1-4.ズルワーン
「最悪だったな…」
いやいやいやいや…
よくよく考えてみたら、単なるプログラム相手に何をブチ切れていたのか、俺は。
もう200万以上突っ込んでしまったんだし、もう一度ログインしたら別のナビゲータが出てくるだろう。
そう思い、もう一度ALOのメニューをクリックした。
「またあのババァが出たら、他のゲームにしよ」
幸いな事に、今度現れたのは濃い緑のフード付きローブを着たとても若い女性だった。
「我が名はズルワーン。
時を司る者じゃ。
冒険者よ、我は其方を歓迎するぞ」
丸い銀縁の眼鏡をかけたその女性は、大きくて垂れ目がちな目に小さな鼻梁、受け口のとても愛らしい整った美貌の持ち主だった。
肌は透き通る様に白く透明感があり、というか時折実際に透き通って見え、緩やかなウェーブを描く白銀の長い髪がキラキラ光って美しかった。
ローブの下は身体に白っぽい布を巻き付けたような服を纏っており、その身体は細く、胸は大きく前方に突き出ていた。
思わずその姿に見惚れていると…
「なんじゃ?
驚かしてしまったかのぉ。
神に呪われておる割りに案外キモは小さいと見えるのw」
とクスクス笑い始めた。
「は!?」
「ん?」
「いや、その、神に呪われていると仰ったのは一体…」
「其方の事じゃよ」
「ハァァァァァァァ!?」
「いやいや、我ではなく、他の神じゃがの。
しっかり呪われておるな。
間違いない」
身に覚えがあるとしたらアレしかない。
「えーと、ズルワーン様?」
「なんじゃ」
「その呪い、解けませんか?」
「無理じゃな」
「んな馬鹿な!!」
「何をしたのか知らんが、相当強力に呪われておるな、コレは。
我の方が神格が上ならなんとかなったかもしれんがのぉ。
残念ながら同格じゃし、ここまでキッチリ呪われておるとのぉ、無理じゃな」
「あの糞ババァッッッ!!!!」
「ハッハッハッハッハッ!!
なるほど、身に覚えがあるワケか。
ならば尚更、その呪いは自分で解くしかないのぉ」
ズルワーンはローブの内側から木の枝のようなものを取り出すと、それをサッと振った。
すると、真っ白い空間に白い丸テーブルと2脚の椅子が現れた。
「んまぁ、落ち着いて座るが良いわ。
呪いの内容を教えてやるよってに」
ズルワーンがもう一度木の枝を振ると、透明なガラスのコップが2つ現れた。
中には氷と赤い液体が入っている。
「ナップルのジュースじゃ。
それでも飲んで落ち着け」
「分かりました。
頂きます」
俺は椅子に座ってそのジュースを飲んでみた。
りんご味のジュースだった。
「さてと。
では其方に掛けられたバアルゼブルの呪いについて説明するぞ。
其方に掛けられた呪いは、そんまんまバアルゼブルの呪い、じゃ」
「バアルゼブルの呪いですか」
「そうじゃ。
その呪いのお陰での、其方はもう1つスキルを所有しておる」
「スキルですか?」
「うむ。
まあ呪われて得たスキルゆえな、正直あまり良いスキルではないわ。
暴食[UR]というスキルよ」
「暴食?
どんなスキルですか?」
「平たく言えば、通常の3倍の速度で空腹度が増すというモノじゃな。
普通なら1日に3回で良い食事が、9回にしないと駄目というマイナススキルよ」
「あんの糞ババァッッッ!!」
「一応、通常の食事以外、普通なら食わんようなモノでも食えるという側面もあるがの」
「ん?
