1-5.冒険者ギルドへ
広場の噴水の周りには俺と同じような格好の初心者の服を着たプレイヤーが溢れかえっていて、仲間の名を叫んだりなんだりでとても騒がしい。
「コレがALOか・・・」
不意に風が吹き、噴水の飛沫がこちらに降り注いできた。
その飛沫が飛ぶ様や、それが顔に当たった時の濡れた感覚、溢れかえるプレイヤー達の作り物のアバターとは思えない表情、街の喧騒、何処か埃っぽい匂い。
風に煽られて揺らめく噴水。
水面の波紋。
見上げると真っ青な空に白い雲。
眩しい太陽。
コレが本当に作られた絵なのか?
そのどれもが、それが作り物ではなく、今そこにある現実だと主張していた。
「ゲームの中とは思えないな…」
ちょっと感動して辺りを見廻すが、辺りは黒山の人集り。
陶然と物思いに耽ることは憚られる状況の為、早々にその場所から移動する事にした。
あまりにもプレイヤーが多くて移動も難儀するほどだが、辺りのプレイヤー達の話を盗み聞きしていると、自分の向かうべき場所は自ずと見えてくる。
大雑把に今後の活動内容を決定。
1.冒険者ギルドで冒険者登録する
2.周囲のフィールドの情報収集
3.幾つかの採集系クエストを受注
4.幾つかの討伐系クエストを受注
5.武器屋に移動し、もう1本メイスを購入
6.防具屋に移動し、防具を確認
7.食べ物屋で食べ物購入(飲み水は生活魔法)
8.薬屋でポーション購入
9.フィールドでバトル開始
というわけで、最初は冒険者ギルドへ向かう流れに乗る。
歩いていると
『BGMをONにしますか?』
というシステムメッセージが表示されたので、ONを選択する。
すると、耳障りにならない程度のボリュームで田舎の村をイメージさせるようなのどかなBGMが流れ始めた。
イイねぇ。
ゲームしてるって感じだぁ。
流れに乗ってタラタラ歩いていると、ピョコンとメッセージが表示された。
『始まりの街ブルームシティについての説明をご覧になりますか?』
勿論、Yes。
目の前に半透明のプレートが表示され、耳に説明が流れ込んでくる。
音声は他の人には聞こえていないようだ。
始まりの街ブルームシティは封建領主が治める辺境の小さな街という設定らしく、周囲を岩の城壁に囲まれた半径300m程度の円型の都市の中に約2,000人程度のNPCが住む、中世の典型的な田舎の小都市といった具合らしい。
現在の領主はラッセル・イアン・ブルームという小太りの男爵で、スパイスの商いで領地を潤したやり手らしいが、最近、周辺のモンスターの動きが活発になり、近隣都市との通商や往来がストップしつつあり対策に苦慮しているそうだ。
主な作物は麦や葉物野菜、外貨獲得のためのスパイス各種。
食用の兎や豚の飼育も盛んだが、肉を狙ったモンスターの襲撃も多いらしい。
名物料理はスパイスの効いたミートパイ。
城壁の周りには広大な農地が広がり、更にその外側にはモンスターが徘徊するフィールドが存在するようだ。
農地もフィールド扱いだが、農地には特定のイベントやクエスト以外ではモンスターは現れず、ある種のセーフティフィールドとなっている。
先程まで居た噴水広場はこの街を治める領主の館の前にある広場で、領主の館はこの規模の都市にしては壮麗な4階建。
噴水広場を起点として放射状に大きな通りが3つ走っていて、真ん中の通り沿いに主だったギルドや武器屋、防具屋に道具屋、薬屋などが軒を重ねる。
残りの2本の通り沿いには住民の住居等が立ち並び、その多くは農業従事者として日中は城壁の外の農地に出て働き、日が暮れる前に戻ってくる。
通り沿いの建物は木造の2階建て建築が殆どでそれ以上に背丈のある建物は殆どない。
実際の中世の都市に比べたらそこはファンタジー世界だけあって遥かに美しいが、何処か埃っぽく、長閑な雰囲気が漂っている。
流れに乗って冒険者ギルドに向かっていると、あっという間に3階建のそれっぽい建物が見えてきた。
入り口に剣と盾のマークの看板が掲げられていて、建物の前は黒山の人集りだ。
皆、考える事は似たり寄ったり。
建物の中に微かに見える受付から通りまでずっと長い行列待ちが出来ていた。
どれほど待つのだろうと見ていたら、そこはゲームっぽく『現在、先頭から214番目です。ギルド登録までの凡その待ち時間は36分です』とウインドーがポップアップ表示されて笑う。
どうやらギルドの登録処理を6人体制で処理しているらしく、1人当たりの所要時間が約1分ということなんだろう。
ギルドへの登録後の細かな説明等はギルドのマニュアルを勝手に読め、クエストはランクが低く受けられるモノも限られるため、常設クエストを勝手に受注してやってろという鉄火場仕様らしい。
