第16話 僕は問題を読み違える
病院での再会以来、原田未来とは顔を合わせる度に、軽く手を振り合える関係になった。
そして、窓側の席で艶のある髪を揺らすあの少女は相変わらずだ。
途中経過はどうであれ、僕は解答に行きついた。
新山日奈が、相変わらず何も語らないのは、もう何も語るものが無くなったからだと、受け止めていいのだろう。
また穏やかな毎日が戻りつつある。
戻りつつあると表現するのは、僕の中にまだ一つだけ、解消されていない疑問があるからだ。
新山日奈の奇妙な告白から始まったこの騒動。
僕の推理は全くの役立たずで、混迷を極めたけれど、二本の脚と粘り強さで一つの解答に行きつくことができた。
あとは答え合わせだけだ。
僕の出した解答が正しかったのか、それは原田未来が教えてくれるはずだ。
「よっ」
放課後の通学路。下校中の僕の背中をトーンと押してきたのは原田未来だった。
「一緒に帰る?」
横に並んで歩きだした彼女は、僕の心情にお構いなく笑いかける。
「うん。いいけど……」
どうしても周囲が気になる。付き合っているわけでは無いのだが、彼女が特別な感情を僕に抱いていたのは知っている。
簡単に割り切れないのは僕だけなのかも知れないが、意識をするなという方が難しい。幼かったあの頃のようにはいかないのだ。
「どう? お母さんの具合」
「もういいみたい。今週末に退院だって」
「そう。良かったね」
あまり話が続かない。意識してしまっているせいもあるが、もともと女子と会話をあまりしたことがないのだ。
「未来ちゃんは変わったね。背も伸びたし髪型も変わったし」
「そりゃ背も伸びるし髪型も変えるよ。お互い様じゃない」
「でも君は見違えたよ。ずっと気が付かなかったし」
僕は彼女の横顔に目を向ける。確かに昔の面影はある。あの一件がなければ、その僅かな面影にきっと僕は気付くことは無かっただろう。
だが、彼女は僕の存在に気付いた。つまりあまり変わり映えしなかったということだ。
「いつ僕のこと、気付いたんだい?」
「最近だよ。新学期に入ってから」
予想していたのよりずっと最近だった。
なかなか僕が気が付かなくて、やきもきしていたのではないかという僕の推理は、また見当違いであったらしい。
「なあに? どうしたの?」
苦笑していたのに気付いたのか、彼女は僕の顔を覗き込んでくる。
「いや、色々考えちゃってね。その、君と君の友達に振り回されてたからさ」
「私の友達って?」
少し首を傾げて聞いてきた。
なんだ? 僕をからかってるのか?
「新山日奈だよ。君の友達だろ」
「うん。そうだけど、どうして今、日奈の話が出てくるの?」
真面目な顔で聞き返してきた彼女に、僕は苛立ちを表に出さないよう気をつけつつ、少し皮肉を言ってみた。
「君が新山日奈に僕のことを話したんだろ。僕は彼女から君のことを聞いたんだ」
「日奈が? 私の話を? どんな?」
「どんなって、その、あれだよ。僕のことを君が好き……みたいな……」
言ってしまってから思った。これではあべこべだ。質問して答えなくてはいけないのは、本来ならば彼女の方だ。
原田未来はなんとなく照れ笑い的なものを浮かべつつ、僕の言ったことに曖昧な返答をしてきた。
「もう、日奈ったら、余計なこと言って。いや、あれだから、幹也君に気付いて、ESSでその話をしたのよ。それでちょっと話が弾んだだけだから」
「えっ、そんな感じだったの?」
「そんな感じかな。私が珍しく男子の話をしたから勘違いしたのかな」
「えっと、ずっと前から僕を気にしてたとかじゃなく?」
「えっ? 小学校の時からってこと? ナイナイ。幹也君意地悪だったし」
気持ちいいくらい否定された。いったいどうゆうことだ。
「おかしいな……なんかそんな雰囲気のこと聞かされたんだけど」
「うーん、そう言えば、見違えちゃったって言ったら、あの子なんだか食い付いてきて、好きなのかって聞いてきたの。だからまあ、どちらかといえば好みのほうかもって答えた気もするけど……」
もうこれは告白でも何でもない。犬と猫どっちが好きレベルだ。
「そんな話はしてないってことだね」
「まあね。ESSでちょっと幹也君の話題が出ただけだよ」
ここにきて原田未来が探していた人物ではなかったことが証明された。
ならば、いったい誰が僕に好意を寄せていたというのだ。
「なあに? 日奈と親しいの?」
「いや、そうゆう訳じゃないけど」
この土壇場で、また振り出しに戻った。いったい新山日奈は僕に誰のメッセージを伝えようとしていたのだろう。
ノックアウトされて、もう立ち上がりたくもない気分だったが、僕は辛うじて息を吹き返し、この幼馴染からヒントを聞き出そうとした。
「あのさ、あれから新山さんに会った?」
「ううん。あの子すごい忙しくて、今、部活にも来てないんだ」
「そうか……ねえ未来ちゃん、新山日奈ってどんな子なんだい?」
「そうねえ……」
少し眉間に力を入れて、原田未来は彼女をどう表現しようかと歩きながら模索する。
「成績もいいし、何でもそつなくこなせる優等生かな。部活で親しくなって分かったけど、ホントいい子だよ」
「そっか。えっと、君意外に誰か親しい友達っているのかな」
「ちょっと、とっつきにくくって友達は少ないみたい。部活以外では知らないかな」
これといった情報を得られないまま、僕たちは分かれ道にさしかかる。
「私こっちだから」
「うん、また明日」
軽く手を振って彼女と別れた後、背中にズシリとした疲労感のようなものがのしかかって来た。それはまるで目に見えない妖怪に憑りつかれたような感覚だった。
「いい加減にしてくれよ……」
僕は今日思い知らされた。答え合わせをする以前に、根本的に問題を読み違えていたことを。




