第8話 足元はたびたび掬われる
球技大会当日。
僕は予定していたことを実行に移した。
体操着に書かれている名前を、とにかく片っ端から確認していった。
名前は体操着の丁度胸の部分に書かれているので、僕は女子の胸をひたすら見続けたわけだ。
時々、目的を忘れて凝視してしまったりもしたが、そこは僕だって男子なわけで仕方がない。
そして球技大会が終わった。
夕暮れ迫る帰り道。
いつもの通学路を辿る僕の影が住宅街に長く伸びている。
右手には馴染みの自動販売機で買った缶ジュース。
グイとあおると、炭酸の刺激の後に、独特の甘さが口に残る。
「ゲフッ」
品のないげっぷをしたあと、大きなため息が出た。
「はあ――――」
散々女子の胸を見続けたが、原田未来という名を見つけることは出来なかった。
期待して、意気込んでいただけに、かなり落胆を禁じえなかった。
やはり欲をかきすぎると、こうして散々な結果になる。
断っておくが、欲というのは女子の胸のことではない。これでも健全な男子であるという自負はある。誓って変態ではない。
原田未来は球技大会に来ていなかった。
しつこいくらい体操着を見続けた僕は、そう結論付けた。
欠席していたというのは何か理由があるのか?
まあ、体調が悪いことなどありふれたことだ。女子なら男子よりもそういった日が多いのくらい、僕だって分かる。
しかし気になる。
このところ、僕が行動を起こすと大概裏目に出る。
しかし、膨らんでしまった顔の見えない少女のことを、僕はどうしても知りたかった。
いや、真実が知りたいのだ。
あのゴールデンウイーク明けの朝に起こったあの出来事の結末を、僕はどうしても知りたいんだ。
飲み終えたジュースの缶に、僕はたいして無い握力を込める。
軽い音と共に、僕の手の中のアルミ缶は申し訳程度に形を変えた。
家に帰ってから、今日も僕は悶々としていた。
夕ご飯時に、僕は向かいに座る母に、あのことを訊いていた。
「ねえ、小学校の時さ、近所に女の子がいたよね」
「ええ、未来ちゃんでしょ。それがどうかした?」
いきなり昔の幼馴染の話をしてきた息子に、母は不思議そうな顔を見せた。
「いや、どうしてるのかなーって思ってさ……それだけ」
はぐらかしてみた。あまり母にこういった話をするのは気恥ずかしい。
簡単に終わらせた息子の話に、母は耳を疑うようなオマケをつけてきた。
「未来ちゃんなら、こっちへ帰って来てるわよ。よく遊びに行ってたあの家に」
「なに? 知ってたの?」
「え? うん。年賀状で知らせを貰って」
「なんてこった」
思わず天を仰ぎ見た。
まさか母と向こうの親との間に、まだ交流があったとは知らなかった。
よくよく聞いてみると、引っ越したとは言っていたが、家には祖父母がそのまま住んでいたらしい。そして、父親の転勤で昨年戻ってきたというのだ。
完全にうっかりしていた。
よく考えたらその可能性は高かったはずだ。
走って十分程度の彼女の家に、会いに行きたければ行けないこともない。
どうする……。
十分後、僕は肩で息をしながら、白壁の家の前で佇んでいた。
「未来ちゃん……ここにいるのか……」
見上げた二階の窓には明かりはついていなかった。




