1-6.初めての武器屋
ブルームシティの武器屋は客が10人も入ればいっぱいになるくらいの小さな武器屋だった。
木造の店内は入った正面にガラスの陳列棚と受付があり、受付の横には扉、それ以外の壁には様々なサンプルの武器が沢山掛けられている。
明かり取りの窓から燦々と陽の光が注ぎ、意外なほど店内は明るく、少々埃っぽいが思ったよりも全然清潔だ。
武器屋には1名先客が居るだけだった。
皆、ゲーム開始直後で金が1,000Gしかないのと、最初は初心者の○○シリーズで十分だからなんだろう。
店の商品棚に陳列されている武器の種類も左程多くなく、初心者シリーズ以外には黒灰石の○○シリーズと銅の○○シリーズの一部しかない。
控え目に言って、ショボい。
目当ての初心者のメイスの値段は700G。
黒灰石のメイスは1,500G。
黒灰石より上のランクのメイスはこの店には無いようだ。
やはり最初は初心者のメイスの二刀流で行くしかないんだなぁ。
とは言え、コレを買うと残り300Gしか残らんし、どうするか…
悶々として初心者のメイスをずっと見ていると
「アンタ、メイス使いなのか?」
店の主人が声を掛けてきた。
色黒で背はさほど高くないが、半袖シャツに前掛け姿の全身筋肉の鎧みたいな白い髭のオッチャンだ。
「俺はここのオーナーで鍛治師のバルクだ。
アンタ、メイス使いなんだろ?
異人は剣か槍か杖ばかりだからな。
つい声を掛けちまった。
さっきから初心者のメイスを恨めしそうにジーッと見てるが、どういうわけなんだい?
アンタ、既に初心者のメイス、持ってんじゃねえか」
「あ、あぁ。
俺はクロードと言います。
お察しの通り、異人のメイス使いです。
コイツを見てたのはメイスの二刀流をやろうと思ったからなんですが…」
「メイスの二刀流!?
ちょっと聞いたことねぇな…」
「あぁ。
俺はスキルに…」
俺がスキルを口にしようとすると、バルクが慌てて手を上げて小声でそれを制した。
「あーっちゃっちゃっちゃっ!!
これだから異人はなっちゃいねえ。
迂闊に人前でテメェのスキルをベラベラ話す奴があるかよ。
コッチついてきな。
場所変えるぜ」
そういうと、カウンター横のドアを開けて俺を手招きした。
大人しくノコノコついていくとドアの向こうは天井が高くかなり大きめの天窓から陽光のさす明るく広い部屋になっていた。
地面は剥き出しの土で、所々にカカシのような人形が立っている。
「ここは武器の斬れ味なんかを確認する為の部屋さ。
一応、ギルドの訓練所にもヒケを取らねえ作りになっててな、少々斬撃を飛ばそうが魔法をぶっ放そうがびくともしねえ結界を張ってる。
アンタ、メイスで二刀流やろうってんだから何かしらそれっぽいスキルを持ってんだろうが、ちゃんと試して出来ると確信してからモノを買うのが常識ってもんだぜ」
そう言うとバルクは俺に初心者のメイスを手渡してくれた。
「それ、貸してやっから、メイス二刀流なんてものが上手くいくのか試してみな」
「あ、有難うございます。
でも俺、今迄メイスなんて振った事無いんですよね。
大丈夫かな」
「はぁ?
ギルドでメイスの訓練を受けてねえのかい」
「冒険者養成講座は当分休講らしくて…」
「なるほどなぁ。
アンタら異人が今朝から急に現れたもんだから、ギルドもその対応に終われているって事か」
「はぁ、そうなんですね」
「んまぁ、そんな事ぁいいんだ。
何はともあれ、ホラ、しっかりメイスを握って、型なんざどうでもイイから思うように思いっきりメイスをあの人形に叩きつけてみな」
「わ、分かりました」
バルクにドンと背中を押されてカカシのような人形の前に立つと、両手にメイスを持って深呼吸を1つ。
すると、戦槌術[C]のスキルの効果なのか、メイスをどう構えてどう振るのかが自然と頭に浮かんできた。
アーツ<パワースマッシュ Lv.1 MP2>
足を肩幅に開き、軽く膝を曲げて、腰を落とす。
軸脚、俺の場合は左脚を前に出して半身の体勢。
利き手、俺の場合は右手でメイスをしっかり持ち、右後方に大きく引く。
この時、不自然に力まず、メイスが下を向かない程度の力で十分なので、それ以外は出来る限り脱力する。
左手は腰の高さに添えて、メイスが股間をガードするように持つべし。
構えが出来たら、利き脚を前に踏み込みながら利き手のメイスを一気にコンパクトに振り抜く!!
