そんで追放されたのだ③
「お前達ときたら、この頃は争ってばかりでまったく話にならん……確か同い年と聞いたが、少しはカノン嬢を見習え。
『国盗みのほうき姫』などと呼ばれているからどんな者が来るかと思ったが、何の、品良くおとなしい娘ではないか。
お前たちよりよっぽど高貴に見えるわい」
「まあ、お祖父様まで、そんなこと」
マルグリットはプイッとそっぽを向くが、祖父の言っていることが的を射ているのもわかっているから、それ以上は口答えしない。
『ほうき姫』というのは言うまでもなく宮廷人がカノンにつけた蔑称で、かつて雇われていた商家で埃払いの掃除婦として働いていたことが由来となっている。
だからどんなに下品で礼儀のなっていない小娘が来るかと老公は構えていたのだが、謁見室に入って来たのは傷ついた小鳥のように震えながら、今にも消えて無くなりそうに儚げな少女だった。
その美しさもさながら、大貴族の姫といわれても納得できるような礼儀正しさであったし、やはり人の噂など当てにはならない。
あの憔悴しきった様子では、もう王太子の略奪どころかしばらくは日々を生きるだけで精いっぱいだろう。
病にでもならなければいいが……
「カノン嬢を迎えるに当たって、わしが説いたことを覚えているか?孫たちよ」
祖父からの問いかけに、マルセルとマルグリットはハッとして顔つきを真剣なものに改め、頷いた。
二日前の夜、孫二人を自室に呼び寄せたクローベル公は、間もなくこの地にやってくるワケありの若き女子爵についての裏事情をよく言い聞かせた―――……
ユージェニア嬢の実家であり、西部地方全体の総督を務める侯爵家は、王太子との結婚を巡る今回のスキャンダルを重く受け止めており、だからこそカノン嬢の処遇については非常に慎重になっている。
もし彼女が早死にでもしたら、その原因が単なる事故であれ病気であれ、“侯爵令嬢が邪魔な恋敵を暗殺した”という根も葉もない風評が流れるだろう。
世間というのは恐ろしいもので、そうなったらどんなに否定しても疑惑は晴れない。
ユージェニア嬢は一生、少女殺しの汚名を着せられるだろうから、そんな事態は何としても避けなければならない。
かといって、いつまでも王都に置いておく訳にもいかないから、預かり先としてして侯爵家の忠実な臣下であるクローベル家に白羽の矢が立った。
一応、公にはクローベル家の老当主が自ら被後見人として名乗りを上げたことになっているが、実のところは侯爵本人から直々に頼まれた。
とにかく王太子と令嬢の婚礼がつつがなく終わるまでは、何事も起こらないよう彼女を監視し、二~三年のうちに誰か適当な者を見繕って、嫁に出してやってくれ、と。
つまり大変に厄介な面倒事を押しつけてきた訳だが、こちらとは比べ物にならないくらい各上の大貴族からの頼みとあれば、断れるはずはない。
それに侯爵家の他に王家にも恩を売れるとなれば、これはむしろ好機。
多少の問題はあれど預かるのは若く美しい娘で、曲がりなりにも爵位を持っているのだから嫁ぎ先に困ることもなかろう。
だからほんの少しのあいだ辛抱し、カノン嬢を見守ってやってくれ―――……
かい摘んでそのようなことを説明すると、兄妹は神妙な顔で聞き入り、大人のような表情で頷いたから、知らぬうちに随分と成長したものだと感慨深くなったものだが、いざ蓋を開けてみたらこれだ。
まったく、この先のことを考えると気が重くなる。あと二年か、それとも三年か、詳しい時期はわからないがカノン嬢がこの城に滞在する間、何も起きなければいいが―――……
老いたクローベル公が頭を悩ませている頃、自分に与えられた部屋に着いたカノンは、荷解きを手伝おうと待っていたメイドも、案内してくれた侍従長も下がらせて…もちろん、使用人だからといって下に見るようなことはせず、それはそれは丁寧にお願いした…一人になると、さっそくベッドへ飛び込んだ。
勢いよくダイブした体を受け止めてくれたフカフカの羽根布団は、敷く前によく日に当ててくれたようで、干し草みたいないい匂いがする。
控え目に言ってサイコー。ここが噂の天国ってやつですか?
もうこの柔らかベッド以外は何もいらねーや……
ゴロンゴロンと広いベッドの上を縦横無尽に転がって、上質な寝具の心地良い感触を楽しんでいるカノンは、今だけはただの下町の少女に戻ったような気分になりながらも、クローベル公の思惑などとうに勘づいている。
……人のいい顔で親切なこと言ってたけどさ、侯爵家と結託して、ここで飼い殺しにするつもりでしょ。
王太子殿下と侯爵令嬢の婚礼が無事に終わったら、とっとこ適当な相手―――たぶん爵位目当ての金持ちか、『王太子の女を寝とれるなんて最高だぜグヘヘ』って感じのゲスい脳筋騎士―――と結婚させて厄介払いしようって魂胆でしょ。
そのくらい猿でもわかるわ~~……でも、そんな簡単に行くかしらね?
久しぶりに提供されたまともな寝床の快さを存分に楽しんだ後、カノンはむくりと起き上がり、開放されている窓を睨む。
逃亡を警戒して最上階の部屋を宛がわれたおかげで、窓枠の向こうには空がよく見える。
夕刻に近づき、青から橙色に変わりゆくその色は穏やかで美しく、カノンはその空に遠い王都で見た景色を投影する。
王太子に手を取られ、宮殿の一番高いバルコニーから見下ろした広大な街の風景。
廊下を歩いているカノンに出くわすと、サッと壁に寄り道を空け深くお辞儀する着飾った貴族達。
どうにか未来の王太子妃に気に入られようと、いい年して必死におべっかを使ってくる卑しい家老。
大貴族が主催する舞踏会で、軽快なステップを踏みながら誰より華麗にダンスするカノンを悔しそうに睨んでくる家柄しか取り柄のない令嬢の群れ。
どれもこれも、思い出せば邪悪な顔でニヤついてしまうものばかり。
あの頃は毎日がホリデイだった、誇れる能力も無いくせに運良く良家に生まれたというだけで、気取って偉そうにしている連中の鼻を明かしてやるのは気持ち良かった。
どうせ皆さま今頃は、私が居なくなって言いたい放題嘲り立てて盛り上がってるでしょ?
いない人の悪口ほど、楽しいものは無いですものね。
……今のうちに、せいぜい嗤っておくがいいわ。いつの日か必ず、私は王都に戻る。
派手に返り咲いて、またどいつもこいつも平伏させてやるから、首洗って待ってな!!!