どういう事です?」
「そうじゃの。
例えば、獲物の肉をそのまま生でも食えるとか、薬草を生でそのまま食えるとか、普通じゃ食べようとしても食べられないものが食べられるの。
んまぁ、大体そういうモノは不味いんじゃが」
俺は思わず手にしたグラスを握りつぶしてしまいそうだったが必死に耐えた。
「なるほど…
暴食[UR]とかいう糞スキルの事はわかりました。
呪いの内容はそれだけですか?」
「いんや、まだあるのぉ」
「まだあるんですか…
どういうモノですか?」
「其方、まだ気付いておらんのか?」
「はい?」
「いや、其方はまだアバター未設定のつもりなんじゃろうが、ホレ」
ズルワーンが木の枝を振ると俺の横に大きな姿見が出てきたので見てみると、そこには青黒い肌で皮膚の所々に鱗のような模様のある大男が立っていた。
「なんだコリャ…」
身長は185cmほどで筋肉質。
ここまでは現実の俺と変わらないから問題無い。
問題はここからで、皮膚の色が青黒い。
しかも、所々に鱗のようなモノが見える。
思わず肌を撫で回すと、ザラザラしている。
「なんだこのザラザラは…」
皮膚の下?に鱗のようなモノがあり、ザラザラした触り心地が気持ち悪い。
「龍鱗じゃな」
「りゅうりん?
なんですか、それ?」
「其方は呪いのせいで種族がドラゴノイドになっておるからな。
ドラゴノイドとは龍の力を受け継ぐ種族での、龍鱗のように龍の性質が身体に出るのよ」
「ど、ドラゴノイド?」
「うむ。
ステータスに優れておるがの、成長が極めて遅い種族よ。
他の種族の好感度が上がりにくく下がりやすいという欠点があるが、闘いとなるとピカイチじゃぞ」
「念の為伺いますが、コレも変更は不可能なんでしょうね?」
「そうじゃなぁ」
「なんてこった。
コレ、最早アカウントを作り直した方が早いですかね?」
「さて、そればっかりは管轄外ゆえ分からぬが、どうしても気に入らぬのなら仕方あるまいの。
ただ、先程言うた通り、ドラゴノイドは手間は掛かるが戦闘は大の得意じゃからの。
全部が全部駄目だというわけではないぞ。
試してみてからでも遅くはないと思うがの」
顔付きは俺のそれよりもかなり目付きが悪く吊り上がっていて、平たく言えばかなり凶悪な面構えになっており、髪はボサボサに伸びまくっているのを後ろで結んでいて、青み掛かった銀色、額から2本の先の丸くて短い角が生えていた。
更に上顎の犬歯が大きく伸びていて、口から少しはみ出ているのも怪物っぽい。
肌が青黒いので分かりにくいが、よく見ると身体の色んな部分に入れ墨のような模様が入っている。
「ホレ、後ろ姿はこんなよ」
ズルワーンがそう言うと、姿見には後ろ姿が映し出されたのだが、背中にもデカデカと何やら幾何学模様っぽい入れ墨のようなものが入っている。
「なんだ、この入れ墨は?」
確か、入れ墨みたいなアバター用のコンテンツは有料だったように記憶しているんだが。
「それも呪いの一部のようじゃな」
「コレも!?」
「ウム。
どうも、モンスターやら何やらのヘイトを集めやすくなっておるようじゃ」
「ハァァァァァァァ…」
思わずしゃがみ込む俺にズルワーンは言った。
「んまぁ、種族がドラゴノイドじゃからのぉ。
その入れ墨の効果はかえって好都合かも知れんぞ。
他人の十倍くらいは其方は敵を倒さねばレベルが上がらんのじゃからのぉ」
「なるほど…
モノは考えようか」
「其方、余程バアルゼブルを怒らせたようじゃのぉ。
この呪い、其方が他人に嫌われやすくなるように、孤立しやすくなるような嫌らしい効果ばかりを狙って設定してあるのぉ。
一体、彼奴に何をしたんじゃ?」
「それは言いたくありません」
思わずズルワーンをキッと睨んでしまう。
「あぁ、分かった、分かった。
そうキナキナするな。
さてと、ここまで話してきた通り、其方はアバターとスキルの一部と呪いと職業が決まっとる…」
「は、職業も!?」
「ウム、戦士じゃな。
ありゃ、まだ言ってなかったかの?」
「あ、戦士ですか。
聞いてませんでしたが、戦士なら良いです。
最悪、踊り子とかワケの分からん職業になってなけりゃ」
すると、急に何かがゾワッと身を包むような感触があり…
「あっ!」
「え!?
