第3話 僕は行動を開始する
掴みどころのない新山日奈に腹立たしさを覚えつつ、彼女のアクションを待つのに疲れた僕は、満を持して行動を起こすことにした。
ものぐさであることを自負していたとしても、推理の裏付けを取るために体を動かすことを僕は厭わない。
まず彼女に関する情報収集からだ。
実際、僕は彼女のことを何も知らないと言っていい。
二年になってまだひと月ほど。初めて同じクラスになった女子のことをよく知らないのは当然だ。もし色々知っていたとしたら、相当気持ち悪い奴に違いない。
断っておくが、この情報収集は新山日奈個人を探ろうとしているわけでは無い。
こんなものは推理とは言えないが、彼女が告白の伝言をしたのならば、姿を見せない誰かは、彼女のごく親しい友人である筈だ。
つまり新山日奈を知れば、おのずと彼女の友人関係も見えてくるのである。友人関係を理解すれば、その中から特定することは、意外と容易いのかも知れない。
フフフ、新山日奈、君が何のアクションを起こさずとも、僕は自分で解答を見つけて見せるよ。そして、君の僕に対する目算が誤っていたということを教えてあげるよ。
僕は斜め後ろからの視線を彼女に向けて、心の中でそう宣言した。
それから僕は新山日奈を熱心に観察しはじめた。
何となくキリッとしている彼女には、近づき難い雰囲気でもあるのか、クラス内にはそこまで親しい友達がいる感じはなかった。
ややとっつきにくい雰囲気の彼女と親しいとしたら、やはり部活の仲間だろう。
ここは、脚を使って探りを入れてみるか……。
そして僕は放課後を待った。
女の子のお尻を追いかけ回しているというのが、今の僕にピッタリの表現だ。
ホームルームを終えてからの放課後、僕は行動を開始した。
彼女の尻に約十メートルくらいの間隔をあけてついて行くと、新山日奈は別棟の三階にある家庭科室に入って行った。
「家庭科室か、いったい何部だ?」
廊下側の窓はすりガラスだが、ほんの僅かだけ隙間の開いている窓があった。
それにしても、なんと絶妙な隙間だ。覗いてくださいと言わんばかりに僅かに開いた窓に、僕は吸い寄せられてしまう。
誘惑に抗えず、周りに人がいないのを確認し、こっそり顔を近づけてみる。はた目から見れば、僕は相当キナ臭い奴に見えるに違いない。もしこれが更衣室なら完全にアウトだ。その時点で学園生活は終わる。
何人かの女生徒が談笑している声。
部活が始まるまでの歓談といったところだろう。
ほう。
僅かな隙間からの様子を一目見ただけで、それが何部なのか分かった。
卓上に置いてあるミシンと、机に広げられた布生地。
間違えようもない手芸部だった。
簡単に解答に行きついた僕は、拍子抜けしつつも、歓談中の女子を確認しておこうと、つい欲張ってしまった。
だが、この選択は間違っていた。今まで生きてきて、欲を出して上手くいったためしがない。商店街の福引でゲーム機を当ててやろうとして、十回連続でポケットティッシュだったのがいい例だ。
それは唐突に僕の背後から現れた。
「富樫? 何してんだ?」
吃驚して飛び上がるというのは比喩の表現ではなかった。
心臓が跳ね上がるのと同時に、体も跳ね上がった。
声を掛けてきたのは、体育教師の笹原麻衣。
男勝りでいつも快活な、滅茶苦茶足の速い先生だ。
「せ、先生……」
「どした? あ、体験入部か? 先週で終わったけど見ていくか?」
「いえ、じゃあ、そゆことで……」
全くといっていいほど取り繕うこともできずに、僕は逃げるようにその場を後にした。
「気付かれたか……」
お粗末な自分に、消えてしまいたい程の羞恥心を覚えつつ、あの快活な体育教師が手芸部の顧問というミスマッチに軽く驚いていた。




