異世界王位継承争いに育成ゲーム感覚で参戦するのは罪ですか?
谷村乃愛と望月杏奈が高校からの帰り道、迷子の子どもを探している母親と出会ったのは10分ほど前で薄暗い時間になっていた。母親の話では神社近くの林道で迷ってしまった可能性があり、早く見つけてあげたいと思って二人は手伝いを申し出た。
「名前は正太郎君で、年齢は8歳」
「私たちの原点になっているかもしれない名前ね。早く見つけてあげないと夜になっちゃう」
「ゲームの続きが気になってるだけじゃないの?」
「それは杏奈も同じでしょ?」
周囲の状況に注意しながら他愛ない会話をしていた。日が暮れて暗くなっている上に道の両側に木々があるので視界は悪くなっている。
「お母さんは?」
「えっ?念のために警察に行ってもらったよ。見つかればいいけど万が一も考えないと」
「さすが乃愛」
そんなやり取りをしていると一瞬周囲が目も眩むほどに明るくなった。
「な、何!?……どうしたの?」
「乃愛、動かないで!」
二人は急激な明暗の変化に驚き、目を閉じてしっていた。それでも事態を把握して冷静に対処しなければ自分たちも危険になってしまう。林道を歩いていたのであれば、下手に動いてしまえば転倒して怪我をすることもある。
それから落ち着くまで待ち、二人はゆっくりと目を開けた。
「えっ?……ここドコ?」
「さぁ、ドコだろう?……神社に向かう道でないことは確かよ」
「……杏奈は、こんな時も冷静なのね?」
おそらく一人きりで体験していれば慌てふためいていただろうが、二人でいることで奇妙な冷静さを保っていられた。
「こんな景色、近所にはなかったはず」
「景色もだけど空気もきれいになってる気がする。……なんだか世界が変わったみたい」
「世界が変わった?」
乃愛の何気ない発言には正解が含まれており、杏奈も別世界に来てしまったことを疑い始めた。夜から昼になって時間が違っているし、使い慣れた学校からの帰り道で初めて見る景色になっているのだから当然の答えかもしれない。
「……これって、かなりマズイんじゃない?」
「そうだね」
言葉とは裏腹に杏奈は冷静過ぎる反応だった。幼馴染である乃愛でなければ怒ってしまうかもしれないが、杏奈の冷静さに乃愛は慣れている。
「……あそこに誰かいるみたい」
杏奈が指差した方向を見ると草原の中に大きな岩があり、その岩の上に座っている後ろ姿が確認できた。体の大きさから子どもであることは分かり、金色の髪で服装も見慣れない。
「あの子が正太郎君かな?」
「……分からないけど、おそらく違うと思う」
「私も違うと思うけど、どうする?」
二人は顔を見合わせたが、この状況を打開するためには声をかけるしかない。二人が会話していても振り返ることはないので、このままでは声は届かない。勇気をもって近づくしかなかった。
「……えっと、正太郎君かな?」
二人は静かに近づいていき、後ろから優しく声をかけてみた。後ろ姿だけでは男の子か女の子かも判断できないが、今の二人が他に質問することは出来ない。
突然声をかけられて驚いて振り向いた顔は男の子で間違いなさそうだったが、青い瞳をしている。
「えっ!?」
男の子は泣いていたのだろう慌てて振り返った後、涙を拭っていた。
「突然ゴメンね。……キミが正太郎君なのかな?」
「……ショ、ショータロークン?」
「あっ、ゴメン。キミの名前って、正太郎かな?」
「いえ、ち、違います。ボクはマティアスと言います」
乃愛は言葉が通じていることに安心しているが、流暢に日本語を話すだけの外国人かもしれないと考えた。
そんな考えも浮かんではいたが、それ以上に二人はマティアスと名乗った男の子の美しさに心を奪われてしまっている。童顔ではあるが整った顔立ちをしており、二人の感性を刺激してしまった。
しかも、突然現れた二人にも泣いていたことを隠そうとする素振りも男の子を感じさせて、二人を高揚させてしまう。
「あっ、ゴメンなさい。……私は乃愛で、この子は杏奈って言うの。迷子になった男の子を探しているんだけど知らないかな?」
「迷子ですか?……ここにはボクしかいないはずです」
「そうだよね」
「それに、この場所に来る道はヘルムートさんの従者さんたちが警戒してくれてるはずです。……お二人も、どうやって?」
