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やる気出ない毎日に現れた、あなたは誰?③

 カノンが呼び止めた時のように、ビクッと肩を上下させたタリサが振り返り、連られてカノンもそちらに目をやると、使用人の格好をした小柄な老婆がムスッとした顔で立っていた。


「もう休憩の時間は、とっくに終わっていますよ。早く部屋に戻って、刺繍の続きをなさって下さい」


「は…はい」


 鷹のように鋭い目で睨みつけ、タリサを震え上がらせるその顔には、何となく見覚えがある。

 確か城一番の古株で、侍従長や使用人頭も敵わないという筆頭小間使いだとか……


 それにしても随分、領主の家族に対して偉そうじゃなくて?


 使用人の態度としてどうなのかと引っ掛かるカノンと違い、タリサは素直に従う。

 ベンチに座るカノンにペコッと頭を下げると、離れの入り口へ向かって歩き出した。


「ねえ、明日もこの時間に会える?また一緒にお喋りしましょ」


 足早に立ち去ろうとする背中に声をかけると、タリサは足を止めて振り向き、ちょっと笑って……ついでにごく小さく頷いたように、カノンには見えた……またすぐ歩き出す。


 建物の陰に回ってタリサの姿が見えなくなると、さっそくその場に残っていた老婆がジロリと睨んできた。


「困りますね、子爵様」


 低い声音に、猛禽めいた恐ろしげな表情。

 並の小娘ならこの眼力に当てられればたちまち震えあがるのだろうが、生憎とカノンは並の小娘じゃない。

 涼しい顔で受け流し、すっとぼける。


「困るって、どうして?年の近い女の子同士、楽しくお話してただけじゃない」


 睨まれていてもまったく動じる様子のないカノンに、老婆はおや?と思ったようだが、気を取り直して眉を顰め、いっそう厳しい表情を作った。


「それが困ると言っているのです。

 あの方は本来、この城に居てはならぬお方……王都からの大切なお客様と、関わり合いになるべきではございません」


 ふん、要するに私生児と余所者、どっちもお荷物なんだから余計なことせず大人しくしてろってことか。


 特に私は分不相応にも王妃の座に着いて国まで盗もうとした超危険人物。

 不遇な私生児タリサを唆して悪巧みでもされたら溜まったもんじゃないってね。


 例えばあのおバカで小憎らしいマルグリットを追い落として、素直で可愛いタリサを令嬢に据えてやるとか……

 うーん、面白そうだけど、そんなことしたら罪もないタリサが領民から憎まれちゃうだろうし、私への圧力ももっと大きくなって、今以上のド僻地へ飛ばされるか、今度こそ殺されるかもな。

 そんなのは詰まんないからやめとこーっと。


 ……それはそれとして、この思い上がったバァさんには、一つお灸を据えてやんないとね。


「私、あなたの言ってること、よくわかんないわぁ」


 不思議そうに小首を傾げるカノンに、老婆は蔑むような視線を送る。

 察しの悪い娘だと馬鹿にしているのだろうが、続くカノンの言葉は決して愚かなものではなかった。


「私生児といったって、タリサはクローベル公からご子息の嫡出として認められてるし、苗字を名乗るのも許されてるんでしょ?

