そんで追放されたのだ①
* * *
名門貴族が治めるとはいえクローベル領は田舎だから仕方ないけど、王都から領地に入るまで、馬車を使っても七日もかかった。
それから本人確認や無事に到着したことを連絡するため城に伝書鳩を飛ばしたりして、要所で手続きしつつさらに三日かけて領内を進み、やっと領主の住む城へ着いた頃にはもう王都を出発してから十日も経っていた。
その間ずっと馬車に揺られっぱなしだったもんだから、尻はもちろん足も腰も痛いし肩だって凝ってるが、まずはご領主クローベル公とその家族に挨拶しないといけないからシャンとせねば。
濠に掛かる跳ね橋を渡って城門をくぐり、前庭に入ってから馬車が止まると、疲れている素振りを見せないよう背筋を伸ばし、カノンは今日から暮らす地へと降り立った。
まぁ、悪くないか、というのがクローベル公の城を見た時の第一印象だ。
そりゃ王宮とは比べものにならないが充分大きいし、たぶん夫人と暮らしていた伯爵邸よりも広い。
古い家柄を自慢するだけあって歴史を感じさせる、どっしりした重苦しい雰囲気の石造りの城ではあるが、王都に乱立している上流貴族や大富豪のケバケバしい館よりはずっとマシ。
貧乏暮らしの頃は華美なお屋敷に憧れていたけれど、伯爵家の養女になった後はそうでもない。
どこを訪ねても似たような感じの館で、ウンザリしたものだ。
あっちを見てもこっちを見ても大理石、白くてツルツルしてりゃいいってモンじゃねえぞ。とか、
はい出た天使の彫像!
なんかよくわからん美女が肩に担いでる壺から水がジャーッと出てる噴水!!
平坦な庭には薔薇の花壇と野兎の置物!!!
どうしてどこ行っても同じモンが同じ配置で置いてあるんだ、バカの一つ覚えか、などと、決して口には出さないが笑顔の裏で突っ込みまくっていた。
でも、ここは中々、面白い。
広い庭には薔薇の花壇もあるようだが、植えられているのはそんなに仰々しいものではなく野性に近い蔓薔薇だし、花壇より野菜畑や水車小屋のほうがスペースを取っていて目につく。
伸び放題と見せかけて、ちゃんと城壁に沿って手入れしてある草叢には置物ではなく生きているウサギが飛び跳ねており、ブラックベリーや姫林檎など、果樹の木も多い。
どこを見ても自然で素朴なものしか無く、センスや流行りを追いかけて、結局ぜんぶ似たり寄ったりになっている都会の貴族の庭より、よっぽど素敵な眺めだ。
そんなのどかで牧歌的な庭を横切って、恐いというよりは間抜けな顔をしている魔除けのゴブリンの姿が彫り込まれた巨大な正門から城内へ入ると、中もだいたい期待した通り、つまり古めかしくてちょいダサな内装だった。
ぶっとい石の柱、無駄に高い天井、牢獄みたいな申し訳程度の大きさしかない明かり取りの窓。
いま午後三時をちょっと過ぎたくらいで真っ昼間のはずなのに廊下は足下がやっと見えるくらいで薄暗く、その右壁にはでっかい戦争画のタペストリーが垂れ下がり、左壁には陰気な顔をした歴代当主とその奥方の肖像画が並んでいる。
そしてそれらを護るべく、廊下を歩く者を威圧するように、槍を持たせた甲冑が、石の壁を背にして一定の間隔でずらりと整列していて―――……
まぁここまでやられたら、逆に笑っちゃうよね。
たぶんこの館には歴史と伝統があり、数々の戦争を乗り越えてきて、強い騎士や兵隊が揃ってますよーってところを表現したいんだろうけど、ちょっと失敗してる。
罪重ねてきた歴史の重厚感に圧倒される~というよりは普通に恐い。幽霊が毎晩1ダースくらい出そうだし、壁の絵が動いても、いっそ驚かないかも。
慣れてきたら夜に肝試ししたら楽しいかもナー……あ、褒めてるんですよ。
雰囲気あっていいお城ねェって話よ?いやマジでマジで。
そんなこんなで古城の情緒溢れる廊下を渡り、長い階段を昇って、いよいよ領主とその家族が待つ謁見の間へと辿り着いた。
「ここでお待ちください」
