1-3.バアルゼブル
本番サービス開始当日。
6時からのサービス開始を前に、俺は5時過ぎからVDR-1000に入り込み、ALOのサービス開始を待ち続けていた。
ネットやALOの公式掲示板はALO関連ネタで溢れかえっており、お祭り騒ぎのようになっていたが、俺はそれを見ずに「Please wait…」と表示されたALOのメニュー画面を前に6時をひたすら待ち続けていた。
掲示板やらSNSは、見てると酷く疲れてしまうから見ないようにしているのだ。
やがて、いや漸く6時になると、ヴン、と小さくマシンの駆動音がしたと思ったらメニュー画面が暗転し、気が付いたら俺は暗い星の海の中にフワフワと浮いていた。
辺りを見回すとそう離れてない場所に青と緑に彩られた美しい惑星があるのが見える。
ボーっとその惑星を眺めていると、急に何かに引っ張られるような感覚があり、その惑星の方に急速に恐ろしい速度で近付くというより落下していき、地表にぶつかる!!と思った瞬間、今度は真っ白な空間にふわふわ浮かんでいた。
自身の身体を見てみると、自分は特定の形の身体を持ってなくて、フヨフヨと頼りなく形を変える白っぽい煙のようになっていた。
「Another Life Onlineにようこそ」
急に辺りから落ち着いた女性の声が聞こえたかと思うと、目の前の空間が水面の様に揺れ、そこから薄紫のドレスを纏った中年の女性が現れた。
「嘘だろ…」
その中年女は、死んだお袋と全く同じ顔をしていた。
「私はバアルゼブル。
霊魂を司る者。
冒険者よ、歓迎します」
中年女の台詞は全く頭に入ってこなかった。
こちらを見つめる女の顔、体型、仕草、声、何から何まで死んだお袋と瓜二つだったからだ。
「なんでこんな所に…」
猛烈に吐き気が込み上げてきた。
気持ち悪い。
ひたすら気持ち悪かった。
「どうしました?
ご気分が優れませんか?」
お袋の声で心配そうにこちらに近寄ってくるその女に俺は思わず叫んでしまった。
「近寄るな、糞ババァッッッ!!」
視界がチラチラして、なんか紅くなってきた。
ピューイ、ピューイという聴き慣れない音が鳴り始めると同時に、システムからのメッセージが鳴り響いた。
『警告します。
土岐蔵人様の血圧、心拍数が事前設定された閾値にかなり近付いており、危険です。
ゲームを中断し、安静にする事をお勧めします。
なお、数値が閾値を超えた場合は、システムによる強制ログアウト、及びVDR-1000からの強制排出が実行されますので、ご承知おき下さい』
「クッソ、何なんだよ!!」
俺は思わずそこらを手当たり次第にぶん殴りたい衝動に駆られたが、殴る対象物が存在しない。
「貴方、かなり興奮なさってらっしゃるみたいだけど、少し落ち着いたら如何かしら。
ほら、ゆっくり深呼吸なさって」
「うるせぇぇぇっ!!
俺に喋りかけんな、糞淫売がッ!!」
駄目だ。
目の前の中年女を見てると、吐き気と怒りと頭痛が止まらない。
「チェンジだ」
「ハイ?」
「お前みたいなババァはお呼びじゃねぇ。
消えろ。
んでサッサと他のと変われ」
「なっ!!」
「うるっさいッッッ!!
一切喋るな!!
チェンジだ、チェンジ!!」
「貴方、初対面の相手に向かってあまりにも失礼な物言いではありませんか、それは?
貴方のように失礼な方を招き入れる事が世界にとって良い事だとは思えません。
事と次第によっては排除を選択するのも止むを得ないと考えますが、どうなさいますか?
私に謝罪するか…
このまま回れ右してお戻りになられても結構。
どちらかを選んで下さい」
「誰がテメェみたいなババァに謝罪なんぞするか。
この糞バグババァ。
消えるのはテメェだ。
サッサと他のに変われ。
そんな事も出来ないほど低能なプログラムしか積んでないのか、このゲーム」
「この無礼者!!
何故、初対面の貴方にここまで侮辱されねばならないんです?
私が何をしたというんです?
非常に不愉快です!!」
「ハァ…
何が無礼者だよ、嗤わせるな糞淫売め。
さっさと戻って霊魂やらと乳繰ってりゃいいだろうが。
時間の無駄だな。
暇つぶしになるかと思って始めて見りゃ、初っ端からコレか。
ホント、呪いかよ。
阿呆みたく金使っちまったけど、コレ、返金してくれんのかね?
ホント、最悪だわ。
おい、お前、マジでチェンジしろ」
「嫌です!!
糞淫売だなんて、何たる無礼!!
今すぐひざまづいて謝罪なさい!!」
システムの警告音が段々と大きくなってきていた。
阿呆みたいなゲームで時間潰ししようとか思ったのがそもそもの間違いだったか。
腹が立って仕方無い。
死んでも尚邪魔してくるとは、あのババァ、呪いそのものだな。
「くたばれ、糞淫売。
テメェなんざ死んでよかった。
ホント、スッとしたぜ」
そう言うと、俺はログアウトした。
会話文よ…