大人しく順番を待っているとそのうち順番が回ってきて、あ、チクショウ、受付嬢が若くて可愛らしい美人受付じゃなくて白髪のお婆ちゃん受付の列だった。
「本日、冒険者登録を担当するミラルダよ。
見て分かる通り大変な状況だから、質問等は遠慮してね。
はい。
では、この水晶玉の上に手を乗せて」
カウンターの上には大きな水晶玉が乗っていて、下の方には何やらコードのようなものがカウンターの裏の方まで伸びている。
コレは何ですかと質問したかったが空気を読んで、無言で前の人がやっていたのと同じように水晶玉の上に右手を乗せた。
すると、水晶玉がぼんやり光って、ミラルダさんがカウンターの下から鈍く光るカードのようなものを取り出してきた。
それを見ながら、ミラルダさんが言う。
「えーと、お名前は…、クロードさん、ね。
冒険者ギルドへようこそ。
えーと、ドラゴノイド…、へぇ、珍しいわね、戦士…、ランクG。
これがギルドカードね。
無くさないように。
ギルドのルールやクエストの受注についてはこっちの小冊子ね。
今日は質問に答えてる時間が無いので以上よ。
ハイ。
分からない事があれば資料室参照。
各種冒険者養成講座は当分休講。
そのうち再開。
初級者講習受けるまでは無闇に闘ったりしない事ね。
資料室は夕方16時までで延長不可。
ドロップ品の査定や買取は裏のカウンター。
食べ物と飲み物忘れずに。
では、良い冒険者生活を」
こちらを殆ど見る事もなく一気に捲し立てると、ギルドカードと小冊子が渡されて、
「ハイ、次の方ァ」
という調子である。
あまりの流れ作業っぷりに思わず笑っていたら、
「ギルドの中で立ち止まらないように。
ハイ、そこの方、受付が済んだら速やかに移動して下さい」
とすかさず言われてしまった。
小冊子を読むのは後回しにして、クエスト情報が貼られている掲示板の前へ。
見た目は古いがインタフェースはゲームっぽく、ランクやその他条件を入力すれば直ぐに条件にヒットするクエストを検索出来る。
ランクGでも受注可能なクエストは以下の4つだった。
・薬草の採集クエスト
・解毒草の採集クエスト
・角兎の討伐/採集クエスト
・森狼の討伐/採集クエスト
・ハチミツの採集クエスト
常設クエストは態々受注手続をしなくても良いので、ギルドカードにこれらの常設クエストの情報を記録させて、クエスト情報の掲示板前から資料室に向かって移動した。
ギルドカードに記録したクエスト情報はあとからまたギルドカードの機能を用いて確認可能なんだそうだ。
資料室に来たのは、周囲のフィールドや採集可能物、出現モンスターなどの情報を見るためだ。
さぞかし資料室もプレイヤー達で溢れかえっているだろうと思っていたが、ゲーム開始早々に読み物を読もうというプレイヤーはほぼ皆無らしく、資料室には俺以外誰も居ない。
資料室は8畳ほどの広さの部屋で、部屋の壁は全て本棚になっており、過去の討伐記録や図鑑等を始めとする様々な本が置かれていた。
本のタイトルを見ると日本語のものが殆どだったが、一部、英語の本や、よく分からない言語の本があった。
試しによく分からない言語の本を手に取って開いてみると、急に
『スキル:言語[C]が習得可能になりました』
とアナウンスがあった。
ステータス画面から習得可能なスキル一覧を見てみると、確かに「言語[C]New!」と記載されている。
恐らく、ゲーム内独自の言語に関するスキルなんだろうが、いかんせんスキル獲得の為のSPがないので泣く泣くスキル獲得は見送る。
ブルームシティ周辺のフィールドについて調べると、大雑把に4つのフィールドがある事が分かった。
北の毒蟲の森、東の鉱山への山道、南の湿地帯、西の岩の草原だ。
どうやら東、西、南、北の順に敵が強いらしく、特に北は敵の多くが毒などの状態異常攻撃をしてくるようで、コレは恐らく不人気エリアであろうと思われる。
それぞれのエリアでの採集可能物やモンスターを確認する為に植物図鑑とモンスター図鑑を見ていたら、またアナウンスがあった。
『鑑定[C]のアーツ、<植物鑑定 Lv.1><モンスター鑑定 Lv.1>を習得しました!!』
『採集[C]のアーツ、<薬草採集 Lv.1><毒草採集 Lv.1><木の実採集 Lv.1><果物採集 Lv.1>を習得しました!!』
『スキル:知識[C]が習得可能になりました』
なるほど…
鑑定やら採集などはこういう図鑑っぽいモノを見ることで発現するわけか。
ということなら、恐らく武器屋に行けば武器鑑定、防具屋なら防具鑑定のアーツが発現するんだろうな。
コレは試してみねば。
取り敢えず冒険者ギルドでの目的を終えた俺は、冒険者ギルドを後にして、武器屋に向かった。