新たな名前が登場して別世界であることの信憑性が高まってしまった。だが、そんな会話の中でも『従者』にも『さん』付けで話すマティアスに好感を抱いてしまう。
「それよりも、お姉さんにあなたの悩みを聞かせてくれない?」
咄嗟に出てきた誤魔化しの言葉は、今の状況を完全に無視してしまっている。『正太郎君』の存在を忘れたわけではなかったが、乃愛も杏奈も目の前にいるマティアスに興味津々だった。
「マティアス様!!」
この状況で緊張感を見失っている二人を現実に呼び戻すように叫び声が聞こえてきた。と、同時に何人かが走ってこちらに向かってくる。
「マティアス様、大丈夫ですか?」
「君たちは何者だ!?」
「ここにどうやって来た!?」
「マティアス様に何をしていた!?」
走ってきたのは大人の男たちでマティアスと二人の間に割って入り、乃愛と杏奈を質問攻めしようとする。現状を全く把握できていない二人にとっては厳しい時間が始まろうとしていた。
二人にとってマティアスは非現実的な存在であったが、新たに登場した大人たちが現実に引き戻してくれる。
「……えっと」
乃愛が必死に考えを巡らせていると男の一人が剣を抜いてしまう。普通に剣を持ち歩き、女子高生を相手に剣を構えてしまう世界は二人の日常とは掛け離れていた。
杏奈は男たちの動きから目を離さないように鞄を地面に置き、乃愛の前に移動して警戒の構えを取った。
「このお二人は迷子を探しにきただけで、怪しい人ではありません」
マティアスが凛々しく集まってきた人たちに説明をしてくれた。乃愛も杏奈もマティアス『様』と呼ばれていたことには気付いていたので主従関係があることは察していた。
と同時に、さっきまで泣いていたマティアスが凛々しく二人を庇ってくれた言葉に少しだけうっとりしてしまう。
「……迷子探し、ですか?」
「はい。探すことに夢中になって、どうやら私たちも迷ってしまったみたいなんです」
苦しい言い訳と分かっていながらも乃愛が付け足した。
現状、これが精一杯の説明であり、下手な嘘をついても逆効果になってしまう。集まった男たちはコソコソと相談をしているが、乃愛と杏奈をどうするか迷っているらしい。
「あらあら、これは何事ですか?……マティアス様が考え事をされているのに騒がしくしてしまって」
ここで新たな人物が登場してきた。女性のような口調、少し派手な服を着て化粧をしているが男性である。
「あっ、申し訳ありません。ヘルムート様」
もう一人『様』と呼ばれる人物がこの場に現れたことで二人の環境は劇的に変化することになる。
二人はヘルムートに観察された後で屋敷に招待されることになってしまった。そして、マティアスやヘルムートたちと食事を一緒にとり、滞在するための部屋まで与えられた。
乃愛と杏奈で一部屋だったが、広い部屋にベッドは別々で衝立で仕切られており個人のスペースは確保されていた。また、大きなテーブルが用意されており共用スペースとして活用できる。
「立派なお部屋」
「ええ」
「とりあえず、助かったってことになるのかな?」
迷子探しをしていただけのはずが、一転して自分たちが危機的状況に陥ってしまっていた。
「これまでの状況を確認したいんだけどいい?」
「もちろん」
「これって、やっぱり異世界だと思う?」
「そうね。ハルティング王国なんて聞いたことないもの」
「そうよね。私たち帰宅途中で国外に出てもいないしね」
ヘルムート邸に向かう途中に見た人たちや風景も全く違う世界であり、食事中に聞いていた会話も驚きの連続だった。これまでは二人以外にも人がいたので『異世界』として話をすることが出来ずにモヤモヤしたまま過ごしていた。
「神社の林道で異世界に飛ばされちゃったのかな?」
「でも、二人でいる時で良かったかも」
「それは私も思った。一人だったら、もっと混乱して訳が分からなくなっていたと思う」
「私だって」
異常事態ではあるがジタバタしても始まらないので、気持ち的には諦めてしまっている。諦めてしまっているが二人揃っていることが幸いしていた。
「……帰れるのかな?」
「それは……。今考えても意味ないのかも」
「そうだよね。元居た世界でも私たちがいなくなって大騒ぎになってると思うし、こっちの世界で生きることを優先させないとダメね」
「そうね。こっちの騒動にも巻き込まれてる感じだから」
最初に会った時にマティアスが泣いていた理由、マティアスやヘルムートの立場なども教えてもらい状況は理解出来ていた。
