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怒っていますか?

作者: ブルング




 朝の9時。私の夫がバタバタと急いで準備して、出かけようとしている。


 あんなに起こそうとしたのに、彼はずっと唸るばかりで起きてくれなかった。きっと昨日の夜更かしのせいだ。


 昨日、彼はなんでか夜遅くまで泣いていた。嫌なことでもあったのだろうか。


 私はそんな彼を心配しつつ、洗い物をする。今日は朝食を用意できなかったから、昨日の夕食の分の洗い物だ。


 そんな私をよそに、彼は黒色のスーツを着て、玄関のドアノブに手をかける。


    

       「あっ!お弁当………」



 私は、彼がお弁当を忘れていることに気づき、声をかける。しかし、すでにそこには、空っぽの空間とドアの閉まる音だけが残されていた。


    「もう……せっかくお弁当用意したのに……」


 

 私はテーブルに残されたお弁当を見つめてつぶやいた。


   

     「やっぱり……怒ってるのかな……」


 私は俯いて言った。というのも、彼と私は昨日喧嘩をしてしまった。本当に些細なことだったけど、少しヒートアップしすぎてしまった。


 彼は家を飛び出した私を追いかけて謝ってくれたけど、私はまだ謝れていない。


    私は椅子に座って"はぁ"とため息をついた。


  (新婚だって言うのに、この空気感じゃまずいよ)


 私はなんとか仲直りする方法を模索する。だけどなかなか思いつかなかった。


 とにかく話す機会が欲しい。それさえあればなんとかなる。


    (話すためにはどうすれば……あっ…)


 私の目の前には、忘れ去られたお弁当があった。これを届けに行こう。そして謝ろう。そう思い立ってから、出かける準備が整うまでには、そう多くの時間はかからなかった。


 

 私は急いで家を飛び出して、エレベーターに飛び乗る。手にはお弁当と"愛してる"のメッセージカード。

 

 こんなこと普段はしないから、私はとってもワクワクしていた。きっと他人が見たら、ルンルン気分なのは丸わかりだろう。


 やがて、地面に押し付けられる感覚と共に、エレベーターのドアが開く。そして私は、エントランスへと向かう。


 ここはオートロック付きのマンションだから、鍵を持ってないと大変なことになってしまう。私はポケットを念入りに確認して、鍵があることを再確認する。


 そして自動ドアの前に立ったのだが、なぜだかドアが開いてくれない。私は影が薄い方だが、ここまでとは思いもしなかった。


 手を挙げて頑張って感知してもらおうとする。しかしいくらやっても開かない。


 やがて別の住民がやってきて、その住人に反応してドアが開く。おかげで外に出られたが、あの姿を他人に晒したのはかなり恥ずかしかった。


 私は外の空気を目一杯吸い、深呼吸する。やっぱりここの空気は美味しい。そんな気がした。


 私は早歩きで歩き出す。幸い、彼の向かった場所は知っていた。ここから歩きで向かえば、30分と言ったところか。


 30分間歩くのは結構大変だけど、彼の反応を思い浮かべながら歩いていると、不思議と全く疲れはしなかった。


    (これが愛のなせる技なのかな〜)


 私はニヤニヤしながら歩いていく。ごくたまに通行人から変な目で見られるけど、気にしないでおこう。気にし始めれば、きっと穴を探し始めるだろうから。


 すでに家を出て15分。期待も膨らむけど、それと同じくらい不安も大きく膨らんでいた。


 私は昨日、彼に酷いことを言ってしまった。だからもしかしたら、許してくれないかもしれない。もしかしたらあの泣いてたのだって、私のせいかもしれない。


 そう考えると、少し瞳から涙が溢れてきた。最悪を想定すると、本当に怖かった。


     (ダメダメ!考えすぎちゃ!!!)


 私は自分のほっぺたをつねって心を落ち着かせる。考えすぎるのは私の悪い癖だ。私は、指で口角を無理やり上げて、笑顔を作り出す。


  (彼は私の笑った顔が好きって言ってたからね!)


