の図書館でもある。使えるのは身分のある貴族や役人、それに王立学園の教師と生徒だけで、平民にはまず縁のない場所だった。
アスタリアはあっさりと続けた。
「今は、自由気ままに過ごしたい。この世界で一番にぎやかな商業都市、フラマリスの王都を見てみたいんだ。」
この世界には、七つの国がある。
フラマリス国は海と船運の文化で栄え、職人や手仕事など多彩な産業が活気あふれる商業国家だ。
「その後、何か予定はあるの? また旅を続けるつもりですか?」
「できればフラマリスの王都で自由な肉体労働の仕事を見つけてお金を稼いで、それから世界のまだ見ぬ場所を探検したい。」
アスタリアは窓の外の飛ぶように過ぎていく木々を見つめる。
アスタリアはお金に困っているわけではない。ただ、自分の稼ぎ方を見つければ、未来の道筋がはっきり見えてくる。
その後、アスタリアは自分にとって一番大事なことに戻る。
「魔法や異世界についての情報を探すために、いろんなところを旅したいんだ。」
この言葉を口にすることで、魔法を使えるカイスが警戒するかもしれない。カイスが情報を教えてくれるかどうか。とはいえ、その前に大事なことがあって、まずは相手と護衛の疑いを解かなければ……
「アスタリアさんが知りたい情報なら、僕が知ってることは全部教えてあげるよ。」
カイスはすぐに答えた。
アスタリアはこの返答に嬉しくなるが、あくまで自分のペースで話を続けている。
「私は修道院で育ち、その後、下級貴族の養女となりました。一人でも旅の安全を守れるよう、高級な貴族に仕える剣術の師匠に学び、戦闘技術を磨き続けてきたのです。」
「魔法のことなら全部知りたい。実は私も魔法を持っています。」
アスタリアは心の中で思った。何か互いに利益になる情報を出さないと、信頼は得られないよね。どうせイタルーチェ国の「生ける聖女」って名声も秘密じゃないし。
「私の魔法は傷や病気を癒す力で、イタルーチェ国じゃちょっと有名な修道院の『生ける聖女』、アスタリアなんだ。へへ。」
その時、御者席に座るアレッサンドロは衝撃を受けた。
カイスもアレッサンドロも、イタルーチェ国に治癒魔法を使える人がいて、地元で『生ける聖女』と呼ばれ、名前がアスタリアだと聞いたことがある。ただ、頭の片隅にあったその情報は、これまで思い出すこともなかった。それが目の前の彼女だなんて……
今、アレッサンドロは確信する。フラマリス国の利益のため、アスタリアを引き込む必要がある。
カイスは変わらず穏やかで優しく言う。
「僕の魔法は水系で、水を操って攻撃や防御ができるんだ。」
「僕が知る限り、魔法を使える人は本当に少ない。だから魔法について詳しいことはあまり知らない。
もう一人、魔法を使える人を知ってるよ。彼は魔法についてもっと多くの知識を持っていて、僕の魔法の使い方を教えてくれた人なんだ。
アスタリアさんが会いたいなら、フラマリス王都に着いたら紹介できるよ。でも彼はフラマリス王都にいつもいるわけじゃない。」
カイスは少し間を置いて、アスタリアを見つめながら続けた。
「ところで、アスタリアさんが異世界に関する情報を探しているなら……
実は『魔王』って呼ばれる存在がいる。強大な魔力を持っていて、人間がその領地に入るのを嫌ってるだけなんだ。だから、魔王のことは一般には禁忌の知識とされている。
もし異世界に関わる何かを求めているなら、魔王という古の魔法の象徴とも言える存在のあの方なら、何か知っているかもしれない。」
「アスタリアさんが魔王を探しに行くなら、ぜひ僕に手伝わせてくれ。危ないかもしれないから。」
「ありがとうね。」
アスタリアは地図を広げながら言った。
「魔王の領土は地図のどこにあるの?その場所、教えてもらえる?」
「うん、喜んで。」
カイスは柔らかく微笑みながら、身体を軽くアスタリアの方へ傾け、地図に名のない土地を指し示しつつ、穏やかに説明した。
「フラマリス国とブリランディア国の間に挟まれ、地図にも何も載っていない広大な土地で、地図上では周りが巨大な茨のような崖に囲まれていて、実際もその通り。この入る道がないような領域、それが魔王の領地だよ。」
フラマリス国の北には、広大な領土を持ち、緑豊かで静かな印象を与えるブリランディア国がある。
かつてブリランディアの女王はフラマリスの若き王子と結ばれた。現在は、その女王が両国の統治権を握っている。
「そっか……」
アスタリアは地図を見つめながら思った。
その国家の半分くらいの大きさの土地で、地図にはこういった神秘的で入りづらそうな地帯がほかにもいくつかある。だいたいは海岸から少し離れた、名前のついた島だ。たとえば、イタルーチェ国の海域の周辺にも一つある。もしかして、あれも似たような地帯なのかな。
ゆったりとした空気が、二人のあいだをそっと流れていった。
しばらく時が静かに過ぎた。
カイスが小さく笑みを浮かべ、アスタリアの髪先に目を留めながら言った。
「そういえば、アスタリアさん、背中と頭に――さっき木陰に隠れていたときの木の皮や葉っぱがいくつか付いていますね。お取りしましょうか?」
アスタリアは、木の皮や葉っぱが自分の背中と頭に付いたのは、木に座ったせいだろうと考えた。
(アレッサンドロさんへの情報、これで十分かな。)
「じゃあ、隣に座ったほうがいいかな?」
「うん。」
アスタリアはカイスの隣に座りながら、また何かを思い出した。
「衣服を脱いだら、背中についた木の皮は自分で取りますから、わざわざお願いしなくてもいいですよ。」
カイスはアスタリアの言葉に優しく微笑みながら、彼女を見つめた。そして、落ち着いた声でこう返した。
「それはそうかもしれないけど、僕を気遣いなんて思わないで。アスタリアさんの役に立てるなら、僕にとってそれが一番嬉しいことだから。」
「では、どうぞよろしくお願いいたします。」
「アスタリアさん、任せて。」
カイスは微笑みながら手を伸ばし、アスタリアの頭に付いた葉っぱを優しく取ってあげる。
アスタリアは少し近くでこっそりカイスの美しい顔を眺める。