二人が異世界転移している状況に落ち着いていられる理由は『マティアス』にもある。
「マティアス君、この国の王子様ってことだよね」
「ええ、お兄さんが三人いるみたい」
「兄弟四人で次の国王の座を取り合ってるんでしょ?長男が継ぐんじゃなくて優秀な王子が次期国王ってこと?」
「そうみたいね。マティアス君は国王の座に興味ゼロだけど」
「興味があったとしても難しい状況になってる。……って言うか、マティアス君が一番不利になるように仕組まれてるって感じがした」
「ええ、聞いてるだけでも期待は薄いと思う」
ここで乃愛は眼鏡をかけてノートを開いた。シャープの芯をカチカチと出して、これまでの話を自分たちなりに整理するつもりらしい。
「中心にはハルティングの王都があって、東側の領地が第一王子、西側の領地が第二王子、南側の領地が第三王子」
「そして、第四王子のマティアス君は北側の領地ね」
「それぞれの領地を王子たちが統治して、三年後に『どの領地が一番反映したか?』で国民投票をして一番になった領地を治めていた王子が次期国王ってこと?」
「そんな感じだった」
「それぞれの領地は隣国との小競り合いもあるみたいだけど、北の領地は色々不利な条件も別にあるみたい」
「そうね。……あと、マティアス君は兄弟からも嫌われてる感じだった」
「嫌われてる……、理由は絶対にマティアス君が美しすぎるから嫉妬されてるのよ!」
「激しく同意するわ!」
ここだけ二人の意見がブレることはなかった。二人はマティアスを生物の最上位として認識しており、異世界転移しているという危機的状況にあってもマティアスに味方したい気持ちが強かった。
おそらくは現実世界で出会うことの叶わない美少年を前にして、二人は好機とすら考えてしまっている。
「……でも、ヘルムートって人も怪しくない?」
「どうして?北の領主がヘルムートさんでマティアス君を支援してるんでしょ?」
「だって私たちって、あの場面ではすごく怪しい存在だよ?……それなのに、『女の子がこんな場所にいては危険よ。私の屋敷にいらっしゃい』なんて普通言える?」
「……そうかもしれない。でも、それで助かったのも間違いない」
「次期国王の座を争ってる一大事に得体の知れない私たちを連れてきて、その話を全部聞かせてくれるんだよ。マティアス君を支援してるのなら私たちがスパイの可能性も疑わないと」
「何か企んでるってこと?」
「……それは、まだ分からない」
それからも二人は結論の出ない話を続けていたが、不安な気持ちで眠れなくなっていたことを隠したかっただけかもしない。
「……『帝王学のススメ』できなくなっちゃったね」
「ええ、それだけが残念」
乃愛と杏奈は家も近くて幼稚園から一緒だったが、性格も違えば得意なことも全く違う。
乃愛は髪も短く切って活発な印象を持たれがちだが、読書が好きで勉強が得意だった。勉強と言っても学校で学ぶ教科に留まらず、広く興味を持ったことを徹底して学ぶスタイルであった。好奇心が強くてコミュニケーションを取りながら新しいことを学んでいく。
杏奈は髪を長く伸ばして和服が似合うタイプの美人だが、体を動かすことが得意だった。親が剣道の師範ということもあり幼いころから剣道を続けている。それ以外の武道にも関心があり積極的に参加していた。冷静な態度で誤解されやすいが優しい性格で誰かを守るために鍛錬していると考えている。
そんな二人が共通しているのは『ショタ』好きであること。見ているだけで幸せになれる少年は守るべき存在であり、純真なまま大人になってほしいと願っていた。同時にハマった育成ゲーム『帝王学のススメ』は幼少期から青年社長へ育成するゲームで、世間的な評価は低かったが二人は熱中していた。
※※※※※
「あれがマティアス君の兄弟たちって信じられる?」
「いいえ。あれは別の生き物ね」
数日が経って二人は怒っていた。異世界であることは確定的であり、二人は自分たちの出来ることを考えていた。帰ることを諦めたわけではないが、この世界で無為に過ごすことはしたくないと話し合っている。
そんな中、近況の確認という名目で兄の王子たちが次々にマティアスの元へ訪問してきた。三人とも態度が悪くマティアスを見下すような言動ばかりで二人は激怒していた。
