高校入学
俺と美涼が合格した高前南高校は家から電車にゆられ、そこから徒歩で通うことになる。
通学時間にして約30分。
学校の最寄り駅は県内でも一番栄えていて新幹線も通っている。
今朝は駅までは両親の車で来たが、そこからは道順を覚えるため美涼とともに歩いた。
駅から学校に向かって行くとどんどんのどかになっていく。
受験時や合格発表の時は周りを見る余裕もなかったのか、新鮮な景色だった。
この日、高校入学を祝うように体育館の近くの桜は満開に咲いている。
現在、入学式真っただ中。
体育館の中は中学のそれと比べてやたらと広く、教職員も多い。
もしかしたら運動部のコーチのような人もいるのかもしれない。
生徒全体の数で見れば単純に中学の倍くらいはいそうだ。校舎もそれだけ大きくビックリする。
なんだか期待と不安が入り乱れ落ち着かない。
そんな気持ちで周りの新入生たちを見てみると、やはりみな緊張した面持ちが目立った。
着慣れないブレザーでネクタイを締めているからか、俺は特に首元がむず痒く気になる。
昨夜親父に締め方を教えてもらったけど、今朝やってみたらなかなかうまく出来ずに結局は見かねた美涼が締めてくれた。
「新入生代表、美浜美鈴さん」
「はいっ!」
名前を呼ばれた美涼が壇上へと向かって行く。
挨拶のことは事前に聞かされてはいたが驚きだった。ここは進学校だ。
美涼の成績がいいのは紛れもない事実だが、まさかこの新しい顔ぶれの中でトップだったりするのか?
正面を向いたその表情は晴れ晴れとしてなんだか輝いている。
程よく緊張しているのか少し顔も赤かった。
(なんていい顔してるんだ……)
「暖かい日差しに包まれ、春の花も咲き始めた今日この頃……」
美涼はブレザーにプリーツスカートを見事に着こなしていた。
中学の時はセーラー服だったが、ブレザーだとどことなく大人びて見える。
緑色のネクタイも似合っていて……そんな美涼を見て目を奪われない男子がいるのだろうか?
たぶんいない。それを証明するように挨拶が始まると途端に館内からざわつきが起こった。
女子の中には最終的に制服で受験先も選ぶ人もいたと聞く。
ここ高前南高校の制服は評判らしい……なるほど、美涼の制服姿を見ればその評判に納得だった。
そう思いながらも男子生徒のざわつきはなんだか胸が締め付けられる思いだ。
しかもそれとは違い、何だか妙な胸騒ぎを感じる。
折角同じところに合格できたのに、こうもはやく差を見せつけられたからか……?
それとも家族だからこそより心配になるのか、挨拶を終えた美涼が戻って来るその姿を無意識に追ってしまう。
そんなだから後ろの子に肩を叩かれて、式が終わったのを知った。
教室に向かう廊下の奥には食堂らしきものが見える。
そういえばカフェテリアを新たに併設したというのを美涼から聞いた。
校舎も広く掃除が行き届いて、教室にはクーラーも完備していたし、施設としての充実度に驚くばかりだ。
それにしても、少し前を歩く美涼に向く視線が多いことこの上ない。
「おい、あの子だろ挨拶した子」
「スタイルいいな、モデルみたいだ」
「美浜さん、成績だけじゃなく運動神経も抜群なのよね」
「バスケ部?」
「そう。弱小バスケ部を県大会で好成績収めるくらいにしたって、バスケやってる子たちの噂になった」
新入生だけでなく先輩方の間でも早くも話題になってる。
見た目だけでも目を引くし、それに加えて代表挨拶だからな。
注目を浴びないわけがない。
教室に入ってもそれは変わらなかった。
美涼が席に着いた瞬間にその周りは瞬く間に人だかりが出来る。
「美浜さんもこの学校だったんだ。またバスケ部はいるの?」
「うーん、まだ決めてないかな……」
「挨拶聞き入っちゃった。カッコよかったよ」
「もう、そこは可愛かったって言ってほしい」
「あははごめん。ねえ、代表者ってことは成績も良かったりするんでしょ?」
「どうなのかな……?」
時折笑顔を作りながら、一人一人と目を合わし話すその姿はすごく感じがいい。
挨拶で目立ったということもあるけど、中学の時も美涼は誰とでもすぐに打ち解けていた。
改めてそれを目の当たりにする。
「あの、もし勉強がわからなかったときは教えてください」
「まずは自分で考えた後でならいいよ。わからないところあたしもあるかもから得意科目だったら逆に教えてね」
「はい、ぜひっ」
美涼の周りには若干ではあるが男子もいた。
やり取りできるとわかると、一人また一人と話しかける人は増えていく。
高校生ともなればより異性を意識する年ごろなんだろうか……?