 立派な領主の一族じゃない。どうしてお城に居ちゃいけないのかしら」


 老婆はやれやれと言いたげな顔で、案の定「あの方の母上は……」などと呟いてきたので、すかさず毅然とした態度で「母親の話はしていない!!」と被せる。


「母親は旅芸人だか吟遊詩人だか知らないけど、タリサのご父君はクローベル家当主のご次男エミール様で、マルセル様やマルグリット嬢と同じクローベル公直系の孫よ。

 たかが小間使いごときに、邪魔者扱いされる謂れはない!!」


 さっきまでほわほわとしていた少女にまくし立てられ、老婆はポカンと口を開けていたが、やがてワナワナと肩を震わせ始めた。


 まだ自分の年齢の半分も生きていないような娘に叱咤され、怒りと屈辱で震えているのだろう。


「何という言い草ですか……爵位はともかく、そもそもあなたの領地は」


「マルセル様のものだっていうんでしょ?わかってるわよ」


 そう、王太子がカノンに贈ったキノコがいっぱい採れる山は、元々はマルセルが所有していたものなのだ。


 しかし王太子が12才の時に狩猟や乗馬訓練のためこの城に滞在した折り、仲良くなったマルセルとカード遊びで賭けをして、まんまと山一つ勝ち取った。


 その後、王都から離れた田舎に飛び地があったところで仕方ないので、マルセルがクローベル家の当主を継いだ時にでも返すつもりだったらしいが、それより前にカノンに夢中になった王太子が爵位を授けるついでに土地も下げ渡し、晴れて女子爵カノンの領地となった訳だ。


 そんな経緯だからカノンのことを“大事なお坊ちゃんから土地を掠め取った泥棒猫”とでも言いたいんだろうが、そうはいくか。


「あなたの言う通り、私が持っている山の、元の所有者はマルセル様……でも今はそうじゃないわ。


 正嫡の王太子であらせられるアンリ殿下と、クローベル家ではご当主に次いで高い権利を持つマルセル様が、双方納得の上で正式な手続きを踏んで所有権を変更なさったのよ。


 そして私に爵位を授けて下さった際、アンリ殿下は領地もあった方が貴族の対面を保てるとのご配慮で、子爵の身分に相応な土地としてあの山を譲渡してくださったの。


 つまり私が持っている土地についてとやかく言うってことは、王太子殿下の決定に、異議を唱えたということになるわね」


 ニヤッと笑うカノンと反対に、老婆の顔はサーッと青くなった。

 ようやく自分が言ったことの意味、カノンを脅しつけるつもりで、とんでもないことを口にしていたと気づいたらしい。


「わ、私は決してそのような……」


「ええ、もちろんわかってるわよ。

 だって本気で言ってるとしたら、王族への侮辱だもの。バレたら職を失うどころか……」


 カノンがふざけて首の前でシュッと指を動かし、斬首を意味するモーションを取ると、老婆はヒイッと情けない悲鳴を上げ、急いで頭を下げた。


「も、申し訳ございません。年寄りめが子爵様に向かって過ぎた口を聞きました。

 何とぞ、お許しを……!」


「あーら、いいのよ。ちょっとだけ言葉選びを間違えただけですものね。

 今後気をつけてくだされば、私は誰にもなーんにも言いませんわぁ」


 我ながら寛大な処置だわ、と話がついたことで満足したカノンは、ほぼ直角に腰を曲げている老婆の肩をポンと叩く。


「ほら、頭をお上げになって。私は卑しい平民の出身ですもの、この城にいる方達とは身分の上下なんて関係なく皆さんと仲良くしたいの。

 だから気兼ねなくカノン様って呼んでくれて結構ですし、至らぬところがあったら指摘してほしいわ……


 あ、でも、タリサにはもうちょっと優しくしてあげて。少しくらい休憩時間を過ぎたって、大目に見てあげてちょうだいな」


「は、はい。もちろんですカノン様」


 ペコペコと頭を下げ続ける老婆が、表立って逆らってくることはもうないだろうと確信して、カノンは身を翻した。


「わかってくれればいいのよ、ごきげんよう」


 相手が田舎の城の老いた小間使いふぜいでは不足アリアリだが、久しぶりに完膚なきまでに言い負かしてスッキリした。


 ひょっとしたら被害者ぶって当主に告げ口するかもしれないが、その時はその時だ。また上手く切り抜けてやる。


 いつの間にか不愉快な歌の稽古も終わってるし、せっかく中庭に出たんだから部屋へ戻る前に少し散歩しようっと。


 天気が良いから眺めは綺麗だし、風も気持ちいい。

 明日はもう少し長く、タリサと話せたらいいな……


 追放されてから初めて、実に晴れやかな気持ちになれて、カノンはぐーっと両手を突き上げて体を伸ばし、足取り軽く中庭を巡り始めた。


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