「見た目の問題じゃないわね、あれは。イケメン男子じゃなくても内面でカバー出来ることって多いと思うの」
「そうね。性格が良ければ全然違う」
「あの三人がマティアス君よりも優位な立場にいるのは許せない!」
「ちょっと先に生まれてきただけで納得出来ないね」
マティアスと触れ合う中で二人は彼が気配りも出来る優しい男の子だと確信している。ただし、優しさが仇となり兄弟たちの圧力に屈してしまっている節があった。
「第一王子のブルーノ、第二王子のマルコ、第三王子のユルゲン。それぞれ金と暴力を使って支配するタイプだけど、第三王子がちょっと頭を使うかも」
乃愛はノートを広げて情報を書き込んでいく。まだまだ情報量に乏しいが、この世界でのことを記憶することを忘れないようにしている。
「そうね。でも、ヘルムートさんが領主になって少しは改善しているらしいけどマティアス君はかなり不利みたい」
「うん。ただでさえ寒くて農作物が育ちにくいのに隣国からの監視とかで人手を取られてるみたい」
「人手不足だから私たちも巻き込もうとしてるのかな?」
「それはどうかな。……少し違う気がする」
情報を整理しても明るい材料は少なかったが、そんなマティアスを支援するために領主になったヘルムートの存在に謎が残る。それまでは王都で暮らし、かなりの資産家だったので火中の栗を拾うようなものだった。
「いくらヘルムートさんがお金持ちでも個人の資金では限界があると思うの。……やっぱりマティアス君は」
乃愛は最後まで言わなかったが杏奈には伝わっている。誰が見てもマティアスを除いた三人で競い合う様相になっていた。そこに女子高生二人が参加したところで状況が好転するとは考えにくい。
「……でも、この状況でマティアス君が卑屈になっていくことは避けないといけないわ」
「えっ?」
珍しく杏奈が力強く乃愛に提案してきた。自分の意見を言うことはあるが普段と様子が違っているように乃愛は感じる。
「さっきも兄弟のことを話していたけど、人間って内面が容姿にも影響すると思うの」
「……それはあるかも」
「あんな風に見下されてるのに耐え続けて、無力さを抱いていたらどうなると思う?」
「卑屈になる?……それとも無気力な人間になっちゃう?」
「ええ、マティアス君がそんな大人になるのを乃愛は許せる?」
「許せない!」
ここでも乃愛と杏奈の意見は一致していた。
「『帝王学のススメ』をリアルで再現してみてもいいのかな?」
「動機は不純かもしれないけど、私たちに出来ることはやってあげた方がいいと思う。たとえマティアス君が次期国王になれなかったとしても価値はあると思う」
「私たちが持ち込んだ学校の菜園で収穫した物とか色々な本とかも役に立つかな」
「ええ、乃愛の知識も絶対に役立てられると思う」
「この世界では戦う力の必要みたいだけど、杏奈がマティアス君を鍛えてあげられるし」
「私たちの得意なことが役に立てられるのなら素敵よね!」
少しだけ不謹慎だという思いは残っていたが、異世界に飛ばされてしまった不条理と向き合うためには娯楽性も必要になる。
「最終目標は?」
「クリア条件ってこと」
「まぁ、そうなるかな?……でも、マティアス君の人生だからクリアにはならないよ」
「うん、もちろん。それなら、マティアス君が素敵な大人の男性に育つようにサポートするってことになるよね?」
「えぇ」
「次期王様はクリアボーナスみたいなものって考えておけばいいかな?」
「そうね、私たち二人なら絶対にマティアス君を素敵な男性に育成できる」
二人の好みは完全に一致していることも確認済み。好きになるキャラクターも同じで意見交換をすることはあっても喧嘩はなかった。
乃愛と杏奈は立ち上がって、しっかりと握手を交わす。
異世界でリアル育成ゲームをすることになったがマティアスという存在が二人に覚悟を決めさせていた。お互いに相手を信頼しているからこそ自信を持っていられる。
「三年後にある投票に向けて、まずは『三匹の子ブタ』ね」
「どういうこと?」
「焦らずに驕り高ぶることなく堅実に!これを皆にも伝えておかないと」
異世界の初仕事は『三匹の子ブタ』の紙芝居を制作することになったが、それでも明確な目標を持って進んでいけることは楽しかった。
人助けしたいのではなく美少年育成であり、不純な動機であることは素直に認めていた。それでも不安をかき消すように二人は突き進む。