振り抜いた後、今度は先程の構えとは左右反対の状態に構えているべし。
「行きます」
そう言うと、俺は頭の中に浮かんでくる映像そのままに構え、思いっきりカカシを横からぶっ叩いた。
カカシは根本から左にぶっ倒れたかと思うと直ぐに起き上がってきたので、今度は前に出した右脚を後ろに引きながら左手のメイスで反対側から思いっきり殴り付けてみた。
カカシは根本から右にぶっ倒れ、直ぐに起き上がってくる。
面白い。
今度は左脚を前に半身の体勢のまま、両方のメイスで左右からドゴンドゴンぶっ叩いてみる。
カカシが面白いように左右に跳ね、倒れ、滅茶苦茶に爽快だ。
面白くって思わず笑いながらぶっ叩いていたら、
「ストーップ、ストップ、ストップ!!
止めろ、止めろ!!
お試し人形がブッ壊れちまう!!」
と、バルクが背後から羽交い締めしてきたので手を止めた。
「アンタ、スゲェな!!
あんな凄まじいアーツのチェーン、王都ですら見た事ねえぜ!!
アンタ、本当に素人かよ!?」
「は、え!?
アーツのチェーン?」
「あ!?
アーツのチェーンだよ、アーツのチェーン!
ん?
分かんだろ、アーツのチェーン。
アーツによる連続攻撃だよ」
「えーと…
俺、今、アーツ使ってたんですね…
知らなかった」
「はぁぁあ!?
知らねえままアーツ使ったってのかよ!
つうか、アンタ、あんなにアーツ連射しといてMPやVITが枯渇しねえのかよ」
「MPとVITが枯渇!?」
慌ててステータスをオープンすると
「あぁ、あぁ、ああ!!
ステータスが丸見えだよ!!
その情報は誰にでも見せていい情報じゃねえだろ。
ったく、異人ってのはどうなってやがんだ。
ホレ、ステータスが他人に見えないように設定しやがれ!」
俺がモタついてるとバルクがステータス画面の設定メニューの場所を教えてくれて、ステータスの開示条件を設定するのだと教えてくれた。
今は「オープン」になっていたので、「許可した人だけにオープン」に変更しておく。
「アレ?
アンタ、設定変更してねえのかい?
まだステータスが丸見えなんだが」
「いや、バルクさんならいいかなぁって。
信用出来そうだし。
駄目でしたか?」
バルクは呆れたように顔に手を当てて
「いや、駄目じゃねえけど、さっき会ったばかりの俺なんかを簡単に信用したら駄目だろって話で…
ったく、コレじゃ赤子と変わりゃしねえじゃねえか」
と言いながら、何となく照れたような顔をしている。
「しょうがねぇ。
ホレ、ステータス画面見せてみろ。
ん?
VITもMPもまるで減ってねえじゃねえか。
どうなってやがる…」
「何かおかしいですかね…」
「いや、おかしかねえんだが…
アンタ、いやクロード。
お前さん、さっきアーツのパワースマッシュを使ったよな?」
「パワースマッシュですか?
