第一話 魔物化
「はい、それでは授業を始めます」
そう言いながら、教室に一人の教師が入ってきた。
子供たちは各々の席に着き、教師に問いかけた。
「せんせー、今日の授業はなんですかー?」
子供たちは期待に満ちた眼差しで教師を見つめている。
「今日は魔物について教えますよ」
教師は子供たちに笑顔で答えた。
「魔物とは、今からおよそ200年前に発生した奇気によって生まれました。皆さんも名前は知っていますね?」
そう問いかけられると、
「「神話病~!!」」
と、子供たちは声を揃えて答えた。
「そうですね。ちなみにこの病気は、発症すると体が魔物の姿に変わり、理性を失ってしまうというもので、近年も発症例のある危険な病気です。」
教師の話を聞いた子供たちは、少し不安そうな顔をしていた。
「皆さん、そう心配しないでください。知っての通り発症率は0.1パーセント未満で、この国ではもう4年も発症者は出ていません。それに、発症者が出たとしてもこの魔共石がギルドに知らせてくれるので、訓練通りに避難すれば大丈夫ですよ。」
魔共石とは波長を合わせた二つの魔石のことで、ギルドが国民全員に携帯することを義務付けている非常事態用の魔道具である。持ち主が魔物になるときに発生する魔力を吸収するとギルドが管理する対の魔共石が割れる仕組みになっている。
「そうだよね!だいじょうぶだよね!」
「そうだそうだ!それにまものがでてもハンターたちがたおしてくれるもん!」
子供たち皆で声を掛け合い、笑顔を見せた。
その様子を見て、教師も安堵し、話をつづけた。
「それと、発症者は目が薄く光るので、目が光っている人を見たら、近づかずにすぐにその場を離れてくださいね。」
「「は~い」」
そうこう話してるうちに授業の終わりを告げるチャイムが構内に鳴り響く。
「おっと、時間が来てしまったので続きは休憩の後にしましょう。それでは皆さん、ありがとうございました」
「「ありがとうございました!!」」
教師が一礼するのに合わせて、子供たちも頭を下げた。
そして、開放感に胸を躍らせながら顔を上げた子供たちの表情は青ざめていた。
その表情を見た教師は困惑した。ふと教室の出口の窓を見ると、そこに映る教師の目は、青く光っていた……。
「ギルド本部から緊急連絡、外周区エルガルド移民の児童学校で魔物発生。発生地周辺にいる方は直ちに避難してください。また、近くを巡回中のハンターは直ちに現場に急行してください。」
外周区に鳴り響いた警報を聞き、多くの人が足早に避難所へ向かっていく中、その流れとは逆に、児童学校の方面へ走る数名の人影があった。
「おいおい、魔物化なんて何年ぶりかぁ?」
肩掛けのローブをまとったボサボサ頭の短剣使いが問いかけた。
「んなもん覚えてねーよ。てか新入りは初任務でいきなり人魔狩りとはなー、まあハンターやってたらいつか経験することだからあんま気にすんなー」
パーティーリーダーの両手剣使いの男は、短剣使いの問いに答えつつ新入りのメイス使いの青年に声をかけた。
「は、はい!」
まるで久々に仕事場に向かう作業員のような中年男性二人のやりとりに、やや緊張気味の強張った声で返事をする青年。
彼らは魔物化の発生場所へと向かっていた。
現場に到着した彼らは、周囲に避難し損ねた人がいないかを確認し、室内へ突入した。
普段は子供たちの声が飛び交う校舎内だが、今は静寂に包まれて、教室奥から吹く風からはかすかに血と獣の匂いがする。
「討伐対象は奥の教室だな。対象を確認後、俺たちだけで対処可能であれば即討伐、明らかに無理な相手なら応援を呼ぶため一時退避だ、いいな?」
「ああ」
「了解です」
小声で確認を取り、奥の教室に向かう三人。一つ一つ教室の窓から中を確認しながら奥へ進むと、先頭の両手剣使いの男が次の教室の前で歩みを止めた。「この教室だ」
