表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/32

麗しのカノン嬢は王太子の略奪に失敗したのだ②

 もちろんそれを顔に出したりはせず、怒りも悔しさもグッと顎に力を入れ噛み殺して、


「私なんかには勿体ないお言葉です。ありがとうございます」


 と笑顔を返していたが、内心では何が希望だバッキャローめ、こちとら食うだけでも精いっぱいで明日どーなるかわかんねえ身なんだよ、これ以上がんばりようがねえよボケ、と毒づいていた。


 ……どうして生まれた家が違うだけで、こんなにも差があるんだろう。


 結局、神様なんていないんだ。いたらこんなに理不尽で偏ってて、いびつな世界を造ったりしないもの。


 そんな風に嘆いた日もあれど、どうしようもないこと。諦めて生きていくしかない。


 幸い、自分には並外れて美しい容姿がある。

 年頃になったら適当に金持ちのボンボンか、くたばりかけの小金持ってる爺さんを引っ掛けて嫁入りしてやる。


 カラダは最終手段として取っておきたいから、それまでは何としても貞操だけは守り抜くぞ、と目標を持つことで、辛い日々も前向き(?)にやり過ごしていたが、老伯爵夫人に見出されたのはこの上ない僥倖だった。


 気高く上品な一方で腹黒い謀略家である夫人と、外見は儚げで可愛らしいのに中身は性悪でガッツのあるカノンは相性抜群。


 王家乗っ取りを企む夫人の忠実な駒として、

 ある時は世間知らずで無邪気な少女、

 またある時は小悪魔的な魅力を振りまき男を骨抜きにする魔性の令嬢を、

 カノンは見事に演じて見せ、婦人から信頼を得ると共に彼女が綿密に引いた計画プランを進めるにあたって欠かせない人材となった。


 老夫人の指導のもと、王太子とくだらない恋愛ごっこを繰り広げる傍ら、

 領民の血税を湯水のように使って贅沢の限りを尽くしていた肥満大臣を罠にかけて法廷へ引きずり出したり、

 若さを妬んで身分の低い少女をいたぶって楽しんでいた中年の公爵夫人の正体を暴いたりするのは楽しかった。


 正義の味方を気取るつもりは毛頭ないが、貴族といえど立派なのは見かけだけで人間の業からは逃れられず、中身は愚かで汚らわしくて救いようのない存在なのだと知ることができて溜飲が下がった。


 この際、家柄がいいというだけで偉そうな顔をしてふんぞり返っている連中すべて、私に跪かせてやる。


 もう誰にも私を蔑ませはしない、今までさんざん見下してきた平民ふぜいに踏みつけられたら、お偉い貴族様たちはどんな気分になるかしらぁ?

 せいぜいイイ声でひぃひぃと鳴くがいいわ!!


 ……と生来のドS気質に磨きをかけ、打倒鼻高天狗貴族に燃えるカノンの奮闘によって、敵対していた名門を軒並みぶっ潰すことに成功した伯爵夫人は、いよいよ最後の大仕上げ―――


 王太子の心を掴んだカノンを正妃に据え、ゆくゆくはアンリを裏から操り王国を乗っ取るべく、現婚約者の侯爵令嬢にでっち上げの告発で罪を着せて婚約を破棄させ、遠方へ追放するという一世一代の勝負に出た。


 余りにも無謀と思える計画だったが、二人ならやれると思っていた。


 実際、いいところまで行ってたのだ。


 王太子はカノンに首ったけだったし、王家に対して発言権のある大貴族の半分くらいは伯爵夫人の陰謀(あと自業自得)によって家の内情がしっちゃかめっちゃかになっていたから王家の問題に首を突っ込めるほどの余力も無く、

