麗しのカノン嬢は王太子の略奪に失敗したのだ③
なーにが慈悲と優しさだ、仮にも王太子の恋人だった年若い娘を処刑なんかしたら、婚約者として外聞が悪いからひとまず生かしておくだけだろ。
かといって下手に国外追放でもしたら、また身分の高い男をたぶらかして厄介事を起こしかねない。
そうさせない為にも、恋に溺れて頭の中がお花畑状態だった王太子が戯れに与えた爵位と領地を利用するのは、実に上手い策だ。
土地の管理責任を盾に国内に縛りつけておけるし、“自分を卑劣な罠にかけ追い落とそうとした、どんなに憎んでも余りある愚かな恋敵を許したばかりか、末端とはいえ貴族として生きることを認めた聖女のごとき姫君”という嘘みたいな評価も得られるって寸法だ。
まったく、ここまできたら敵ながらあっぱれ。
賢いのはもちろん、いっさい付け入る隙のない策を講じる強かさときたら、もはや反撃の余地も無し。
たぶん伯爵夫人より侯爵令嬢のほうがよっぽど計算高いだろう。世の中にはとんでもない女が居たものだ……
それにしても冤罪とはいえ王宮の広間で断罪・追求している間も冷静沈着な態度を崩さず、眉一つ動かさなかったし、肝の据わった令嬢だこと。
こちらの手の内もまるで初めから全部見てきたかのように筒抜けだったし、お前は人生何周目だ?って感じー。
……なんてふざけたことを考えているなんておくびにも出さず、反省してるふりをしているうちにご婦人からのありがた~~いお説教も終わりが見えてきて、話の方向はいよいよカノンのこれからの身の振り方へと変わっていった。
「先ほども申し上げた通り、あなたの女子爵としての身分と、西部における領地は没収せずそのまま据え置きとなります」
「はい」
爵位はありがたいけど、領地ったって小さい山一つとその周りの開墾してない野原じゃ~ん。
キノコいっぱい採れる山らしいけど、そんなに好きでも嫌いでもない。キノコ。
「ただ陛下はあなたがまだ若く、領地を管理するにあたって、その経験もないことを懸念されております」
「勿体ないお心づかいです」
はいはい、たとえ山一つでも庶民の好き勝手にされるのは気に入らないってことね。
ヤバいキノコとか葉っぱとか隠れて栽培されたら困っちゃうしね。儲かりそうだけど☆
「よって、あなたには後見人をつけることにしました。
幸いなことにあなたの領地のかつての所有者で、西部の穀倉地帯を広く治めていらっしゃる、古くからの名家のご当主へ打診したところ、快く引き受けて下さったそうです。どなたか解るかしら?」
「はい、間違えていたら申し訳ない限りなのですが……
建国以来、絶やすことなく西の“小麦の海”を守り続けておられる尊いお血筋、クローベル家ではないでしょうか。
もしそうだったら私のような立場の者には余りあるお話です。
当代のクローベル公はご高齢ながら、たいへんお優しくご立派な方だと聞き及んでいますもの」
「……よろしい。その通りですよ」
控え目な態度ながらすらすらと答えられたカノンに、貴族女性は感心しきって頷いた。
可愛い顔して色恋にだけは長けた、無知で品のない娘だと聞いていたけど、なかなか賢くて腰の低い少女じゃないの。
評判通りの美しさで、その変の貴族の娘よりよっぽど気品があるし、王太子殿下が熱を上げたのもわかるわ……
もし、庶民ではなく身分の高い家柄に生まれていれば、恋の結末も変わったかも。
そう思うと哀れな子ね……でも、ここは心を鬼にして、きちんと処遇を言い渡さなければ。
長い目で見ればそのほうがこの娘の為でもある。
たとえお互いに愛し合っているとしても、王太子との結婚なんて、所詮は見果てぬ夢に過ぎないんだと、きっちり理解させなければ。
まさか目の前で悲愴な表情を浮かべている美少女が、
オバさん話長げぇよ早く帰れ、あ゛~~塩振った枝豆とか、脂っこいベーコンとか、しょっぱウマいもの食いてえな、
なんて下町のオッサンみたいなことを考えているとは露知らず、貴族女性はキリッとした顔つきでまっすぐにカノンを見据えた。
「十日後に、クローベル家からの使いの者があなたを迎えに来ます。
それまでに荷物をまとめ、いつでもこの部屋を出られるようにしておきなさい……
過ちを犯したとはいえ、あなたはまだ若い。
自らの立場をわきまえ、驕ることなければ、いずれはそれなりに幸福な暮らしを手に入れられることでしょう。
だから希望を失わず、頑張って生きるのですよ」
……なんで貴族ってのはこう、似たようなことしか言えないんだろ。ほんっっっとにつまんない連中だわ……
幼い頃から幾度もかけられてきた言葉をまた聞く羽目になって、心底からウンザリし胸の内で毒づきながらも、カノンは大きな瞳に偽りの涙をいっぱい溜め、深々と頭を下げた。
―――前置きが長くなったが、こうして貧しい平民から伯爵令嬢へ取り立てられ、
王太子の心を射止め初恋の人となり、
その後キノコがいっぱい生える山を所有する女子爵へ落ち着いた麗しのカノン嬢は、
西部の名門クローベル家において、現当主がその身を預かる被後見人となったのである。
あー、ややこしい。