どうかしましたか?」
「いやのぉ、何というか、恨み骨髄に達しとるんじゃなというか…」
「まさか!?」
「うむ、そのまさかじゃ。
其方の職業が踊り手に変わっておるわい。
ハッハッハッハッハッ!!」
「笑い事じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「いやぁ、スマン、スマン。
あまりの事に思わず笑ってしもうたわい」
「ったく、他人事だと思って。
もうどうにかならないんですか?」
「ん〜、そうじゃのぉ。
試しに「やっぱ戦士の方が嫌だな」って言ってみたらどうじゃ?」
「やっぱ戦士の方が嫌だな(棒)」
そうすると、再びゾワゾワッときて…
「あっはっはっはっはっは!!
戦士に変わりよったわい。
単純じゃのぉwww」
「ハッ!!
馬鹿め、ザマァミロ!!
って、ちょっと待って下さい。
職業って、そもそも最初に何が選べるんですか?
さっきの方法で変更可能なんなら、他の職業も見てみたいです」
「確かにそれはそうじゃの。
では、選択可能な職業を見てみるかの」
そう言ってさっきと同じように木の枝を振るのだが、一向に何も起きない。
「ん?
どうしました?」
「いやの、もう職業は変更出来んようでの、職業一覧が表示出来んわい。
コリャ、バアルゼブルにしてやられたかの。
ハッハッハッハッハッ!!」
「あのババァァァァァァッッ!!!」
思わず白いテーブルをぶっ叩いてしまった。
「ん〜、流石に少し気の毒じゃからのぉ。
我からちょっとだけプレゼントをくれてやるとするか…」
ズルワーンが困ったような顔で木の枝を振るうと、目の前に3つの宝箱が現れた。
左の宝箱は随分年期が入っていて古びた感じの宝箱、真ん中は一番小さくてピカピカと金色に輝いており、右の宝箱は1番大きく中からゴトゴトと音がしていた。
「さて、この中から1つを選んで開けてみるがよい。
其方の助けになるモノが入っておるでの。
因みにこの事は他言無用じゃぞ。
他の者に洩らしたら、無効化する呪い付きじゃ。
良いな」
「わ、分かりました。
有難うございます!!」
「うむ。
早く選ぶのじゃ」
どれにするか…
何となく右のは予想がつく。
多分、お供に出来るテイムモンスターか騎乗可能な生き物か召喚獣じゃないだろうか。
左は見た目の古さから察するにズルワーンに特に縁の深い何かか…?
「あの、質問良いですか?」
「なんじゃ」
「ズルワーン様って、何の女神様でしたっけ?」
「聞いてなかったのか、失礼な奴め。
我は時を司っておる。
時の女神よ」
「承知しました」
って事は、左は時に関する何らかの能力ではないのか?
真ん中は1番小さいから、何か特殊な効果付きのアイテム、例えば指輪とか、ネックレスとか。
う〜、ドラゴノイドは多種族に嫌われやすいらしいから、もし右がお供モンスターなら有難いかも。
時の能力なんて激強に決まってるんだから左行ったら戦闘が安定しそうだな。
しかし特殊な効果付き超激レアアイテムも捨て難い。
や、あくまで全部勝手な予想だけども。
「左の宝箱にします」
「ホォ…
では開けるが良い」
ム…
ポーカーフェイスで何も読み取れん。
「やはり真ん中にします」
「クックックックック…
小賢しいのぉw
我の顔色を伺っても、我自身にもどれが何かは分からぬわ。
開ける瞬間にランダムに選ばれるんじゃからの。
だからサッサと開けぬか」
「え、そうなの…」
って事で、左の宝箱を開けると、中から光る小さなビー玉みたいなのが飛び出してきた。
慌ててキャッチすると、表面に何か書いてあるが小さすぎて読めない。
「スキルオーブじゃな。
ではそれを胸の中心に押し当てるが良い」
言われるがままにスキルオーブを押し当てると
『スキル:装備武器重量無視[UR]を習得しました』
というメッセージが表示された。
「ふむ、コレは良いスキルじゃぞ。
習熟度に応じてある程度の重さまで武器の重さを無視出来るというスキルじゃな」
「はぁ、なるほど…」
「ん?