 特に恨みはないもののユージェニア嬢は謂れのない罪を着せられ、為す術もなく辺境へ追放、と相成るはずだったのだが―――……


 結論からいうと断罪は失敗した。そりゃーもう歴史的大惨敗。


 どういうわけか老伯爵夫人の練りに練った計画も、カノンの粗暴で柄の悪い人となりも、すべて令嬢には見抜かれていて。


 更には、令嬢から逃げ道を塞ごうとわざわざ国王の前で名立たる貴族を集めた場で追及していたのが仇となり、二人の悪事は王国中の有力者が知るところとなった。


 明晰な頭脳と民への慈悲深さをもって、王国の治世に長らく貢献してきた伯爵夫人と、

 卑しい出自ながら希望を捨てずまっすぐに生き、春の女神の娘と讃えられていたカノンの正体が白日のもとに晒されたわけだが、それでも最初は誰も信じなかった。


 カノンに恋をしてから人が変わったように穏やかで優しくなったと評判の王太子アンリは必死で何かの間違いだと最愛の恋人を庇い、

 決して結ばれない運命ながらピュアな恋を育んでいた二人に絆されつつあった宮廷の人々も、

 嫉妬に狂った侯爵令嬢がカノンを貶めようと、あること無いことでっち上げて騒ぎ立てているのではないか、と疑いすらした。


 だが聡明で気高いユージェニアは周りの冷たい目に怯むことなく、普段通りの冷静な態度を崩さず恋敵と伯爵夫人を淡々と追求し、

 それとは逆にしおらしく振る舞ってとぼけていたカノンは、旗色が悪くなるにつれて苛つき、余裕を失っていって、ついには鬼の形相で伯爵夫人を睨みつけ、

「ちょっと、どうなってんのよババァ!!全部バレてんじゃん!!」と怒鳴りつけた。


 それを受けて伯爵夫人も「んだとコラ頭からっぽのジャリガキがぁ!!誰に向かって口きいてんだい!!?」と濁声だみごえで返し、後は互いにこれでもかと品性の欠片も無い罵詈雑言を吐きながら掴み合う地獄絵図……


 豹変した二人に貴族も王太子も唖然として言葉を失い、侯爵令嬢が冷ややかな目で見つめるなか、


「なんと見苦しい…さっさと連れて行け」


 という王からの命を受けた警備兵によって伯爵夫人とカノンは王宮から文字通り摘まみ出された。


 それから城の敷地内にある古く陰気な塔……気の触れた王族や、外国から連れて来た身分の高い捕虜なんかを閉じ込めておく悪趣味なやつ……に連れていかれた正真正銘の悪女二人は、それぞれ別の部屋に押し込められ、追って沙汰を待つこととなった。


 厳重な監視下のもと質素で狭い部屋に軟禁されたカノンは、こりゃあご令嬢への名誉棄損ともろもろの偽証罪で死刑かな、あんまりエグい処刑方法じゃないといいな~、

 なんてまるで他人事みたいに考えながらボンヤリと過ごし、寝たり眠ったり目を閉じて休んだりまた寝たりしているうちに、だいたい一か月経ったあたりでやっと処分が下された。


 本来なら大貴族への侮辱と、令嬢を陥れようと謀りさまざまな偽証・捏造をおこなった罪で、軽くとも斬首は免れないところだが、

 主たる責任は謀略を巡らせた伯爵夫人にあること、また王太子およびユージェニア嬢の温情により、それらの件は特別に不問。


 ただし国王陛下の御前で騒ぎを起こし、数えきれぬ悪罵で集まっていた貴い身分の方々の耳を汚した罪は償わなければならない。


 よって、まずは伯爵夫人との養子縁組を、その資格なしとして取り消しに処す。

 今後は決して伯爵令嬢を名乗ってはならない。


 また、以前に王太子が己の権限をもって与えた“女子爵”の称号と、西部地方における一部所領はそのままカノンのものとして据え置きとするので、これからはいち子爵として務め、王国へ貢献するように。


「くれぐれも王太子殿下と、侯爵令嬢に感謝なさい」


 カノンに処遇を言い渡すため部屋を訪ねてきた、何とかいう中年の貴族女性は、厳しい表情でそう諭してきた。


「お二方とも、あなたの命だけは助けて下さるようにと、陛下に篤く嘆願して下さったのです。


 特にご令嬢は、あなたと伯爵夫人が企てた愚かな行為をすべて水に流し、王宮へ近づきさえしなければこれ以上責めはしないとおっしゃって下さっています。


 これからは心を入れ替えて、ユージェニア様のお慈悲と優しさを忘れることなく、慎ましく生きていくのですよ」


 神妙な顔で女性の話に聞き入っていたカノンは、目の前の女性から掛けられた思いもよらぬ温かな励ましの言葉と、令嬢の寛大さに感服して己の至らなさを恥じ、湧き上がってくる涙を堪えながらコクリと小さく頷いた―――


 といった感じに見えるよう演技しながら、音が漏れないよう口の中で小さく舌打ちする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