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第2話 少女は何も語らない

 午後になって少し風向きが変わった。

 ゴールデンウイーク明けのけだるげな陽気に、机に頬杖をついて欠伸をする生徒達。

 そんな中で、開け放った窓から入ってくる湿度を含んだ微風が、斜め前の席に座る少女の髪を揺らしている。

 ああしてノートをとっている彼女の背中を、気が付けば僕はもう何度も凝視してしまっていた。

 昨日の朝の奇妙な告白以降、新山日奈は何一つ僕に語ろうとしなかった。

 いや、語るどころではない。僅かなりとも意識するようなそぶりもなく、彼女はありふれた日常に優美に溶け込んでいる。

 釈然としないまま、あまり眠れない一夜を過ごし、今もこうして彼女の背中を注視している自分とのこの差は何だというのだろう。

 僕は彼女の背中に視線を向けたまま、もう何度となく昨日から繰り返した自問自答の続きをまた再開しだす。

 カツカツと黒板にチョークがリズミカルな音を立てる音と、英語教師の低い声。

 何かを集中して考えるのに、都合のいい環境だ。


 ああ、そうだ。この感覚だ。


 カーテンを揺らす微風を頬に感じつつ、僕はゆっくりと思考の海に沈んで行った。


 まず疑ったのが、これが質の悪い悪戯ではないかということだ。

 新山日奈は顔の見えない相手からの好意だけを中途半端に告げて、口を閉ざしてしまった。そうなると、こちらの心情的なものだけではなく、当然ながら、彼女も困った事態に陥ることになる。

 つまり、伝言を託した相手が本当にいた場合、新山日奈は頼まれたことをまるで成し遂げていないことになるのだ。

 相手の名を告げなかった彼女に、僕は何の返答もしようがない。

 会話のキャッチボールが成り立たなかったことで、彼女は手ぶらで帰るしかなかった。期待して待っている友人が存在するのならば、さぞかしがっかりさせられたに違いない。

 それらのことを踏まえてみると、もともと好意を持っていた相手など存在しなかったのだと解釈するのが妥当だろう。

 つまりは、あれこれ想像を巡らす価値もない、ただの虚言であったということだ。

 では、新山日奈の伝言が虚言で、これら一連の事柄が、意図的に仕組まれた悪戯だったと仮定しよう。

 告白といった特別なイベントは免疫のない僕には絶大だった。この試みは全くもって大成功を収めたといえるだろう。

 また、これが悪戯ならば、彼女あるいは顔を見せない誰かが何らかの利益を得ていると考えられる。

 女子グループの軽い悪ふざけ的なものだろうか。退屈な学園生活に刺激が欲しかった時に、僕のようなカモが目に入ったのかも知れない。

 だが、そんな単純なものだろうか。新山日奈はどう見ても他人を貶めて楽しむといったタイプの人間ではない。どちらかといえば、真逆のタイプに見える。それに、取り立てて協調性がありそうもない無い彼女が、面白半分でそういった女子とつるんだりするだろうか。

 悪ふざけといった選択肢を排除した場合、こういった手の込んだ悪戯に至る動機といえば、単純に怨恨の可能性が高い。だが、日頃女子と殆ど接点を持っていない身なので、恨まれるような出来事が起こった記憶はまるで無い。

 悪戯という線を完全に排除できたわけではないが、ここからは新山日奈の言動が偽りの無いものだったと仮定して考えてみよう。

「ずっと前から好きだった」そう彼女は最初に告げた。

 人によって、時間の感覚はそれぞれだが、少なくとも「ずっと」と言える期間、伝言を依頼した誰かは、好意を持っていた状態を継続していたとみていいだろう。

 長期間好意を維持していたのならば、それに伴う何らかのサインに気付いていてもおかしくない。例えば、ふとしたことで視線を合わせるとかといった類の些細なことでもだ。

 だが、困ったことにそういったイベントに、まるで思い当たるところがない。

 自分が所謂イケメンで、特に何の努力をしなくても誰かに好意を持ってもらえる勝ち組ならば、女子からの視線に鈍感になれたりもするだろう。

 そうではないことは重々承知している僕が、女生徒からの視線に全く気付かないことなどあるのだろうか。

 

「どうゆうことなんだ……」


 気が付けば無意識にそう呟いていた。

 そして気付いた。

 それは些細な変化だった。

 恐らく僕の声に反応して、斜め前に座る新山日奈のノートをとる手が、ほんの一瞬だけ止まった。

 たったそれだけのことだったが、彼女が僕の挙動を気に掛けているのではないかと思える一瞬だった。

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