よく分かっとらんようじゃな。
まあ良いわ。
いずれチュートリアルでどういうモノか分かるであろ」
「取り敢えず頂いたスキルは了解なんですが、他の宝箱を選んだらどうなっていたのかを教えて頂けませんか?」
「拘るのぉ。
さっきも言うたが、中身はランダムじゃから分からん。
箱のみてくれは中身とは全く関係無いわい」
「なんて無意味に紛らわしいんだ…」
「ハッハッハッハッハッ!!
賢しく色々考えておったようじゃが、無駄じゃったかの。
では、あとは残りのスキルと武器、そしてパラメータ振りをやってしまおう。
残り8つのスキルをこの中から選ぶが良い」
それから、ウダウダとズルワーンに色々と質問をしながらスキルとメイン武器を選択した結果、俺のステータスはこうなった。
名前:未設定
種族:ドラゴノイド Lv.1
年齢:24
性別:男性
職業:戦士Lv.1
武器:
右手:初心者のメイス
左手:ナシ
装備:
頭部:ナシ
下着:初心者の下着
胸部:初心者のシャツ
右腕:ナシ
左腕:ナシ
腰部:初心者のズボン
右脚:ナシ
左脚:ナシ
靴 :初心者のブーツ
その他持ち物:
初心者のバッグ
ステータス:
HP:100
MP:20
VIT:10
STR:10
DEF:7
INT:6
MND:6
DEX:1
AGI:7
LUC:1
PP:30
スキル:
装備武器重量無視[UR]
<装備武器重量無視 Lv.1>
暴食[UR]
<暴食 Lv.1>
戦槌術[C]
<パワースマッシュ Lv.1>
身体操作[C]
<柔軟 Lv.1><バランス Lv.1>
索敵[C]
<索敵 Lv.1>
採集[C]
アーツ未発現
解体[C]
アーツ未発現
鑑定[C]
アーツ未発現
生活魔法[C]
<火種 Lv.1><飲み水 Lv.1><掃除 Lv.1>
<浄化(微) Lv.1>
錬金術[C]
<融合 Lv.1>
SP:0
称号:ナシ
祝福:ナシ
加護:ナシ
呪い:バアルゼブルの呪い
メイン武器はメイスにした。
よくある剣などの場合、刃を立てる必要があるなど面倒臭そうだったからだ。
武器選択時に試しにメイスを持たせて貰ったのだが、ドラムスティックでも持っているかのように軽くて、貰ったスキル:装備武器重量無視[UR]の意味がよく分かった。
アッチの世界に着いたら、メイス二刀流でやっていこうと思う。
「では残りのパラメータポイントをステータスに割り振るが良い」
で、ステータスはこうなった。
ステータス:
HP:100
MP:20
VIT:12 (+2)
STR:20(+10)
DEF:10(+3)
INT:7(+1)
MND:7(+1)
DEX:10(+9)
AGI:10(+3)
LUC:2(+1)
PP:0
「あとは名前じゃが、どうする?」
「では、クロードでお願いします」
「承知した。
クロードじゃな」
アバターの名前を聞いたズルワーンが木の枝を振るうと、アバターが光り、宙にふわっと浮いた。
「さて、決める事は皆決めた。
いつまでもお喋りしておってもつまらん。
サッサと旅立つが良いわ」
「その前にズルワーン様、もう1つ質問」
「なんじゃ、質問多いのぉ」
「手にされてるその木の枝、何なんですか?」
「木の枝?
ハッハッハッハッハッ!!
コレはアムルタートの杖じゃ。
其方らの好きそうな言葉で言うなら、物凄く魔力の強い杖、じゃな。
欲しいか?
やらんぞ」
「それは残念w
ズルワーン様、いつかまたお会い出来ますか?」
「さてのw
我もこう見えて中々に忙しい身じゃからの」
「では貴女に再び見える事を旅の目的の1つとしましょう。
随分とお世話になりました。
有難うございます。
行ってきます」
そう言って頭を下げたら、ズルワーンは現れた時と同じように笑いながら消えていった。
と同時に世界が暗転し、気が付いたら、俺は始まりの街ブルームシティの噴水広場に立っていた。
種族と職業、何処で違和感無く説明出来るだろうか…