男の一言で空気がずんと重くなる。
「討伐対象を確認するぞ」
そう言って割れた扉の窓まで進み、室内の様子を確認した。
室内は血に染まり、子供だったものが床に散らばっていた。
そして、この悲惨な状況を生み出した元凶が、教室の隅で何かをむさぼっていた。犬のような頭に人型の体、体は灰色の体毛に覆われ、手足には鋭い爪がある。
「コボルトだな」
三人は隣の教室に入り、作戦を立てることにした。
「コボルト一匹なら俺たちだけでもいけるな」
「よし、俺は奥の扉から突入する。二人は……」
両手剣使いが言いかけた次の瞬間、
「グオォォォォ!」
コボルトが叫びながら壁を突き破り男に覆いかぶさった。
「くそっ!」
男は食らいつこうとする口を両手で抑えた。
コボルトは男の腕を振り払おうと、抑え込んだ肩に爪を食い込ませた。爪は男の肩当てを貫通して肉に到達していた。
「ッ!」
男は痛みに顔を歪ませたが、腕の力を緩めることはなかった。
「くそッ!」
青年が側面からメイスでコボルトの頭部をたたきつける。コボルトは吹き飛ばされ壁に衝突して倒れた。コボルトが動かないことを確認した青年は急いでリーダーの両手剣使いに駆け寄る。
「大丈夫ですか!怪我は」
「ああ、大丈夫だ。怪我も大したことない。ありがとな」
焦る青年に男は笑顔で返した。
「まさか壁を突き破ってくるとはな、襲われたのが新人じゃなくてよかったぜ。」
「確かにそうだが少しは俺の心配をしてもいいんじゃないか?」
短剣使いの冗談で場の空気が戻ったが、背後から延びる影にまた空気が重くなった。
「グオオオオオオオン!」
倒したはずのコボルトが起き上がり、その体の大きさからはとても想像できないほど大きな遠吠えをした。
三人はその爆音に耳を塞ぐことしかできず、一歩も動けなかった。
遠吠えを終えたコボルトは、まるで最後の力を出し切ったかのように膝から崩れ落ち、力尽きた。
「……まずいな」
少しの静寂ののち、リーダーの男がつぶやいた。
「二人とも、建物内の通信機を探してギルド本部に今の状況を報告してくれ、少々まずい事態になるやもしれん」
「「了解」」
二人は職員室の通信機を使い、ギルドに報告をした。
報告を受けたギルドは本部二階の会議室に職員を集めて会議を行っていた。
「今回発生したコボルトはおそらく仲間を呼び寄せるタイプの上位種だと考えられます」
「エリートコボルトやコボルトロードに次ぐ新たな上位種か……、しかも仲間を呼ぶ能力とはまた厄介な」
「王都周辺のコボルトの住処は現在2か所発見されており、最も近い住処からだと夜中にはこの王都に到着すると思われます」
「……」
深刻な空気で話し合う職員たちの声を、ギルドマスターはただ目を閉じて聞いていた。
「……ギルドマスター、いかがいたしましょう?」
その問いに、ギルドマスターは閉ざしていた目と口を開いた。
「うむ、腕利きのパーティーが遠征中である以上、残りの戦力でコボルトの群れを殲滅する。国防騎士団への連絡と外壁周辺、特に城門周辺の住民への避難勧告を」
「「はい!」」
ギルドマスターの指示を受け、職員たちは持ち場への移動を開始した。
次々と職員が退室していく中、ギルドマスターは一人の職員を呼び止めた。
「そこの君、ちょっといいか?」
「はいっ!」
「頼みがある、彼をここに呼んできてくれないか?今日彼は非番だったはずだから一階の広間にいるはずだ」
「かしこまりました。すぐに呼んでまいります」
返事の後一礼し職員は退室した。
(彼がこの作戦に参加してくれれば、勝利は間違いない。我がギルド一の強さを誇る“雷迅”であれば……。)
誰もいなくなった会議室で、ギルドマスターは一人考えていた。
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