離れたところでも視線のほとんどは美涼へと集まり、クラスの話題の大半はすでに彼女だった。
その光景を俺はと言えば離れた席から見ている。
同じクラスになれたのはよかったが、あいにくと席は離れている。
中学時代も美涼の周りには常に誰かがいた。
それなのにそんなこと気にもせず、吹っ掛けたり言い合っていたのが俺だ。
「あの子、初日から凄いね。あっ、上野って言います。よろしく」
「えっ、ああ、入間樹。こっちこそよろしく」
「そういや、駅前の新しいモールもう行った?」
「いや、出来たのは知ってるけど……」
「あそこ、4DXあるよ! ちょっと高いけど席が滅茶苦茶揺れてすげえの」
「……」
「イベント広場にこの前女優さんとかも来てたな。ほらなんつったっけ、最近視聴率よかったドラマの?」
「来てた、来てた」
利用したことがないのでどう答えていいのかわからずに困っていると、周囲にいた子が話に入って来る。
そうだ美涼はと思い改めてそっちに目を向けてみる。
「あそこの化粧水がおすすめ、かな。新しいモールに入ってるよ」
「美浜さんもモール行ったんだ?」
「うん。学校の帰りに寄れるし、どんなものあるのかなと思って何度か気晴らしに……クレープのお店も入ってた。あとワッフル」
「ほんと! 今度みんなで行かない?」
あいつ化粧水なんて使ってたのか……。
ていうか、自分からモールの話題振ってるし!
どうやら俺が向こうに話しかけに行ってもとても話に入れそうにない。
あれ、俺こんなにコミュ力なかったっけ……?
以下は、入学式の朝の話です。本編ではボツにしましたが、供養の意味であとがきに。
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入学式の朝。
ダイニングテーブルには家族みんなが揃っていた。
「……み、美涼さん、お醤油取ってもらえる?」
「……ええ、気づかなくてごめんなさいね、樹君」
美涼から醤油のボトルを受け取ると、手が震えてしまう。
「あら、樹君も入学式だから緊張してるのね」
「ほんとだな。そういえば試験前も緊張してたかな」
「い、いや、まあちょっとだけ……」
両親のそんな何気ない指摘にも動揺を露にする。
数日前から呼び始めた名前呼びはぎこちなくもやっと浸透しつつある。
慣れというのは恐ろしいものだ。両親の前ではさん付け。それ以外は呼び捨てで言い合うようになっていた。あれほどためらっていたはずなのにな。
だったらなぜ緊張しているのかといえば答えは簡単だ。
向かいに座る高校の制服に身を包んだ美涼の姿、それは嫌が応にも目に入ってしまう。
ブレザーにプリーツスカート。
中学の時はセーラー服だったが、ブレザーだとどことなく大人びて見えた。
おまけに緑色のネクタイまできっちり締めているんだから、より見た目は際立ってしまいそれを見て何度かフリーズしかけてしまうのは致し方ない。
こればかりは意識が妹という範疇を超えてしまっている。
「案外似合ってるわね、ブレザーの制服」
「っ! そ、そっちこそ……」
「ありがとう」
最近は少し大人しくなったというか素直な面もたまに魅せられるで、なんとなく気が抜けない。
食べ終わったあとは出発の準備をする中で俺はようやくネクタイを締めることに着手する。
これがどうやったら見た目よく締められるのか、なかなか難しく昨夜親父に聞いたりもしたけどまだ上手く締められない。
それでも鏡を見ながらぎこちなくも何度か試していると、背後に気配を感じる。
「そういうことは不器用よね、樹って……」
「う、うるさいな。美涼は良くそんなにきれいに出来たな」
「何度か練習したから……遅れたら大変だし、今日は特別にやってあげるわ」
「えっ、いいよ、そんな……」
「ほらじっとしてて……あなたに任せておくと結びがゆるかったり、しっかりと上まで締めなそうなのよ」
「うっ……」
「そんないい加減な姿を家族としてあたしが許すわけないでしょ」
美涼にもっともらしいことを言われれば従わざるを得ない。
間近なこともあり、つい首筋や少し伸びてきた手入れの行き届いた髪に目が行ってしまう。
今日は一段となんか可愛いような、気合いが入っているようなそんな空気を受ける。
「……」
「なによじっと見て……?」
僅かにネクタイが強くしまった気がする。
「いや、そういうわけじゃ……」
「お兄ちゃんみてみて。さっき美涼お姉ちゃんが日奈の髪縛ってくれたの。お父さんもお母さんも褒めてくれた」
「おおっ、可愛いな!」
「ふふーん。ほんと可愛いのよ。さすがの樹も日奈ちゃんの髪型のアレンジは少なかったようね」
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも似合ってる」
またも異性として意識しそうなところで日奈が駆けてくる。
日奈の髪は少しねじってふんわりと留めてあった。お団子というのかポニーテールと言っていいのか、おでこも出ていてすごくおしゃれに見える。
美涼と日奈が同じようにどうだと言わんばかりに胸を張る気持ちがわかった。
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次話も覗いてくださると嬉しいです。