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普通を目指そうと思います!

 まずはこの世界のお金を稼がなければいけない。

 私たち三人は大きな店を見つけて、中で打ち合わせを行っている。

 奇妙なほど大手チェーンに似た喫茶店だ。

 やたらとメニューの名前がややこしいことも同じ。


「ねえ、さっきの注文って大丈夫? ウィミュ、さっき三つも頼まなかった? お金ないよね?」

「リリ様、心配無用です。この町をよく知る私に任せてください。ちなみに、頼んだ二つは水です」

「水?」


 そう言えばさすがに水は出ないらしい。セルフサービスかと思ったものの、そういうコーナーも見当たらない。

 水も注文しなくちゃいけないのか。


「誰か水魔法って使えないの? それならタダじゃない?」

「私は使えません。火魔法だけです」

「ウィミュは?」

「風魔法が得意!」

「あの……リリ様は……?」

「私は、万能魔法」

「ば!? 万能魔法!?」

「ちょっと、声が大きい」

「あっ、すみません!」


 アテルが周囲をぐるりと見回して、声が聞こえていなかったことを確認する。

 そして顔を近づけて、こそっと言った。


「万能魔法って、ヴァンパイアを殺す魔法ですよね?」

「……そうなの?」

「何かの書物で読んだことがあります。万能魔法を操りし者、世界を統べる者――と。今はヴァンパイアがこの一帯の王ですが、あいつらには魔法がほとんど効かないんです。でも、万能魔法はそれを覆す……ですよね?」

「いや、聞いたことないけど」


 ヴァンパイアに魔法が効かないっていうのは聞いたことがない。

 このゲームはヴァンパイアでも悪魔でも大抵弱点がある。上位になるほど無効や反射が当たり前だけど、それでも全属性が効かないわけじゃない。

 別に火魔法でも倒せるし、反射を貫通する固有術もある。

 まあ、確かに万能魔法は属性を無視するのは確かだけど。


「単に魔法攻撃力が足りないだけじゃない?」

「魔法攻撃力って魔法の威力ってことですか?」

「ん? ……アテル、あなた魔法攻撃力の数値は?」

「数値? 数値なんてないですが」

「んん?」


 待て待て。自分の数値を知らない?

 いや、知らないのが自然?


「レベルは?」

「つい最近、20の大台にのりました」


 アテルが小さく胸を張った。

 降臨書なら☆2の上位、☆3の下位ってところか。

 ステータスはおおよそ平均で20。良くて30程度――

 ちょっと低すぎない? これが普通?

 ちらりと隣に視線を向けた。

 話半分でそわそわと奥のキッチンを覗いているウサギ耳の少女に尋ねる。


「ウィミュ、あなたレベルは?」

「23だよ! アテルより強い!」

「ウィミュは、ウサギ族だから上がるのが早いだけです! 私だって人間辞めてからすごく上がりましたから!」

「二人ともケンカしない。別にどっちが上でもいいんだし。ちなみに……レベル20っていうと、どれくらい強いの?」

「中堅の冒険者パーティなら瞬殺できるくらいです」

「へ、へえ……それは、強いのね」


 思わず顔が引きつった。

 ということはウィミュも似たり寄ったりか。

 ディアッチにレベルアップアイテムを使ったときに「神のアイテム」と言っていた理由がわかった。

 あのレベルのモンスターは――常識外れの産物なのだ。


「しまった……」

「リリ様?」

「どうしたの、リリ?」


 ディアッチを気軽にレベル58まで上げてしまった。

 向こうでスパイがばれても逃げられるくらいにはステータスを鍛えて、と思ってたんだけど、やりすぎたかもしれない。

 あのレベルは降臨書なら☆6クラスだ。☆6ともなると、説明にはちらほら「魔王」という単語が見え隠れしてくる。

 まったくそんな気はなかったけれど、降臨書の「魔王」という説明が、本当にこの世界で「魔王」を指すのなら、重要度が跳ねあがる。


「いや、ちょっと待って」

「リリ様?」

「どうしたの、リリ? さっきからおかしいよ」


 やばい。聖像ドミナまで残してきてしまった。

 ☆10の慈母神に山を守らせる仕事まで任せて。

 でも――今さら仕方ない。別に破壊神じゃないし大丈夫だろう。たぶん。


「せめて、私は、普通に生きよう。スイーツを守るために」

「リリ様は……どのくらいのレベルなのですか?」

「え? わ、わたし?」


 アテルが声を潜めて、興味津々で見つめる。

 出会ったときから、この人懐っこい犬のような目が可愛らしい。

 が――言えるか! 絶対引くわ。


「真祖さまはどれくらいなのかなって思いまして……」

「7……70くらい……よ」


 ほんとは700超えだけど。


「すごい! さすがリリ様です! 眷属として誇り高いです!」

「ま、まあね」

「わかってたけど、リリってめちゃくちゃ強いんだね。イヴァの魔法、かき消してたし。彼、確かレベル30超えてたはず。村で一番強かったもん」

「そ……うなんだぁ……へぇー」

「もうモンスターみたい」

「ウィミュ! 失礼ですよ! リリ様をモンスターなどと!」

「大丈夫。ほんとモンスター……みたいなものだし」

「断じて違います! リリ様はこんなに愛らしくて、天使の――ご、ごほん。あっ、ようやく注文が来たようですね! リリ様もどうぞ! 店員さーん、ジョッキ一つ追加!」


 アテルが手を振って奥にアピールした。

 カウンターに立っていたおじさんが、しぶい顔をして「はいよ!」と空のジョッキを持ってきた。

 頼んでいた注文は丸テーブルにどんと置いてある。

 グラスに入った何かのお茶だ。

 そしてジョッキに並々と入った水が二つ。


「空のジョッキに水を分けて、お茶を三分の一ずつ。色もばっちりです。リリ様、どうぞ!」

「あ、ありがとう。この薄茶色の飲み物は?」

「お茶の水割りです。量も多く、冷たくてお腹がいっぱいになります。しかも――一人分のお茶代とわずかな水代で安いんです!」


 隣から「いただきまーす」という声が聞こえた。

 ウィミュがごくごくと音を鳴らして豪快に喉奥に流し込んでいる。

 アテルは満足げに「よく飲みましたね」と何かを思い出すようにちょびちょびと飲み始める。

 私は体と不釣り合いに大きいジョッキを手にとった。

 ガラスであることは評価していいと思う。

 一口、口をつけた。

 水だ。ほんのり麦茶のような香り。

 もう一度言うが、水だ。


「甘いものを食べたあとはお茶がほしくなりますね」

「ウィミュは温かいお茶がほしいな」

「ねえ、一つ言っていい?」

「何でしょうか?」

「リリ、ちょっと泣いてる? 悲しいことあったの? 耳、触りっこする?」


 私は、ウサギ耳に手を伸ばした。触り心地の良い長い耳をこすりながら、どんとジョッキをテーブルに叩きつける。


「私、がんばって働く!」

「ど、どうしたんですか?」

「あっ、リリの触りかた、くすぐったい……」

「いーっぱい稼いで、あなたたち二人に、甘いものには酒が合うってことを、教えることに決めた!」

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