第14話 君は僕を知っている
病院の廊下を僕は進んで行く。
ここに彼女がいる。
口の中がやけに乾いている。
僕はこれから自分がしようとしていることを、あまり深く考えないように努めた。
約一時間ほど前。
原田未来の家は留守だった。
何度もインターフォンを押していた僕に、通りがかった白髪のお婆さんが声を掛けてくれた。
「原田さんならいないと思いますよ」
「え? そうですか……」
「お知り合い?」
「ええ、まあそうなんです」
どことなく品のあるお婆さんは、皴のある顔を僕に近づけてきた。
あまり目が良くないようだ。
「未来ちゃんのお友達?」
「あ、はい。同じ学校で……」
学校の友人であることが分かり、お婆さんの表情が緩んだ。
「そう、私は隣に住んでるの。今日は夫婦でお見舞いに行くって出て行ったわ。きっとしばらくは帰ってこないでしょうね」
「そうですか。あの、それで娘さんの入院先とかご存じありませんか?」
その質問にお婆さんは一瞬眉をひそめた。
やはりマズいことを訊いてしまったか。そう思ったが、お婆さんはすんなりと入院先の病院名を教えてくれた。
「すみません。助かりました」
「いいのよ。行っておあげなさい」
僕はお婆さんに丁寧にお礼を言って、そのまま駅へと向かった。
僕は君に会いに行く。
その決心はもう揺らぐことは無かった。
病院には来たものの、当然病室は分からない。
総合案内で原田未来の病室を尋ねると、面会受付窓口に行くよう案内された。
言われた窓口で用件を告げた僕は、そこで初めて、自分が無知であることを思い知らされた。
病室を教えてもらおうとした僕に、受付の女性は質問を浴びせて来たのだ。
「失礼ですが、患者様とはどういったご関係でしょうか?」
「えっと、同じ学校の友人というか……」
「ご家族ではないということですね。申し訳ございませんが、ご家族か、予め登録されている方以外は、ご案内することは出来かねます」
簡単に門前払いされた。それはそうだろう。外部から来た人を誰かれなしに通していてはいけないに決まっている。
それでもここまで来たのだ。僕は非常識だと思いつつも食い下がった。
「あの、昔からの友達なんです。どうしても会って話がしたいんです」
「そう言われましても、決まりは決まりですので」
「名前を、名前を言って頂けたらきっと分かってもらえると思います。僕、富樫幹也と言います」
「困りましたね……」
受付の女性はかなり渋い顔で、手元のコンピューターを操作し始めた。
「患者様のお名前は?」
「あ、はい。原田未来です」
「原田未来さんですね……」
こちらからは見えないが検索してくれているみたいだ。
受付の女性は何度かキーボードを叩いてから、僕の方に向き直った。
「あの、原田未来さんという方は入院されてませんよ」
「えっ? でも確かこの病院だと……」
「転院された方にもお名前がありませんので、勘違いされたのでは?」
「そんな筈は……あの、もう一度調べてもらえないでしょうか?」
「すみません。次の方がお待ちになっておられますので……」
振り返ると、三人ほど僕の後ろに並んでいた。
僕は赤くなって、順番を譲る。
「いったいどうゆうことなんだ……」
混乱した頭のまま、その場で立ち尽くしていた僕の脇を誰かが通り抜けて行った。
ふと、視線を感じて僕は顔をあげる。
そこには少し驚いたような表情の少女がいて、僕の顔をじっと見つめていた。
どこかであったことのある少女だろうか。
僕は彼女がそうしているように、少女の顔に視線を集中する。
ショートカットの髪に三色のヘアピン。すっきりとした輪郭に僅かに眉下がりの目。よく笑う人なのか、口元には独特の愛嬌がある。鼻の付近にから頬にかけて、よく見なければ分からない程度の薄いソバカスがまばらに在った。
そして少女が口を開く。
「幹也君、どうしてここに」
絡み合った糸が今解けた。




