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貴族令息だからって偉そうにしてんじゃねえぞ②

「それがご自分の仕事に繋がるからよ。

 軍隊が使う武器や防具、兵士の方々に配給する食事、服、寮生活に必要な物ぜんぶ、無料タダではないわ。


 もちろん毎年、国庫から軍事費は出るけれど、ご自分が指揮する部隊を強化・維持するためには幾らあっても足りないの。

 だから出資者スポンサーとなり得るお金持ちの貴族や商人との親交は、軍関係の方にとっても重要事項よ。


 特に貴族は土地を持っているから、そこを借りて訓練に使わせてほしいわけ。

 今は平和だけれどいざ戦争が始まったらどこに遠征に行くかわからないもの、様々な地形で戦うことを想定して訓練を重ねておく必要があるの。

 ここまではいいわね?」


 いつの間にかカノンの話に引き込まれ、聞き入っているマルセルは、こくりと頷いた。素直でよろしい。


「そういう訳で、軍事に携わっている方が夜会に出るのは大変に有意義なことなのだけど、それは武器に触ったことも無いような貴族方も同じよ。


 ご自分の領土で採れる名産品を売り込んだり、あるいは土地や資源を活用して新しい事業を起こすために共同出資を募ったりしたい時、一番手っ取り早いのは夜会や食事会を開くことなの。


 そこで情報交換をすれば自分が聞きたかったことや相手の知りたいことはもちろん、思いもよらないような目新しい話を耳に入れることも出来て、後の収益に繋がったりもする。


 そうやって経済を回して貴族が潤えば、国も潤うわ。

 ひいては軍事に回すお金も増える。だから夜会は決して無駄なことじゃない。


 着飾るのだって自分の家の経済状況は悪くないっていうアピールよ。

 凝った服や宝石で飾り立てることによって、自分が大口の出資者になり得るということや、商売上手で経営に明るいから新規事業に乗っても損はないって伝えてるわけ。


 残念なことにあなたがさっき言ってたような、お酒やダンス、一時の恋を楽しむばかりの頭空っぽで借金まみれ、なんて人もいるけど、そんなのは少数派。

 夜会に来れば盛り上がるからみんな丁寧に接するけど、裏では嗤ってるし、絶対そんな人が持ってくる儲け話には乗らない。


 遠巻きにして自分の娘や息子には近づかないよう気をつけているわ―――つまり、あなたの言う『着飾るしか能がなく堕落した連中』っていうのは、夜会に集まる人達のほんの一部、小さな側面に過ぎないってことよ」


 最後の一言はそれなりに効いたようだ。

 自身の了見が狭かったと気づいて狼狽を隠せないでいるマルセルに、勝った!という優越感よりはホッとした気持ちのほうが大きい。


 この令息、直情的ではあるけど、話のわかるタイプだわ。


「……長くなっちゃったけど、夜会の本質については理解してもらえたかしら?

 家柄の格の高さや豊かさを見せつけ、良い縁談を呼び込む為にも『優雅で華やかに着飾った美しい令嬢』っていうのは、凄く強い手札になるの。


 だから貴族の家に生まれた以上、女の子はお洒落して自分を磨かないとね」


 半分はタリサに向けての言葉だから、ちらっと彼女のほうに目をやると、向こうもカノンを見ていた。

 視線が合った勢いで何となくニヘッと笑い合う二人を眺め、マルセルは混乱しながらも口を開く。


「夜会の重要さと、化粧の必要性はわかった……わかったが、こんな何もない日にしなくたって……」


 そりゃ愚問ってモンだぜ坊や。私は優しいから、答えてあげるケドね。


「あなた、剣の腕前はかなりのものだって聞いてるけれど、一体いつから訓練しているの?

 去年、それとも一昨年くらいかしら」


「そんな訳ないだろう。このマルセル、物心ついてから一日たりとも修練を怠ったことはない。

 剣術の実力はすべて、毎日の鍛錬一つ一つの積み重ねで……」


 カノンからの問いにムッとしていたマルセルだが、途中で彼女の意図に気づいたらしく、はっと目を開いた。

 そんな彼に、カノンは優しく微笑む。


「そ。お化粧も一緒。いきなり最初から上手に出来る子なんていないの。

 ちょっとずつ経験を積んで、だんだんキレイになっていくの。

 だから何でもない日のお洒落も無意味じゃないってこと。

 上手くできた日は、気分も上がるしね」


 マルセルはカノンからタリサに視線を移し、いつもと違う大人びた顔を確かめると、再びカノンに目を戻し、


「……ほどほどにな」


 それだけ言って踵を返すと、本館に向かってさっさと歩き出した。


 彼の姿が遠くなり、庭の向こうへ消えると、二人の様子を見守っていたタリサが恐る恐る口を開く。


「す、凄いですねカノン様。マルセルを言い負かしちゃうなんて」


 ちょっとビビりつつも尊敬の念がこもった瞳で見つめられ、カノンは得意げに髪をかき上げる。


「ま、私にかかればこんなもんよ。何たって“国盗み”よ?

 あれくらいの男、いくらでも手玉に取ってやるわ」


 悪名であるはずの仇名を堂々と口にするカノンに、タリサはいよいよ瞳を輝かせて小さく手を打ち鳴らし、拍手を贈る。


「か、か、かっこいい」


「でしょ?いいのよ、私に憧れちゃっても」


「ふふ……それにしてもマルセル、どうして今日はこんなほうに来たんでしょう?

 いつも離れになんか近づきもしないのに」


 タリサは不思議がっているが、彼がここに来た理由ならカノンはだいたい検討がついている。

 だから大袈裟に溜め息をつき、うんざりした顔をしてみせた。


「どうも、お喋り好きなカササギが居るみたいねえ……それも年寄りの」


「カササギ?」


「ええ。多分そいつが告げ口したのよ。随分とつまらない真似してくれちゃって……


 その軽いクチバシに、鎖でも巻いて閉じておけって、後でよ~~く言い聞かせておかなくっちゃ」


 意味がわからずキョトンとしているタリサにではなく、恐らく建物の陰か庭木に隠れてこっそり聞いているだろう老小間使いに向けて、カノンは口角を上げ不穏に笑う。


 あの婆さん、またこの間みたいに青褪めて震えているだろうが、知らん。

 またこってり絞ってやるから、覚えておけよ……さて。


「ねえ、また昨日の歌、歌ってくれない?」


 邪魔者は消えたことだし、歌姫ごっこの続きといこう。


「……はい!!」


 タリサは嬉しそうに笑って頷き、ベンチに座り直したカノンの前に立つ。


 改めて姿勢を正し、お腹に手を当てて軽く呼吸を整える。

 少しの間のあと、午後の陽射しに輝く中庭に、澄み切った歌声が響き始めた。




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