いや、ちょっと分からないんですが…」
「自分で使っておきながら分からねえってこたぁねえと思うんだが…
よし、分かった。
もう一回、目の前でやってみてくれ。
今度はステータスを表示したまんまだ」
「分かりました」
俺は改めてカカシの前に立って、もう一度左右のメイスの連続叩き付けを何度か繰り返した。
すると今度はカカシにメイスを叩き付ける度にカカシから数値がポップアップされるようになった。
メイスを叩き付ける度に60〜90前後の数字がポップアップされ、たまに100近い数字が飛び出る事もある。
「よし分かった。
一旦止まってくれ」
バルクから声が掛かったのでストップすると、バルクは何かに気付いたような顔をして、俺のステータス画面に釘付けになっていた。
「なるほど…
そういうことか。
コリャえげつねえな」
「ん、何か分かりました?」
「あぁ。
多分な。
次な、パワースマッシュって声に出しながら人形を一発叩いてみてくれねえか」
「了解です」
またカカシの前で構えると、今度は「パワースマッシュ!!」と叫びながらカカシにメイスを叩き付けた。
すると今回は、メイスを振り抜いた後に僅かに身体が硬直してしまい、直ぐには折り返しの左の叩き付けが出来なかった。
カカシからは51という数字がポップアップされた。
「なるほどな。
完全に分かった」
バルクがニヤリとしながらこちらを向いた。
「クロード、お前さん、凄まじい戦士になれるぜ」
バルクが俺に説明してくれたのは以下の通りだ。
俺が最後に使ったのは正真正銘のアーツ<パワースマッシュ>である。
その証拠にMPが2減少し、VITも相応量減少しているし、何よりアーツ特有の使用後の硬直が発生していた。
バルクがアーツだと思っていた俺の攻撃は、メイスによる通常攻撃だった。
但し、スピードや威力はアーツ並みか下手すればそれ以上であり、それは恐らくスキル:装備武器重量無視[UR]の影響によるものだと思われる。
装備武器重量無視[UR]の影響で、俺は数kgの重さの武器を、箸でも握っているかのように軽く使う事が出来、そのせいで武器の振りや切返しが異常に速いだけでなく、構えが崩れにくくなり、結果的にナチュラルにスキルの補正無し(つまりMPによる補正無し)でアーツを繰り返し連続でぶっ放している。
纏めると、どうやら俺は
・装備武器重量無視[UR]の影響で、
・MPやVITの補正無しで、
・硬直時間やタメ時間無しで、
・高火力のアーツを通常攻撃同様に使える
という事らしい。
「クロード、コレは凄まじい事だぞ」
バルクが手に初心者のメイスを持つと言った。
「お前には特別に俺のステータスの一部を見せてやる」
そう言うと、バルクはステータス画面を開いてステータスの一部を見せてくれた。
名前:バルク
種族:ヒューム Lv.**
年齢:**
性別:男性
職業:***************
武器:
右手:初心者のメイス
左手:ナシ
ステータス:
HP:***
MP:**
VIT:**
STR:90
DEF:**
INT:**
MND:**
DEX:**
AGI:**
LUC:**
PP:**
バルクのステータスを見た瞬間、アナウンスが発生した。
『鑑定[C]のアーツ、<ステータス鑑定 Lv.1>を習得しました!!』
それはともかくとして。
「凄いSTRですね」
「鍛治師になる前は辺境伯の所で騎士やってたからな。
んまぁ、今回言いてえのはそこじゃねぇ。
いいかい。
攻撃力ってのは基本的にはその人のSTRと武器の攻撃力を基本に決まる。
んまぁ、当たりどころが良いとか悪いとか、相手の防具がどうであるとか、運の善し悪しとか他にも色んな要素があるんだろうが、さっき言った通り、基本的にはSTR+武器の攻撃力なワケだ。
今、俺のSTRが90で、初心者のメイスの攻撃力が8だから、合計すりゃ98の攻撃力になるわけだ。
こんな風にな」
と言うと、バルクは手にした初心者のメイスでカカシをぶん殴った。
カカシから飛び出た数字はピッタリ98だった。
「因みに初心者のメイスのステータスはこんな感じだよ」
そう言うと、目の前に初心者のメイスのステータスが表示された。
名前:初心者のメイス
種類:メイス
作者:バルク
レア度:C
品質:2
攻撃力:8
耐久力:♾
属性:ナシ
重量:2,200
素材:エデルの木、白灰石
値段:700G
その他:メインジョブLv.10以下のみ装備可能
『鑑定[C]のアーツ、<武器鑑定 Lv.1>を習得しました!!』
「つまりだな。
お前さんは今戦士Lv.1でSTRが20なんだから、初心者のメイスで人形をぶっ叩きゃ28って数字が出てくるのが普通なワケだ。
にもかかわらず、お前さんが人形をぶっ叩いて弾き出した数字は60〜90近い。
って事は、お前さんはLv.1の初心者の分際で、バラツキはあるが中堅冒険者並みの攻撃力を手にしてるってこった。