   私は心の中で、彼のプロポーズを思い出す。


 『あなたの笑った顔が好きなんです。その笑顔を守らせてください!』


 今から3ヶ月前。彼からはその言葉と共に、指輪を手渡された。本当に嬉しかった。今までの人生で一番幸福だった。


 その後、新婚旅行に行った。彼との新婚旅行は本当に楽しかった。心から笑ったし、心から幸せだと思った。私は、彼と笑い合っている時間が好きだ。彼の笑い声を聞くのが本当に好きだった。


 彼は私の料理を美味しい美味しいと言って食べてくれた。その姿が愛おしくて、たくさん作ってあげた。


 他にも、たくさん。たくさんの思い出があった。そしてこの喧嘩も、その"たくさん"の思い出の中の一つだと思えば、不思議と愛おしく感じる。


 この思い出たちを、絶対に忘れたくない。そう思った。


 やがて目的地に到着する。私の実家だった。瓦張りの古めかしい見た目をしていて、扉は昔ながらの引き戸だ。


      私はその扉を開けて中に入る。


(そういえば、彼は初めてここにきた時、ものすごく緊張してたっけ……)


 私はその時の彼の姿を思い浮かべ、ふふっと笑った後、家に上がる。おそらく彼は客間に居るだろう。


 私は彼に何を言うか考えながら、ゆっくりと客間の扉へと近づいていく。


 客間に続く扉の前に立って覚悟を決める。ふーっと深呼吸をする。そしてその扉を開ける。


 扉を開けるとそこには、たくさんの花が飾ってあった。そして私の写真もそこに置いてあった。


 私は、今まで見えないふりをしていた現実に、胸が苦しくなった。


 そこでは私の通夜が行われていた。母も、父も、友達も、そして彼も、暗い顔をしている。


 私は知っていた。最初から私の姿は誰からも見えていないこと。見えたとしても、私だって分からないこと。彼を泣かせてしまったのは、私だってこと。全部全部分かっていた。


 私は昨日死んだ。トラックに跳ねられたのだ。喧嘩して、家を飛び出して、私の不注意で轢かれて死んだ。


  彼は力無く倒れていた私を抱き上げて、泣きながら謝っていた。私はその光景をただ眺めることしかできなかった。


 朝ごはんが無かったのも、彼が私の声に答えなかったのも、全て私がそこにいないから。


 私は今にも泣きそうな彼に近づいて、背中をさすってあげる。だけど、私の手は虚しく空を切る。


 彼に触れることも、彼と話すことも、もう2度とできない。彼の声はこんなにはっきりと聞こえると言うのに。


 私は、今まで抑えていた涙を抑えきれなくなる。そして叫ぶ。


「どうして!!!ねぇ、神様!!!なんで!!!なんで謝ることもさせてくれないの!!!!!うぅ…」


 こんなに大声を出したのに、誰も反応してくれない。孤独と、やっと手に入れた幸せが目の前で壊れていく光景が、私を嘲笑っていた。


 「ねぇ……あなた。いろんなことしたよね!!私たち…」


  涙が止まらないけれど、無理やり笑顔を作って彼に思いを伝える。


  「本当に楽しかったんだよ!本当に…本当に……」


「ごめん…ね。意地張っちゃって。こんな性格だから、いっぱい迷惑かけたよね」


「ありがとう!!!私の笑顔を守ってくれて!!!!愛してます。本当に!心の底から!!!」


 しかし彼は私の声にはまったく反応してくれない。もっと早くに言っておけば良かった。そんな後悔が私の心を支配する。私はまた一人泣き始める。


 私は直感で分かっていた。この通夜が終わる頃には、私はこの世にとどまっていられなくなると。


 私の体が薄くなり始める。少しずつ私が消えていく感覚に恐怖する。怖い。怖い。怖い。いなくなりたくない。ずっとそばにいたい。ずっとそばにいて!!!


     私は消えゆく中で、彼に言った。


 「ねぇ…私の最後のわがまま聞いて欲しいんだ!!」


 彼の頬に手を当てる。決して触れられはしないけど、温かい気がした。


      私は彼の目を見ながら言った。


「笑ってよ……あなたと笑い合う時間が、世界で一番好きだから!!!」


 だけどその言葉に返事はない。私は再び泣き出してしまいそうになる。そして、どんどんと体が粒子となって消えていく。私はずっと泣いていた。


 下半身が全て消えて、ゆっくりと腰、胸、首と消えていく。諦めかけたその時、私は彼に言った。


  「私を笑顔にさせてよ!!ねぇ!!!!お願い……」


     その言葉は、この世界に木霊した。


 彼は驚いた顔で私の方を見ていた。まるでそこにいるはずのないものが見えているかのように。


 彼の目から涙が溢れる。だが、すぐにそれを拭って笑顔を作る。そして優しい声色で言った。

 


          「愛してる」



 その言葉を聞いた私は、涙を吹き飛ばすような笑顔で言った。

      

          「私も!!!」


 私はそっと彼にキスをする。その刹那、私と言う存在は、自我は、この世界から霧散して消えてしまった。私は祈った。またいつか、会えますように、と。

















 




  



       


      




     「あなた、待たせすぎだよ!!!!」

 

 

 





 

 皆さん初めまして、ブルングです。


 誤字脱字等ありましたら、コメントで指摘していただくと嬉しいです。(他にも、ここが読みにくい などのコメントもお待ちしています)


 

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