王都からずっと付き添い先導してくれているクローベル家の侍従長、老人といっていい年齢の、痩せてヒョロッとした長身の紳士がそう言ったので、扉の前で足を止める。
カノンがレディらしく下腹の辺りで手を組み姿勢を正すと、軽く頷いてから侍従長は恭しく扉をノックした。
「王都より、子爵様が到着いたしました!」
子爵とはもちろん、カノンのことである。
伯爵家との養子縁組がパァになった今、伯爵令嬢と呼ぶわけにはいかないからこの称号を使うのだが、ぶっちゃけカッコいい。けっこう気に入っている。
「入れ」
老人特有の、しゃがれた声で返事があり、侍従長は一拍置いて、ゆっくりと扉を開いた。
「どうぞ、子爵様」
扉を抑えながら仰々しく礼をする侍従長に会釈を返し、足を踏み入れた謁見の間は、古めかしい城には似つかわしくないくらい華やかだった。
天井の小ぶりなシャンデリアや湖で遊ぶニンフを描いた美しい絵画など、一目で高級とわかる数々の豪華な調度品が並び、床にはフカフカした淡黄色の毛氈が床一面に敷かれている。
壁に設置されている燭台はすべてが純銀で、磨いたばかりなのか火を灯していないのにピカピカ光っていた。
旧家といえどさすがは名門、お金は潤沢にあるみたい。
ここで暮らすのも案外、悪くないかもね。さて……
ザッと部屋を見渡したカノンは、完全武装した護衛の兵士が四隅に立って守りをかためるなか、中央にデデンと置かれた立派な椅子に座る、ひとりの老人へ目を向ける。
年は70前後だろう、痩身で手足が長く、たぶんまっすぐ立てば背も高い。
年代物だが高価そうな青紫色のローブを着こなし、袖から覗く手や顔には深い皺が刻まれているが、長く伸ばしている灰色の頭髪や髭は豊かでツヤもある。垂れ下がった瞼からこちらを見据えてくる鋭い眼は、猛禽のような琥珀色をしていた。
この方がクローベル公か……田舎領主だっていうから何となく鼻の赤い禿げたおじいちゃんを想像していたけど、全然ちがう。
年を取っていても目つきはしっかりしているし、佇まいにも威厳がある。
あーあ、結局お育ちが良ければ、お年寄りになっても上品ってことかァ。
ババァなんて呼んでたけど、伯爵夫人もそうだったもんなァ。
庶民なんか老いるほどに汚くなってくっていうのに、面白くないわぁ。
心の中でどうでもいいことを毒づきつつ、クローベル公の様子を確かめたカノンは、公が座る椅子の横に控えている若い男女にも目を走らせる。
二人ともカノンと同じくらいの年頃で、クローベル公より少し濃い灰色の髪に、琥珀色の目を持ち、すらっとして背が高い。
右には護身用の細い剣を携え、上位の兵隊が着る軍服のような格好をした短髪の青年、そして左にはまっすぐな長い髪を背中に垂らし、水色のドレスを着た少女がそれぞれ立ち、硬い表情でじっとカノンを見つめている。
鏡写しみたいに不気味なほどよく似ているから、兄妹だろう。
確かクローベル公は不慮の事故で長男夫婦を早くに亡くし、彼らが遺した男女の双子を養育しているそうだから、きっとそれだ。
二人とも切れ長な目に鼻筋はスッと通っていて、まあまあ美形といっていい。
特に少女のほうはもうちょっと流行を意識したアイテムを揃えて着飾れば、垢抜けた美女へ大変身するだろう……私ほどじゃないケド。
これから世話になる領主一家をザッと値踏みしたところで、向こうもカノンの観察を終えたらしく、老人が口を開いた。
「遠路はるばる王都より、ようこそおいで下さった。カノン嬢」
こちらが平民出身だからといっていきなり怒鳴りつけたり、上から目線の厳しい言葉を投げてきたりせず、まずは当たり障りのない挨拶をしてきたことに少しホッとして、カノンはドレスの裾を持って横に広げながらゆっくり上半身を倒し、養母に仕込まれた宮廷式のお辞儀を披露する。
「私のような下賤の者にお優しい言葉をかけて下さり、痛み入ります、クローベル公」
愛らしい顔に見合う静かでちょっと幼さの残る声を聞き、大貴族の令嬢と比べても遜色ない優美な物腰を目にして、護衛の兵士達がほうっと感嘆の溜め息を漏らした。