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第1話 告白の朝

「ずっと前から好きだった」


 朝の匂いの漂う、校舎裏にある青葉煌めく桜の樹の下で、突然彼女は僕にそう告げた。


 これが告白というものか。


 彼女の薄紅色の唇から出て来た言葉よりも、その現実に起こった初体験に、このときの僕の意識は囚われてしまっていたのだと思う。


 新山日奈にいやまひな


 彼女はクラスの女子の中でも、僕の中ではひときわ目立っていた女生徒だった。

 それは外見という枠の中だけのものでは無い。

 語彙力の乏しい僕が、ひと言で彼女を表現するとするならば、「キリッとした女の子」がぴったりくる。

 とびきりの美少女といった印象は持っていないが、彼女にはどこかしら背筋に一本芯の通った雰囲気があった。

 人は誰しも、外見や普段目にする物腰から、その人の全体像を想像する。

 ご多分に漏れず僕自身も、クラスメートである彼女が日常的に見せる言葉遣いや何気ない仕草で、彼女がどういった人物であるのかを自然と見定めていた。

 そして、そういった浅はかな先入観を、彼女はこの爽やかな朝の校舎裏で簡単に覆して見せたのだった。

 つまり、僕の中で作り上げたイメージの彼女ならば、このように自分から男子に告白したりしない。僕は、何にも彼女のことを分かっていなかったということだ。

 初体験に意外性という相乗効果で、僕はしばし言葉を失った。

 だが意外なことはこれで終わりではなかった。

 彼女の口からついて出た次のひと言は、先程の告白よりも僕を当惑させた。


「……って、言ってたよ」


 あまり表情を変えず、クラスで普段見せている空気感そのままに言ってのけた彼女に、きっと僕は馬鹿みたいに口を開けてしまっていたはずだ。


 どうゆう意味?


 一瞬理解が追いつかなかったが、その意図を僕はすぐに整理し始めた。

 新山日奈はわざわざ僕を校舎裏に連れてきて「ずっとあなたが好きだった」と言った。そして「って、言ってたよ」と、おまけを追加した。

 舞い上がってしまっていて狼狽してしまったが、つまりこれは伝言だ。

 新山日奈は僕に告白したのではない。今ここにいない誰かの言葉をそのまま伝えたのだ。

 それが分かった時点で、そこに確かに存在していた緊張感と高揚感が幾ばくか和らいだ。

 僕は彼女の次の言葉を待った。

 当然ながらこのあとに、それが誰からのメッセージであったのか彼女の口から知らされることになる。

 だが、そこで予鈴が鳴った。


 キーンコーン……


「もうこんな時間」


 新山日奈は鞄を持ち直して、スタスタと校舎に向かって歩いて行く。

 置いてけぼりを食らった僕は、咄嗟に彼女を呼び止めた。


「あの、それで誰が……」


 横顔が見える程度に振り返った彼女は、片手で頬にかかる髪をかき上げると、口元に分かりにくい程度の微笑を作り、簡潔にこう応えた。


「さあね。当ててみて」


 すぐに背を向けたその背中を、僕は言葉もなく見送る。

 透明感のある朝の光が、肩よりも少し長い彼女の艶のある髪を輝かせる。

 足を踏みだす度に揺れるその光沢は、とても綺麗だった。

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