しかも、アーツのチェーンや通常の連続攻撃よりも、お前さんの攻撃は攻撃の間隔が異常に短くて速い。
ここらの雑魚モンスター程度じゃお前さんの敵にはならんだろうよ」
「な、なるほど…」
「なんでぇ、あんまり嬉しそうじゃねえな」
「い、いや、そうじゃなくて。
自分が思ってたよりも遥かにメイス二刀流というか例のスキルが凄まじくて、ちょっとビックリしてるんです」
思わず自分の両手をマジマジと見てしまう。
コリャ、「本当に」ズルワーンに再び会ってスキルのお礼を言わねば。
「それはそうと、何故、武器が軽くなるとアーツが通常攻撃で使えるようになるんですかね?」
「おっと、そうだ。
その説明が漏れたな。
アーツってのはな、ある種の最適化されたテンプレートなんだよ。
それが纏まっているのがスキルってワケだ。
アーツを行使すれば、最適な動作を身に付けてない人でもMPを代償に最適化された動作を判で押したように実行する事が出来る。
でも、その最適化された動作ってのをアーツをイチイチ利用する事なく実現したら、当然、アーツを行使したのと同じ結果を享受出来る。
そういうのをナチュラルアーツって呼ぶんだが、お前さんの通常攻撃は例のスキルのお陰で凄まじいスピードでブレずに行われているからナチュラルアーツだと判断されているんだろうなぁ」
「なるほど…
そうすると、例えば慣れてしまえば魔法なんかもMP無しで実行出来るようになったりしますか?」
「アーツの実行に必要なMP消費を無くす事は出来るだろうが、そもそも魔法の構築や実行のための燃料としてのMP消費はナシには出来ないな」
「なるほど」
「アーツの中にはMP消費を伴わないモノもありますが、それはどういう扱いになりますか?」
「MP消費が元々無くてナチュラルアーツとアーツの境が無いわけだから、ON/OFFくらいしか気にする必要ないわな」
「ON/OFFが出来るんですね、スキルって」
「そりゃ勿論。
例えば鷹の目って遠くを見るスキルがあるんだが、当然近くを見る場合には無用の長物なワケでOFFが出来なきゃ不便で仕方ねえよ」
「納得しました」
今回はメイスを左右にぶん回したワケだけど、アーツの事をよく知って、それを普通に出来るようにしたらとても有利なんだな。
アーツの事をよく知って、反復練習が必要だな。
「あ、そうだ。
話は変わるんですが。
バルクさん、1つ質問があるんです」
「なんでぇ」
「バルクさんはズルワーン様という女神様をご存知ですか?」
「ズル…なんだって?」
「ズルワーン様です。
時を司る女神様だと思うのですが、その女神様にお礼を伝えたいのです」
「ズルワーン様ねぇ…
ちょっと聞いた事ねえなぁ。
そのズルワーン様がお前さんに何かして下さったのかい?」
「ええ。
俺に例のスキルを授けて下さった方なのです」
「なるほどな。
そいつぁ、キッチリお礼しないとバチが当たっちまうな。
西の通りの奥にな、古い礼拝堂があるんだけど、もしかしたらそこに行けば分かるかもしれねえな。
つっても、ここサンバーン王国は20年前の大戦以降、ずーっと光神教一本槍だからなぁ。
もしそのズルワーン様が古き神だとすりゃ、礼拝堂にも記録は残ってねえかもなぁ」
「分かりました。
あとで礼拝堂、行ってみます。
色々と有難うございます。
何から何まで」
「因みに、バアルゼブルって年増のババァみたいな女神も知らないですよね?」
「おいおい…
年増か何か知らねえが、一応女神様なんだろ?
あんまり悪く言うとバチが当たるぜ」
「大丈夫です。
バチならもう当たってるんで」
「ハ!?
そりゃどういうこった…」
「いや、気にしないで下さい。
コッチの話でした。
何はともあれ、色々教えて下すって有難うございます」
「お、おう、イイって事よ。
んじゃ、この初心者のメイス、買ってくかい?」
「はい。
是非買わせて下さい」
店の方に戻ると俺はバルクさんに700Gを渡して、2本目の初心者のメイスを手に入れた。
メイスは腰のベルトに刺せるようになっているので、歩く時も邪魔にはならない。
「毎度あり。
おう、そうだ。
コレも何かの縁だ。
お前さん、武器修復の為の素材探しを引き受けちゃくれねえか?」
「素材探しですか?」
すると、目の前にピコンとウインドーがポップアップされた。
『HQ:バルクの素材集めが発生しました。
受注しますか?
Yes or No』
HQはHidden Questの略で、シナリオ進行の為のSQやギルドで受注出来るRQとは異なり、特定の条件でしか発生せず再現も難しいクエストらしい。
俺は迷わず受注を選択した。
「おぉ、受けてくれるか。
こいつぁ、助かる。
ここ最近、街の周辺のモンスターの動きが活発になってなぁ。
鉱山やら隣の街からの物流が止まっちまって、鍛治をやろうってのにモノがねえんだ、モノが。
だからよ、助かるぜ」
「精一杯頑張ります」
「おぅ、頼んだぜ!」
俺は武器屋を後にして、今度は防具屋に向かった。
んむぅ、もっと簡潔に分かりやすく…